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冷蔵庫の中のもの

 河川敷の空き地に粗大ゴミが放置されていて、その中に古びた冷蔵庫が在る。

 如何にも高度成長期の遺物らしく丸びを帯びたフォルム。扉の片隅に製造メーカーのロゴが控え目に入っているそれはかなり汚れてはいたが、二十年前と変わらず其所に在る。


 二十年前、その頃小学生だった私は、昔の冷蔵庫は変なデザインなのだな、と思ったものだ。

 開ければ、昔の清涼飲料の硝子瓶や、古いパッケージのバニラアイスが入っているのかもしれない。それとも、もうすでにこの世には居ない誰かが作った惣菜の残りか……

 開けてはいけない。でも開けてみたい。怖い物見たさの好奇心はいつも私の頭の片隅に在って、しかし実行出来ずにいた。

  

 しかし五年生の頃だったろうか? 父が転勤する事になり、必然的に私も転校する事となった。

 もう、あの冷蔵庫が見られない。

 その時私は級友や慣れ親しんだ街との別れより、白い箱の中身が気になって仕方無かった。


 とうとう、もう明日にはここを立つという日になり、夕暮れの河川敷に誘われるように、否、あの白い棺桶に誘われるように、ふらふらと歩いていると後ろから声がする。

 振り向くとそこには、幼稚園の頃から一緒だった、いわば“幼なじみ”が居た。

「最後に、一緒に遊ぼうと思って」

 ああ、そういえばこいつとは、低学年の頃まではよく一緒に遊んだが、高学年になってからは部活だの塾だのが忙しく、なかなか遊べなかったな。そう思い、その時はあの冷蔵庫の事など頭から抜けていた。

 

 思い付く限りの遊びをし、最後はかくれんぼとなった。かくれんぼの達人と言われていたこいつは、いつもなかなか見つからず、諦めて帰ろうとするとひょっこり何処からか現れる。

 そう、その日もそうだった。 

「時間だから帰らなきゃ、出て来てよ」

 そう大声で言っても、出て来ない。きっと帰ろうとしたら出て来るんじゃないかと河川敷を後にしたが、それでも彼が出て来る事は無かった。

 もしかしたら、別れが辛くて何処かで泣いてるのかも知れない。

 泣き顔を見られたくなくて、出てこれないのかもしれない。

 後ろ髪を引かれる思いだったが、これ以上帰りが遅くなると両親が心配する。


 案の定、家に帰ってから両親に叱られ、しかも引っ越しの準備で忙しく、彼の事は気にしている暇が無かった。

 転居先に着いて、引っ越し業者が数人がかりで冷蔵庫を運び、クッション材を剥がすのを見ていて、言い様の無い不安に襲われた。

 いや、あいつだってそんなに馬鹿じゃない。そんな事はあり得ない。

 そう、それはあの時、あいつが、あの河川敷の打ち捨てられた冷蔵庫に隠れて出られなくなっているんじゃないか? と、言う不安。  

 だとしたら大変だ。

 冷蔵庫が中から開かない事をもし、あいつが知らなかったら……

 今頃中で窒息死してるかもしれない。

 どうすれば良いのか、幼い私は思い付かなかった。

 今であれば警察に連絡するとか、彼の家に電話して様子を伺うとか色々方法は思い付くのだが、軽くパニックを起こした小学生の頭じゃ、何も思い付かなかったのだ。


 結果的に云うと、結局何もしなかった。

 両親に云えばしかられるんじゃないか? と、云う危惧もあり、そのまま転居先の小学校を卒業し、中学へ入り、高校を卒業した。

 ふと思い出す事も在ったが、今さらどうする事も出来ず、彼は、私の脳内ではあの冷蔵庫の中で腐敗し、骨だけの骸になっていた。


 そして、社会人になって、思いがけず昔住んでいた街への出張を命じられ、今、ここの河川敷の冷蔵庫の前にいる。

 偶然と云えば偶然だが、これはあいつが仕組んだ事のような気がしてならない。

 さあ、この冷蔵庫の扉を開けて、二十年の長きに渡る悪夢を終わらせるんだ。

 私は、錆び付いた扉の取っ手を掴み、開けた。

 まるで、強力な糊で接着されているような音をさせている扉。

 中を覗くと、其処には何も無かった。


 安堵ではない。私の心に広がったのは、安堵では決して無い。

 私は、ありもしない事を二十年も気に病んで居たのだ。


 あいつはあの時、何処かで隠れて私が去って行くのを見守っていたのだろう。

 今は私とおなじように成人し、仕事に忙しい日々を送っているのだろう。


 拍子抜けして、冷蔵庫の前にへたり込んでいると、背後で誰かが私の名を呼んだ。


 それは、あいつの声だ。

 小学生の頃のあいつの声だ。


「今度は君が隠れる番だよ」

 

 私は、ゆっくりと振り向いた。




<了> 


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