わたくし、婚約破棄されたんですの
俺のいもうとはアホだが可愛い。
「わたくし、婚約破棄されたんですの。」
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我が家は王家と縁のある公爵家で、現国王は母の従兄弟になる。
国王陛下は昔から母を姉と慕っていたそうで、いもうとのクラリッサがまだお腹にいる時から、数ヶ月先に産まれた自分の子である王太子の、男の子であれば親友に、女の子であれば結婚相手にと宣言したそうだ。
そうして、産まれた瞬間からクラリッサは王太子の婚約者になった。
時が流れるのは早いもので、今日は王太子とクラリッサの通っている学園の卒業パーティーだ。
卒業後、二人は結婚式を挙げる予定である。
仕事に穴を空けたどこかの馬鹿(熱で寝込んだ同僚)のおかげで俺は仕事に行く事になったが、どうしても可愛いクラリッサの卒業を祝いたくて、無理矢理仕事を切り上げて会場まで向かった。
そして、冒頭に戻る。
パーティー会場に向かう途中の廊下でクラリッサを見つけたのだ。
「殿下が何か誤解されてるみたいなんですけど、おっしゃってる事がいまいち理解出来なくて....。」
頬に手を当てながら小首をコロンと傾けてクラリッサは続けた。
くそ可愛い。
いや、それどころではない。
「王太子が婚約破棄と言ったのか?何があったか詳しく聞かせなさい。」
今日のパーティーで王太子がエスコートをする事になっていたのだが、時間になっても邸には現れず、仕方ないので父であるギュレット公爵と一緒に会場に入ると、そこにはクラリッサではない令嬢を伴った王太子がいた。
王太子はクラリッサを確認すると、言いがかりに近いような事を令嬢いじめだと大声で話し始め、最後には殺人未遂だとクラリッサに詰め寄ったそうだ。
「なんの根拠があってそのような事をあのバ...王太子は.....それより公爵はとめなかったのか?」
「お父様は終始笑顔で聞いていましたわ。
けれどあれは一番怒っている時のそれでしたから隣にいたくなかったけれど、殿下が話している途中で抜け出すわけにもいかないし.....
殿下は昔からそういう所ありましたでしょ?周りの空気読めないというか....
何度か王太子らしくとお話しさせて頂きましたけど、あれですわね。人の性格は治らないものですのね。」
何を呑気な事を....
「......それで今公爵は?なぜ一人なんだ?」
「殿下がわたくしを牢に捕らえよと衛兵に命じたものですから、お父様のブリザードが一層激しくなりましたの。
陛下にここで起きた事全てお伝えし、事実確認が済むまではわたくしに誰一人として指一本触れさせないとおっしゃってからお父様は急ぎ王宮へ向かわれましたわ。
わたくしが一人なのはお父様が恐ろし過ぎて誰一人としてわたくしに近づかなかったからです。
ですから、おにいさまにお会い出来てよかったですわ。」
そう無邪気に微笑むクラリッサ。
くそ可愛い。
いや、そうじゃない。
「わかった。公爵に任せていれば問題ないだろう。
.....クラリッサ、大丈夫か?」
大勢の前で事もあろうか婚約者である王太子から断罪され、婚約破棄を言い渡されたのだ。
その時のクラリッサの心中を思うと今すぐあのバカを殴り飛ばしたい。
隣に父がいたとはいえ、さぞ恐い思いをした事だろう。
殴り飛ばすのは後でいい、まずはこんな場所からすぐに離して邸で思いっきり慰めてやろう。
「わたくしは大丈夫ですわ!
それより、いつもお優しくっておにいさまって本当に素敵ですのね!」
そうだった。
ヘコタレナイのがうちのいもうとだった。
さすがに今回は落ち込むかとも思ったが、やはりメンタルがアホな方向に振り切っている。
王妃教育の過程を終えているのだから、頭は悪くないのだが、いかんせん話がおかしな事になる時がある。
まぁ、それも可愛いのだが。
邸に向かうため馬車に乗り込むとクラリッサは更にものすごい爆弾を投下してきた。
「おにいさま、わたくし考えたのですけれど。」
「殿下がおっしゃっていた事は全くの事実無根ですし、お父様がきっと無実と証明してくださると思うの。」
「ああ、そうだな。クラリッサが罪に捕らえるなんてありえない。」
そう言うと、おにいさま素敵とまたおかしな返答がきたので、続きを促す。
「そうそう、けれどあれだけの大勢に醜態を見られてしまったでしょう?わたくしと新たに婚約を結んでくださる方はいらっしゃらないと思うの。」
そんなことはない!
と、言ってやりたいが、確かにまともな貴族であれば関わりたくないと思うのが当然だろう。
なんせ相手は王族だ。
腐っても王族。派閥問題になりかねない。
「どこかの後妻にも愛人でももらってもらえないとなると修道院......」
「そんな事は駄目だ!!」
ありえない発言に思わず大きな声を出してしまった。
だがありえない!
可愛いクラリッサが修道院になど....考えられない!
「ですので、おにいさまと結婚すればいいと思いますの!」
「...........................は?」
「ですから、おにいさまと結婚ですわ!」
いやいやいやいやいやいやいやいや!!!!
おかしな方向に振り切り過ぎてもう指針すら遥か彼方にいってしまっている!!
アホだとは思っていたが、アホが過ぎるっっ
「俺達は兄妹だろう!?無理だっっ!!」
「あら、おにいさま。わたくし達は血は繋がっていませんのよ?婚姻は可能ですわ。」
確かに俺達に血の繋がりはない。
跡取りの産まれなかった公爵家に俺が6歳の頃、養子として入ったのだ。
あの時クラリッサは4歳だったが、初めて見た時は本当に天使かと思うくらい可愛かった。
いや、だから違う!俺!!
「俺には婚約者がいるんだぞ!」
そう、俺にも婚約者はいる。
自分で言うのもなんだが、公爵家という事もあり好物件な俺は婚約者は引く手数多で、繋がりとして有益をもたらしてくれそうな伯爵家のエメライン嬢と婚約した。
クラリッサと同じ歳の容姿の整った令嬢だ。
家格としては少し下だが、純粋そうな明るい笑顔の彼女だったら政略結婚でもいい家庭が築けるだろうと思っている。
「けれど、お義兄さま。殿下のお相手のご令嬢はエメライン様ですのよ。」
「な、な、なっっ.....!!!」
そんな馬鹿な!!!!
「お二人は真実の愛、運命の相手なのですって。」
伯爵家側からの申し出だったというのに、ひどい裏切りである。
「お義兄様のお顔も泥だらけになってしまわれては、公爵家の面子が潰れてしまいますわ。」
義妹が隣へと移動してくる。
そして耳元で囁いた。
「ですから、わたくしと結婚しましょう?」
そう言ってとびきりの可愛い笑顔を向けてきた。
俺は.....俺の答えは.........
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「お嬢様、よかったですね。
全て計画通りうまくいったようですね。」
乳母で今はわたくし付きの侍女のアンナが髪を梳きながら笑いかけてくれる。
「それにしても騙され過ぎで坊っちゃまが少し心配です。
坊っちゃまの前でだけアホのふりをしているとは微塵も疑ってらっしゃいませんよ。
全てお嬢様が画策した事だと言うのに。」
「ふふふ。だからこうして手に入れられたわ。」
ふふふふふふ
二人の黒い笑いは公爵家の廊下に静かに響くのであった。