超短編ホラー3「女」
この街にはある噂がある。
それは、街の外れにある神社に一人で行ってはいけないというモノだった。
※
それは私が高校の受験を数か月後に控えた時期、私は県内屈指の進学校に合格しようと躍起になり、勉強漬けの日々を過ごしていた。
「田中、お前の今の成績じゃ志望校には難しいぞ」
毎日毎日、必死で勉強しても上がらない成績。
教師に言われなくても、薄々感じていたが考えないようにしていた。
「志望校変えるなら、早い方がいいぞ」
分かってる。
けど、どうしても志望校を変えたくは無かった。
私の友達、由紀ちゃんと約束したから。
「一緒にS高に行って、一緒に卒業しようね」
「うん!」
その約束は、中学に入った時からずっとしていた。
由紀ちゃんは私とは違い頭が良くて推薦を貰えそうと噂になっていた、そんな由紀ちゃんに負けない様に必死になって、睡眠時間を削ってでも勉強した。
けど、まだ足りなかった。どんなに頑張っても、どんなに必死になっても由紀ちゃんには追いつけない。
「大丈夫だよ、しおりならS高に入れるって」
私が担任に言われた事を伝えたら、由紀はそう言って励ましてくれた。
けど、当時の私の心には余裕が無かった。
「推薦を貰えるから由紀はいいじゃない!」
言ってから私は激しく後悔した、由紀の目には涙が浮かんでいた。
「ごめんね」
由紀とはそれから疎遠になっていて、顔を合わせない日が続いていた。
だけど高校に入ったらまたやり直せる、そう信じてひたすら勉強した。
その甲斐もあってか点数も上がっていて、S高も射程圏内だと思い始めていた
そんなある日。
普段はバスで帰っている道を、バスを乗り過ごして歩いて帰る事になった。
ザクザクザク。
昼間なのにこの辺りは人通りが無く、自分の足音だけが耳につく。
ザクザクザク。
この辺りは、舗装がされていない道で地面の土を踏む音だけが響く。
私は視界の端に何かを見た気がした。
それは石で出来た階段。
目を向けると、石階段の上に赤茶けた古い鳥居が立っていた。
「ここって」
その神社には見覚えがある、私が小さい頃によく来ていた神社だった。
ここは毎年夏にはお祭りがあってよく由紀ちゃんと来ていた。それに、よく遊び場にしていてかくれんぼなどをしていた。
けれど、一度も一人で来た事は無かった。
それには理由があった。
「なんでそんな事言うの!」
私は母に、今日神社で遊ぶから出かけてくるねと言った時だった。
由紀ちゃん? と母に尋ねられた私は、
「由紀ちゃん、少し用があるんだって。だから先に行って待ってる……」
そこまで言いかけた時、母は怒鳴った。
その時の母の表情は今でも忘れない。その顔は怒りと恐怖が同居している様な見た事も無い表情だった。
母の怒号に、私は泣いてしまった。
そんな私を見て母は私を抱きしめ、ごめんねと魔法の様に話し続ける。
私が泣き止むと、
「けど、あそこには絶対にひとりで行っちゃ駄目だよ。階段の下で待ってるの、分かった?」
そう言う母の顔はいつものやさしい顔だった。
受験や由紀ちゃんの事があった私は、母の忠告をすっかり忘れていた。
「変わってないなぁ」
鳥居を潜ると、目の前には大きな社とその後ろにある木々が目に入る。境内には私以外の姿は無い。
真っ直ぐ、石畳の道を歩く。
(祭りの時には、道を挟む様に屋台があったっけ。よくリンゴ飴を食べてたなぁ。)
そんな事を考えつつ社の前に立つと、私はお財布を出し賽銭箱にお金を入れた。
二礼。
パン! パン!
二拍手。
「受験に受かりますように、由紀ちゃんと仲直りできますように」
一礼。
「」
ん?
何か聞こえた気がする。
けど気のせいだろうと思い、私は踵を返し帰ろうとした。
「」
やっぱり何か聞こえた。
人の声の様だった。
だけど辺りを見渡しても、誰も居ない
この神社の社は大きいが、何故か社務所は無い。つまり、神主さんや巫女さんが居る事は無い。
じゃあ、誰が?
「……く……」
また聞こえた。
声のする方向を探す。
「か……く……」
社の後ろの方からかな?
なんとなく気になって足を向ける。
(こっちって、あんまり来た事無いな。)
小さい頃は社の裏の木々が怖くて足を踏み入れなかった気がする。改めて見ると、何がそんなに怖いのか分からなかった。
社のの壁面に触れながら、横を抜ける。
子供の頃に見た時と同じ様な大きな木々が、大きな日陰を創る。
影が創る闇は深かった。
「誰かいますか?」
社の横から声を掛けるが、返事は無かった。
なんとなくだけど、さっきより肌寒い気がする。
ただ手はじっとりと嫌な汗で湿っていた。
ゴクッと唾を飲む。
なんでこんなに緊張しているんだろう。
けど、足を進めないといけない気がした。
「か……をく……」
やっぱり社の裏に誰か居るみたいだ。その声はしわがれていて苦痛に耐えているかのようにか細い。
さっきよりも空気が冷えている。
「大丈夫ですか?」
社の後ろに足を進めながら、尋ねる。
「ウゥゥ……」
うめき声が聞こえる。
ザワザワと木々がうるさく鳴る。
腕を擦りながら、裏に足を踏み入れる。
そこには、丈の長い赤い服を着た長い髪の女性が立っていた。
その姿勢は前傾気味で、私からは表情を見る事は出来ない。
「大丈夫ですか?」
ゆっくりと足を進める。
そのたびに、気温が下がっていく気がした。
私の本能が危険だと告げている気がした。
けどそれ以上に、その人が気になった。
「か……をく……」
また何かを呟く。
もう手が触れる距離なのに、何故かきちんと聞こえない。
「どうしました?」
手が触れるかどうかの距離まで近づいた時。
女性は振り返った。
私はその人の姿を見て、固まる。
顔が爛れ、右の目には玉が無く暗い穴があるだけ。
鼻は溶け、骨が見えている。
口の形は歪に曲がり、アルファベットのNの様になっていた。
服も綺麗なのは背中側だけで、表は裂け腹から血を流していた。
そして、胸には乳房がなく左胸の心臓がある部分は空洞だった。
「ウウウウウ」
ゆっくりと、その女は近づいてくる。
私はゆっくりと後ずさる。
女の肉のない白い手が伸びる。
「なんなの!」
私は逃げようとした。
逃げようとしたが、足が恐怖でうまく動かなかったのか縺れその場に転ぶ。
「や、やめて」
私の声は震えていた。
ゆっくりと女は近づき、
「からだをくれぇ!」
今までとは違い、はっきりと声が聞こえた。
女の左手が、倒れている私の右肩を掴もうとする。
「キャー!!!」
私は悲鳴を上げた。
※
目が覚めると、そこはベットの上だった。
「しおり、大丈夫!?」
目の前には母の泣きそうな顔があった。
「お……かあさん……?」
母は私の右手をぎゅっと握っている事に気づいた。
「良かった……」
涙を流していた。
左手にもぬくもりを感じた。
「由紀……」
目を赤く腫らした由紀の顔があった。
「しおり、良かった」
私は急に怖くなった。
「うぅ……」
そのまま、三人で泣いていた。
※
母に聞いた話によると、私の悲鳴を聞いた近くの老夫婦が私を見つけて救急車を呼んでくれたらしい。
その時の私は、唇が紫になり肌が白くまるで死体の様だったと母は聞いたそうだ。
そのまま病院に来た私は色々な検査を受けたけど、何が悪いのかお医者さんにも分からなかったみたいだ。
けど、お医者さんは点滴や色々な治療を懸命にしてくれて私は無事に目を覚ませたんだそうだ。
目を覚ましてからも、色々な検査を受けた。
受けたんだけど、結局原因は分からなかった。
とりあえずの病名は、栄養失調という事になった。
それに受験のストレスなど色々な物があって、倒れたのだろうという事だった。
あの日から三日経っていたらしい。
体調自体は、たまに頭が痛くなるくらいで問題は無かった。
けど、
「この痣、消えないわね」
母に体を拭かれながら、右肩を見た。
そこには、黒い痣があった。
その形は手の跡の様だった。
※
あれから、十年近く経った。
肩の痣は高校入学した位に、自然に消えていた。
高校を由紀えと一緒に卒業し、大学を終えその当時付き合っていた彼と結婚して、今では一人の娘の母だった。
「行ってきます」
パタパタと足音を立てながら娘が玄関に向かう。
「どこに行くの?」
慌てて娘を追いかける。
「神社」
その言葉に私は、怯えた。
「誰と?」
恐る恐る、けど顔には出さない様に聞く。
「友達と」
その言葉に少しだけ安堵したけど、この言葉を娘に伝える。
「神社には一人で行っちゃだめだからね!」
その時にふと思った。
あの時の母も、今の私と同じだったのかも知れないと。
※
この街にはある噂がある。
それは、街の外れにある神社に一人で行ってはいけないという物だった。
その理由を語る人は居ない。
けど、それは確実に伝わっていく。
いつまでも、いつまでも。
超短編ホラー3と書きつつ、1も2もまだないです。
これから、なんか書くとは思いますが。
いつになるやら・・・。
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