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夢の婚約

 数多のシャンデリアがこれでもかと照らす舞踏会、そんな会場の何より光り輝く男性が、目の前に一人。


「一曲、お相手願います」


 節のはっきりした、けれどそれさえ美しく見える手をぎこちなく差し出される。

 その手と差し出した本人の顔とを交互に見比べた。


 プラチナブロンドがサラサラ揺れる様に、一瞬見惚れる。

 ハッとして左右を確認した。


「……ルネ・オーディナ嬢、貴女に申し上げております」


 後ろも確認する。

 近くに他の令嬢はいないし、自分と同姓同名の人がいると聞いた事もない。


「私、でしょうか?」

「はい」


 迷いのない返答に目を丸くする。

 確かに彼はこちらを真っ直ぐ見つめている。それでも、人違いではないかと再度疑ってしまった。


 私はなにも常日頃から疑り深い性格ではないし、ダンスに誘われた時の作法もきちんと心得ている。本当ならもっとスマートに手を取り、淑女らしく微笑んだはずだ。


 お相手が、目の前で律儀に手を差し出し続けている彼、イノートル辺境伯ご嫡男クレマン様でなければ。


 すらりと伸びた背、引き締まった身体、見事なプラチナブロンド、神秘的な濃紫の瞳。

 控えめに言って国一番の美男子だ。


 その上、王家が一目も二目も置く辺境伯家の次期当主であり、北の魔獣討伐において既に彼自身の名も広く知れ渡っている。

 女性の扱いは今ひとつらしいけれど、その硬派な雰囲気がまた人気だとか。


 噂では、家が家なだけに敬遠する人を除き、夜会へ参加するほぼ全ての令嬢が彼とお近付きになる機会を狙っているという。


 その噂はきっと真実だ。

 今現在、私を取り巻く嫉妬の目が全てを物語っている。


「失礼。お疲れのご様子ですね」

「え?あ…」


 しまった。

 動揺してる内にダンスをお断りするような流れになってしまった。


 今さら手を伸ばし、けれど行き場を失い彷徨う。

 引っ込めようとして、再び差し出された手に繋ぎ止められた。


「……よろしければ、長椅子までご一緒させてください」


 手が!手が触れ!あわわわわ。

 私の体調を気遣ってくれている。それはそう、余程の体調不良でなければクレマン様の誘いを断るなんて……って、違う違う違う。私は断りたい訳じゃない!


「あ、あの、ダダダンスのお相手、よよろこんで!」


 盛大に噛んでしまった。しかも声が上擦っている。

 鼻先から耳たぶまで、顔中が熱くなる。


 クレマン様は僅かに目を見張った後、どこか硬かった表情をふっと和らげた。急に少年のような幼い面立ちになる。


「ありがとうございます」


 手を引かれ、二人の距離がぐっと縮まった。

 ドクンと胸が音を立てる。そのままどんどん鼓動が速まって行った。


 何を隠そう、私もクレマン様に憧れる一人だから。


 緊張で足下が覚束ない私を、そうと感じさせないほど滑らかにエスコートしてくれる。

 ダンスホールへ下りても同じで、私はリードに身を委ねるだけで良かった。


 クレマン様の手に触れ肩に触れ、腰を抱かれて密着し、麗しいお顔が目の前に。

 まるで夢のよう………って、あれ?もしかしてこれは夢?


 そうか、そうに違いない。現実のクレマン様がわざわざ私に声をかけるはずも無いし、ましてや一緒にダンスなんて踊るはずも――。


「……ルネ嬢?」

「はっ!」


 ひとり納得しうんうん頷いていた私を見て、クレマン様が怪訝そうに首を傾げた。


 夢とはいえクレマン様の前で何をしているのか。

 いや夢ならここは都合良く無かった事になってくれても良いと思う。……夢なら。夢、だよね?


 不自然に頷いていた理由は言えず、かと言って上手い誤魔化しも思い浮かばず。ただ目をキョロキョロと動かし次第に俯いて行く。

 それを見かねてか、クレマン様の方が口を開いた。


「先ほどのオープニング、見事な出来栄えでしたね」

「へ?あ、はい。セレスティーヌ様など特にダンスがお上手で……」


 先ほどの珍妙な行いは無かった事にしてくれるらしい。ありがたくお話に乗らせてもらった。


 私を含むデビュタントの娘だけで踊ったオープニングは、練習の甲斐あってなかなか息のあったダンスとなった。

 それもこれもセレスティーヌ様が皆を引っ張ってくれたおかげだ。


「セレスティーヌ嬢……」


 今度はクレマン様が視線を巡らせる。


「はい。キャルナッソ侯爵令嬢、セレスティーヌ様です」


 彼女はダンスの技巧が素晴らしいだけでなく、社交的で明るく気配りができて、気品があって美しかった。まるで淑女の鑑のような人だ。


 一緒に練習したデビュタント達は、揃って彼女のファンになってしまった。

 思い出しただけでうっとりしてしまう。


「お恥ずかしながら」


 クレマン様が言葉を切り、真一文字に口を閉じる。

 頬をほんのり染めていて、何となくいけない事をしてる気持ちにさせられた。


 高い鼻梁から息を吸い込む音が聞こえ、次いで閉じていた薄い唇が開かれる。

 逸らされていた視線が戻り、蠱惑的な瞳が私を捕らえた。


「貴女しか、見ていなかったようです」


「……………………ふぇっ」


 変な声が出た。

 クレマン様の肩から手を外し、口元を覆う。


 えっ?なっ、え???

 私しか、見ていなかった???

 何が、え、は?えぇ??


 デビュタントの中で私は一番ダンスが下手だったし、見た目も冴えないし、むしろ視界へ入っても記憶に残らないような顔だし。

 私を見てたのなんてお父様くらい……のはず。


 もしや“アナタ”という言葉に私の知らない別の意味が??

 それとも高位貴族ならではの特別な言い回し??


 あ、そうか。そうだ。

 これは、やっぱり夢だ!!


「ルネ嬢」

「は!はい!」


 肩を跳ねさせ、大き過ぎる返事をしてしまった。

 クレマン様が切なげに眉を寄せる。


「申し訳ありません。怖がらせる意図はなかったのです」

「え?こわ??怖くはないです」


 動揺し過ぎて変な心配をさせたらしい。

 ぶんぶん首を振ってから、また淑女らしからぬ振る舞いをしていると気づき、頬を熱くした。


 ふいに辺りが静かになる。踊っていた曲の演奏が終わったようだ。次の曲が始まる前にと何組かの男女がダンスホールを離れる。


 クレマン様も密着していた身体を離し、ホールの外へ私をエスコートした。

 自然と肩が下がってしまう。この時間も、もう終わりか……。


 折角クレマン様に声をかけられて、私は何をしているんだろう。

 夢でこれなら、現実で声をかけられてもまともな反応を返せる気がしない。あ、声をかけられる事もないか。


「ルネ嬢」

「はい……」

「もし貴女さえ宜しければ」


 クレマン様が足をピタリと止め、緊張した面持ちで私と向かい合う。


 うわ、うわ、これは。

 落ち込んでいた気持ちが急浮上する。


 空気を胸いっぱいに吸い込み、どんな提案でも受け入れようと心の準備を整えた。

 夢なのだから、それはもう私に都合の良い提案をされるに決まっている。


 テラスでロマンチックに語り合う?それとも二人で夜会を抜け出す?はたまた街中デートの約束をする?


 ふわぁ、わわわわわ。全て夢のようだ。

 いや夢だった。


「どうか私と結婚してください」

「ももももちろんです!」


 クレマン様の声に反応し勝手に口が動く。けれど盛大にどもってしまった。

 モモモモって土猪じゃないんだから。あぁもう、私っていつも……こう……。


「……………………けっこん?」


 けっこん。結婚と言った?

 困惑のまま見上げれば、クレマン様は眼差しを和らげ小さく息を吐いた。


「はい。では後日、正式にオーディナ男爵へ婚約の申し出をいたします」


 言いながら優雅に別れの礼をする。呆然と立ち尽くす私へ照れるように微笑んでから、人混みの中へ消えて行った。





 ……頬を抓る。痛い。うん?本当に痛いかな?

 力を強める。やっぱり痛い。

 夢じゃない?いやそんなはず。


「ちょっと貴女!えっと……あ、ルネ様!ごきげんよう。ねぇ、クレマン様とお知り合いでしたの!?」


 がくがくと揺さぶられ、やっと、目の前にいる人物を認識した。お茶会で何度か顔を合わせたご令嬢だ。

 知り合いかと聞かれているので、ゆるゆると首を振る。


 クレマン様と会った事はある、何年も前に一度だけ。それを知り合いとは言わない。


「あら、えぇ?それなら何故、貴女な……」


 貴女なんかに?という言葉は飲み込まれた。

 そんなの私だって分からない。


 私は美しくもなければ秀でた才能もない、平凡な娘。そしてうちは良い所も悪い所もない、平凡な男爵家だ。


 社交界へだって期待半分、諦め半分で参加している。

 誰か爵位を継ぐ方へ嫁げれば儲けもの、叶わなければ商家へ嫁ぐ事も視野に入れていた。


 人前ということも忘れ、もう一度頬を抓る。

 痛い。


 どうやら昨今の夢は痛みも再現できるようになったらしい。

 けれど、それなら、どうやって夢と現実とを区別すれば良いの?


 その後はどう過ごしたかも分からない舞踏会。何度も思い返しては首を傾げ、結局は白昼夢を見たと結論付けた。


 二日後、飛び跳ねるお父様から宣言通りの婚約申込みを聞かされ、文字通りひっくり返ったのは言うまでもない。




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