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雪原に死す




 こんな日に、何故私は出掛けてしまったのだろう。


 十二月も初めと云うのに寒波が押し寄せ、前も後ろも天も地も判らぬ程の猛吹雪の中、何故、出掛けてしまったのか。

 車の窓からは何も見えない。まだ夕方にもなっていない筈なのに真っ暗だ。

 そう、この車は雪に埋もれているのだ。

 吹雪の中、何処を走ってるのか判らないまま、雪に阻まれエンジンは停止した。いくらキーを回してもアクセルを踏んでも空回りする音がするばかりで動きはしない。 

 ならば外へ出ればいい。と思った。しかし四つ有るどのドアも、ハッチバックも、解錠されているのに開かない。四方を雪に囲まれているのだ。否、もしかしたら上さえも。

 雪で出来た箱の中にすっぽり収まっている状態なのだ。 携帯電話は持って来た筈だ、車内が暗いが、いつもフロントのホルダーに入れている。助けを呼べばいい。簡単な事だ。

 手探りでホルダーを探ると硬く小さなものに触れた。あった。さあこれからは簡単だ。何処に連絡するのが妥当なのかよく判らないが取り敢えず警察に連絡すればいい。

 しかし、携帯を開いて私は愕然とした。

 圏外なのだ。

 悪天候のせいか、それとも元々此処は電波の通っていない場所なのか、圏外だったのだ。

 絶望で身体中の血の気が引いた。 

 ああ、今この瞬間に春が来て、雪が一気に溶けないだろうか?

 さもなくば、誰か気付いて助け出してくれないだろうか? 

 冷え行く車内の中で、祈るような気持ちでそう考えていた。



 思えば、詰まらない人生だった。今までも、これからも、それは変わらないだろう。

 だからと云って、こんな所でこんな死に方をするなんてあんまりだ。

 これならまだ事故や不治の病で死んだ方がましだ。 

 いやまてよ?

 事故……たとえば交通事故だとして、例えようのない痛みを味あわなければならない。

 病気だってそうだ。身体の苦痛に加え、段々と病状が悪化してゆく精神的苦痛。

 死には当然苦痛と云うものが付き物だ。しかし。  

 ……何かの本で読んだ事がある。一番楽な死に方は“凍死”だと。

 寒さが次第に暖かく感じ、眠る様に死ねるのだと。

 急に、光りが差したように思えた。苦しいだけの、詰まらない人生。その最後の最後に迎える“おだやかな死”。

 終わり良ければ全て良しと云うではないか。きっとこの車が溶けた雪の中から現れた時、中にいる私の死に顔はまるで楽しい夢でも見ている様に違いない。

 それは神が私に与えたもうた人生最初で最後の贈り物のように思えた。


 では、寒さが暖かさに変わるまで楽しい夢を見て待つ事にしよう。そう思った時だった。

 地響きと共に重いエンジン音が聞こえて来た。

 ……除雪車か。

 きっと吹雪はおさまり、除雪車が出動したのだ。

 折角“凍死”への覚悟を決めた途端にこれだ。

 しかし私は助かる希望に胸が高鳴った。

 段々近くなるエンジン音。そうだ、私はここだ。


 しかし、次の瞬間、希望は不安へと変わる。

 この車は多分、天井まで雪にすっぽり隠れているのだ。

 つまり、除雪車の運転手はこの車の存在を知らない。

 其処にこの車がある事を知らずに重いブレードで雪を掻いているのだ。

 そのまま押されるだけならいつかは気付いて貰えるだろう。しかし。 

 近くに電信柱やガードレールなどが有れば、それとブレードに挟まれて…… 

 

 やっぱり、私の人生は最後まで詰まらないものになりそうだ。 








〈了〉



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