2人の日常【1ー僕(1)】
2人は普通の日々を享受していました。
水の入ったバケツがグルグル回るタイプの洗濯機というのは以前は使ったことがなく、なかなか慣れないと思っていたのだけれど、存外人間とは『慣れ』に関しては優秀らしく、かく言う僕も3回ほどで洗濯の仕方を完璧にマスターしてしまった。
1人静かに洗濯機の前に居座り、洗濯が終わるのを待つのは僕にとってはとてもじゃないが、以前なら絶対にない時間だった。
ちなみにこの洗濯機のある場所は脱衣所と兼ねており、先輩さんがお風呂に入っている時は今のように洗濯機の前に陣取ることは出来ず、リビングのソファーでこれまた以前ならなかったテレビを見てくつろぐ時間を過ごすことが出来る。多少不本意ではあるが、まぁ、居候の身なのだからこれぐらいは我慢すべきだろう。
そう言えば、洗濯物を干すところも以前は全く知らなかったが、どうやら一般的にはベランダに干すようだ。しかし、僕はその習慣に少し不安になる時がある。もしかしたらベランダのものを盗まれてしまうんじゃないか?と。
そう言うと先輩さんが、はっとしたのを覚えている。
詳しく話を聞いてみると先輩さんは以前から不定期的に下着を盗まれていたようだった。まったく迂闊である。時々思うのだが、先輩さんは自身の魅力に気づいてない節がある。その辺を教えてあげたいのだが、そんなことを言うと先輩さんにからかわれてしまうので、とても言えない。
そんな訳で、僕がここにきてからは部屋干しに切り替えたのだ。しかし、部屋干しにすると夏になるとすこし臭うと先輩さんが言うので、僕は仕方なくお高めの洗剤を使うことにしている。しかし、先輩さんの家計が悲鳴を上げていないのは僕が支給しているからだ。
そう言えば先輩さんについてはなにも知らないな。とそんなことを思ったりするのは僕が未熟だからだろう。
人は皆同じくなにか隠し事を抱えて生きている。それは僕も先輩さんも同じで、それについて詳しく言及することはマナーとしてよろしくない。しかし、僕と先輩さんがそんな関係になることはたぶん無いんだろう。
「ねぇー!後輩くーん?洗濯終わったー?」
脱衣所と廊下を仕切るドアの向こうから先輩さんの大きく明るい声が聞こえてきた。恐らくリビングのソファーから声を出しているのだろう。このアパートはすこし壁が薄いのだから少しは気をつけてほしい。いや、先輩が言うにはどうやらこのアパートにはこの時期は誰もいないのだったか。なにやらこの時期は住民は長期休暇を利用して旅行に出るのだそう。
少し寂しいが、帰ってきた時に貰えるお土産が美味しいらしい。僕も食べてみたい。
さて、そんなことよりも先輩さんの声に応えなければ。先輩さんはマイペースだが、マイペースが故に僕の事情を顧みない時がしばしばある。
脱衣所に入ってきてしまったら僕の癒しの時間を失ってしまう。それはよろしくない。
僕は洗濯機上部のデジタル表示を確認した。
「あと3分でーす!」
僕は得意じゃない大きめの声で半分叫ぶように言った。すると3分、のところですこし声が裏返った。うーん。やっぱりこういうのは苦手である。
先輩さんは僕の言葉に対し、すぐさま答えてきた。
「はーい!わかったよー!じゃあ、干す準備して待ってるねー」
そのあとドアの向こうから、そーれ!というような声が響いたと思うと物音が聞こえ始めた。先輩さんの言う干す準備を始めたのだ。
わざわざ買った洗濯するための棒を部屋の壁の上の方にあった引っ掛けられるところにちょいと置けば完成の単純なものだが、それでも役割は果たせる。
しばらくすると物音が止み、代わりに先輩さんの声が響く。
「まーだー?」
先輩さんはすこしせっかちである。
と思いながら、大きく声を上げようとすると、同じくして目の前の機械から今となっては聞き慣れたアラームが鳴った。
「出来ましたー!」
僕は勢いよく叫んだ。が、むせた。
やはり叫ぶのは苦手である。
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