幼馴染と付き合ったので、恋人らしいことをしようと思う
田崎佑斗は先日、人生において初めての彼女ができた。
その彼女が今、家にいるという状態でありながら、二人は横に並んでゲームをしているだけ。
それもそうだ――佑斗が付き合い始めたのは、幼い頃からずっと一緒にいる幼馴染なのだから。
幼稚園、小学校、中学校に高校と……いずれも違うことなく同じ学校に通っている。
それもほぼ毎日、一緒に行っているくらいだ。
二人が付き合っていなかったという事実に、周囲から驚かれるほどである。
彼女の名は城戸霞。
高校に入ってからは少し髪を染めて、お洒落を気にするようになった。
佑斗からすると、まだその変化には微妙に慣れていない。
けれど、佑斗が以前プレゼントしたヘアピンはまだ付けたままだ。
「なあ、霞」
「ん、なにっ」
佑斗が声をかけると、やや霞の焦ったような返事が返ってくる。
今プレイしているのはレースゲーム。
佑斗は余裕の一位という状態で、霞が必死に追いかけている状態だった。
普段から佑斗が圧勝しているわけではない……彼女も、ゲームの実力はかなり高い。
ほとんど毎日、一緒にプレイしていたのだから分かる。
だが、今重要なことは……彼女のゲームの実力ではない。
「俺達、付き合ってるんだよな?」
「そう、だねっ!」
ぐいっと身体を動かすようにして、霞が答える。
彼女はカーブの瞬間、身体が動くタイプだった。
レースの様相は佑斗の圧勝……しかし、レースの結果も重要ではない。
「何で、そんな質問?」
「いや、何かいつもと変わらないなって」
「え、だって――あーっ!」
霞が何か言いかけたところで、佑斗が無事にゴールを迎える。
残念ながら、彼女が途中でコースアウトした時点で佑斗の勝利は決まっていた。
霞がコントローラーをベッドの上に投げ出す。
「ちくしょう……まさか精神攻撃を仕掛けてくるなんて……!」
「精神攻撃はしてないが」
「いや、試合中に話しかけてくるのは心理戦だよ。心理フェイズだよ」
「どちらかと言うとバトルフェイズが正しくないか」
「まだ私のバトルフェイズは終了してないぜっ」
「もうバトルフェイズは終わったと思うが。いや、そうじゃなくてな。話を戻すと、だ」
「私と佑斗が付き合ってるか、っていう話?」
「そこだ」
ようやく、元の位置に戻ってくる。
いや、微妙にニュアンスが違う。
「いや、付き合ってることは間違いないだろ」
「そうだね。私が告白したわけだし。……というか、フツーは佑斗から告白しない?」
「それを言われると困るんだが」
「善は急げって言うでしょ」
「お前と付き合うことが善なのか?」
「私にとって善、佑斗にとっても善。そうでしょ?」
「……まあ、そうだな」
お互いに『好き』だったわけなのだから、それは間違いないことだ。
「……って、話を戻すと、だ。付き合っている割に、やっていることがいつもと変わらないよな?」
「やってることって……毎日一緒に学校行くこと?」
「放課後も一緒に帰ってるな」
「その後は佑斗の家でゲームしてるね」
「お前の家にゲームあんまないしな」
「買ってくれなかったんだもん」
「まあ、お前の家庭の事情は置いておこう」
「佑斗も私の家庭の事情は知ってるでしょ?」
「そういう言い方をすると少し重苦しい印象を受けるが、お前の家は至って普通だな」
「そうだね。ゲーム買ってもらえなかっただけだよ!」
少し頬を膨らませて言う霞。
佑斗の言いたいことが、いつまで経っても伝わっていない気がした。
「……そうじゃなくて、だ。付き合ったのなら、恋人らしいことをするべきじゃないか、っていう話だ」
「恋人らしいこと……?」
佑斗の言葉に、霞が眉間に皺を寄せる。
この言葉を聞いて、ここまで険しい表情をするとは思わなかった。
「……」
「え、嫌だったか?」
「いや、そうじゃなくてね。恋人らしいことって、なに……?」
「! そこからか……」
ふう、と佑斗は小さくため息を吐く。
すると、霞がムッとした表情を浮かべた。
「あーっ、今バカにしたね!?」
「してない」
「した!」
「してない」
「してない!」
「した――あ」
「ほら、した!」
「バカにしたってことでいいが」
「よくないでしょ!」
「落ち着けって。とりあえず、恋人らしいことを何かしよう」
「それって、付き合ったから何かしよう、みたいな?」
「まあ、そんなところだ。せっかく恋人になったのに、何もしないというのはおかしくないか?」
「んー、言いたいことは分かるけど……その恋人らしいことって、何がしたいの?」
「何がしたいって……そりゃあ、お前……」
霞に言われて、佑斗は考える。
恋人らしいこと……だが、特に何か思い浮かぶわけではない。
それらしいことと言うと、やっぱり手を繋いでデート、とかだろうか。
(それはしたことあるんだよな)
佑斗と霞がそもそも、付き合ってなかったという事実に驚かれるのは、至極当たり前のように手を繋いで買い物くらいする関係だったからだ。
――傍から見れば、もはや自然な恋人関係にしか見えないほどだ。
それが今更付き合ったところで、特別恋人らしいことなど想像できるはずもない。
「……何だろうな」
「あはは、佑斗も分かってないじゃない!」
「ぐっ、急に言われると思いつかないんだよ」
「そう言うと思って、私も調べておきました」
サッと懐からスマートフォンを取り出し、検索画面を見せてくる。
そこに映し出されていたのは、
「膝枕……?」
そんな文字だった。
「そう。恋人同士と言えば膝枕! らしいよ?」
「なるほどな……。確かに、漫画でも見たことある気がする」
「でしょ?」
「よし。じゃあ、来てみろ!」
「ほーい!」
佑斗が構えて、霞が横になる。
若干の沈黙の後、霞が小さな声で呟く。
「……かたい」
「枕って言う程、柔らかくはないな」
「これの何がいいんだろうね」
「分からん。……というか、逆じゃないか」
そう――逆である。
「! そういうこと!」
理解した、というように霞が寝返りを打つ。
霞の顔が丁度、佑斗の下半身に向かう形だった。
「……」
「……」
「な、何かちょっと恥ずかしいね」
「そうだな……それと、その逆じゃなくて、お前が俺に膝枕するって意味だ!」
「それを早く言ってよ!?」
「いや、逆と言って寝返りを打つとは思わないだろ……」
佑斗は笑いを堪えるようにして言う。
霞は少し怒ったような表情を見せたが、起き上がって待ち構えるような仕草を見せる。
「じゃあ、はい。今度は佑斗がきてよ」
「おう」
スッと佑斗は寝転ぶ。
ふよん、と柔らかい感触があった。
「どう?」
「何か気持ちいい」
「えー、いやらしい……」
「気持ちいいぞ!」
「言い切ればいいって問題じゃないんだけど!?」
そんなノリ突っ込みをする――それが、二人の日常であった。
こういうのいいですよねっていうラブコメみたいなネタ。