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遺書

作者: 二条 光

他サイトの企画(お題:トンデモ上司orトンデモ部下)参加作品です。

 私が体験したことを書き記したいと思います。


 ◇◆◇


 私は以前あるスーパーの支店長をしていました。


 あれは五月のゴールデンウィーク明けのことでした。


「今日からこちらで働くことになりました。設楽孝子と申します。仕事に出るのは独身の時以来ですので、皆さんの足をひっぱるかもしれませんが、ご指導のほどよろしくお願いします」


 その日からパートとして入った設楽孝子は四十代の主婦。子育てに一段落し、また子供の学費の足しにと、私の働くスーパーのレジ係になりました。

 人あたりの良さそうなオバサンといった彼女。

 彼女自身が言うように、確かに仕事の覚えが悪かったりミスが多かったりしましたが、その人あたりの良さにより、他のスタッフとの相性は悪くありませんでした。


 彼女が入職して一ヶ月が過ぎた頃でしょうか。


「店長、ご相談が……」


 バックヤードで商品の発注作業のためパソコンに向かっていた時のことです。

 一人の女性が神妙な面持ちで現れました。

 うちの職場でも古株の山下さん。六十代でバツイチのフルタイムで働く彼女。私がこの店に配属される前からこの店で働いていて、スタッフからの人望も厚く私もとても頼りにしている人です。


「相談? どうしました?」


 パイプイスを広げ勧めると、それに座り、彼女は声をひそめて話し始めたのです。


「最近、お金がなくなったり金目な物が盗まれたりしてるんです、女子更衣室で」

「え……」

「それで、」


 そう言うと、彼女は一段と声をひそめます。


「設楽さんの出勤した日なんです、それが起こるのが」


 え……。

 山下さんが嘘をつくような人間でないことは今までの彼女との付き合いから明白です。


 そういえば……。

 最近、レジのお金が合わないことが増えたのです。

 たいした金額ではありません。せいぜい千円単位です。もっともたいした金額ではないから気がつきませんでした。

 よくよく思い返してみると、確かにその時も設楽さんが出勤していた気がします。


「みんな、彼女が怪しいって思ってるんですけど、確証はなくて。ただ、……」


 そうして、その日から設楽さんの行動を監視するようにしました。


 もちろん、気づかれてはいけませんので、慎重に事をすすめました。

 彼女が一人にならないようにできる限り休憩は他の人と入るように店長として努めた結果か、山下さんに訊いてみると、あの後から更衣室の泥棒は現れていないと言っていました。

 もしかすると、設楽さんもなにかしら疑われていると気づいたのかもしれませんが。


 しかし、そのようなことをする方というのはいわゆる手癖という奴なのでしょうか。


 七月。世間ではもうじき夏休みが来る頃でした。


 その日はシフトの関係で彼女が一人でお昼休憩に入りました。

 更衣室に向かう彼女を見かけてはっとしました。

 しばらく鳴りをひそめていたので忘れていましたが、根本的な解決がなされた訳でも彼女の疑いが晴れた訳でもないのです。


 彼女に見つからないように後をついていきます。

 心臓が口から飛び出そうという表現がわかるようでした。

 廊下の陰から彼女が更衣室に入るのをじっと見つめます。

 彼女が入りました。

 おそるおそる更衣室まで歩きます。抜き足差し足、まるでこちらが悪いことでもしているようです。

 すぐに入っても現場はおさえられない、そう思った私は数を数えながら懸命に呼吸を整えます。


 百もとうに数え終わり、意を決してドアを開けることを決めました。

 更衣室のドアを開ける手がかすかに震えています。気づかれないようにゆっくりと慎重に開けました。

 今までにないほどの緊張感でした。


 更衣室のロッカーから荷物を物色する彼女がいました。他の人のバッグからサイフを取り出し、ポケットに入れていたのでした。

 立場上、見たくもなかったというのが本音です。


「なにやってるんですか!」


 思わず上げた声が震えていました。

 私の声に体を大きく揺らす設楽さん。ゆっくりとこちらを振り返ります。

 意外なことにニタニタと笑っています。それはそれは不気味なほどで、背筋が凍りつくとはこういうことを言うのだと頭の片隅で冷静に思う私がいました。


「きゃあああああ」


 え!?

 何故か彼女が大声を上げます。


「設楽さん!」


 私のほうが悪いことをしてるみたいで、焦ってしまいました。とっさに彼女の口をふさごうと駆け寄ります。

 本当に何故? どちらが悪いことをしているのでしょう。


「どうしました!」


 警備の中年男性が現れました。

 すると、それを図ったかのように設楽さんはしくしくと泣き出しました。

 何故? 何故にあなたが泣くのです。

 私のほうが泣きたいくらいなのに。


「店長が、山下さんのお金を盗もうとしてたんです! 私に黙っててくれってポケットにサイフを入れて脅してきたんですっ」


 え……。



 この一件で私は自主退職に追いやられました。

 もちろん、私が盗んだという証拠はありません。しかし彼女が嘘をついているという証拠もありません。

 この事件がきっかけでわかったのですが、彼女はそのスーパーの創業者の親戚にあたるらしく、従って私がしたことにされてしまいました。もちろん、はっきりと私が罪を着せられた訳ではありませんが、結果的にそうなったに等しいのです。


 妻には離婚され、狭い町ですから噂も広がりいられなくなってしまいました。

 私は彼女により社会から抹殺されてしまいました。


 もう本当に死ぬしかありません。



 ◇◆◇


 ××新聞 8月2日(日)

 8月1日(土)午後3時過ぎ。××市郊外のスーパーたかおにて殺人事件発生。

 被害者はパート従業員・設楽孝子さん(43)。加害者はスーパーたかお××店の元店長・吉田正文(50)。持参した包丁で設楽さんを刺した模様。吉田容疑者もその後に自殺を図ったが、他の従業員にとめられ、一命をとりとめている。無理心中を図ったとして現在事情を確認中。

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[良い点] 非常にありえる話ながら、読み物としても読後感として、考えさせられる良作でした。気持ちに渦巻くものを感じさせられました。なんと言うか騒いだもの勝ちと言うか…確かに、こう言う人、いないとも言い…
[一言] 怖かったです。 生半可なホラーより、よほど恐ろしいです。 こういう方、実際におられます(断言)。 人当たりが良く、周囲とうまくやっているけれど、二面性がある。その裏側の顔に気づいた人こそ、食…
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