生命(いのち)の環
「貴様は…魂は丁寧に扱えといっただろうがぁ!」
そう言って私は拳を幾重にも繰り出す。
「げふ…お…終わりの無いディフェンスでも良い…ユキが見つめ続けてくれるな゛っ(ドゴッ)…」
「気色の悪い事言ってんじゃねぇぇぇぇぇ!!!」
訳の分からない上に気色の悪い事を言い出したソルに向けて、拳の速度を上げるユキ。
最初の内は捌けていたものの、ソルは次第に捌ききれなくなり、ソルの身体を捉える数が徐々に増えてゆく。
ユキの身体は薄っすらと青白い燐光を纏っていた。
拳は更に速度を上げ、次第に蹴りさえも混ぜるようになってゆく。
「うぉっ。っちょ…洒落にならん!まて。落ち着くんだユキ!」
「問答無用!一遍死にさらせ!」
その一言を境に纏っていた燐光は両の掌に収束する。
「双撞○底破!!」
直撃をもらったソルは大樹の幹に叩き付けられる。
「げふっ…その技は…色々と不味いだろう…」
そう言ってソルは事切れたのであtt「まだ死んでねぇよ!」存外元気である。
あれからそう時間も掛からずに、世界は淡い緑に包まれていった。
未だ虫の様な生命体も居ない為、食い荒らされ、枯れるといった状況も起こっては居ない。だが、裏を返せば花粉を運ぶことが出来るのは世界に吹く風のみということでも有る。それはやがて、世界に緑が根付く事無く荒れ果てるといった未来をもたらすことになる。
「さて。残った魂たちだけど、全部が全部木々に使うのは止めようと思う。」
「そいつぁ一体どうしてだ?」
「植物の繁殖の為だよ。受粉を促すのが風だけでは根付く数が少なくなっちゃうからね。」
「なるほどな。」
「まぁ、樹木も幾分かこさえるけれども。いずれにしても、先程と同じように大雑把に作って、後は流れに任せてしまうんだけどね。先ずは低木と蝶や蜂の様な存在からかな。蝶だと、草原を荒しちゃうかな…?
でも、草木に害を齎す存在が無いと進化は無いだろうし…蜂は地蜂の様な習性を先ずは持たせておかないと、流石に…」
そうやって自分の世界に入り込んでゆくユキ。横にいる役立たずは置いてけぼりである。
「よし。ある程度構想も練り終わったし、早速アルフェミアに次の魂を齎しましょうか。…ってどうしたの?ソル。」
ユキは、すぐそばで滂沱と涙を流しうなだれるソルを見やり、声を掛ける。
実は、ユキが自分の世界から戻ってくるのに掛かった時間は3日程度。
その間、ソルはどういった形の生命を齎すのか興味があった為、幾度と無くユキに話しかけるも、集中して上の空のユキに「煩い。邪魔。」「話しかけるな。今纏まりそうなんだ。」「気が散る。」等散々な言い様で追い払われたのであった。
もっとも、ユキにはその様な覚えは一切無く”何で膝を突いて泣いているのだこの変態は”程度にしか思っていない。
「いや、なんでもないんだ…気にしないでくれ。」
「?そうか?
さて、次の魂の配置はある程度決まったし、アルフェミアの緑も私が大地に流した神力で大分安定してるみたいだ。そろそろ低木の草木や昆虫を放っても大丈夫そうだからそれに取り掛かってしまうね。」
「あぁ。俺はちょいと、地球の神々のところに言ってくるわ。太陽の光の調整は必要か?」
「今のところは良いかな?もうちょっと環境が安定したら、頼むかもしれないね。」
「おう。じゃぁ、行ってくらぁ。」
そう言ってソルは転移していった。
「さって…こっちも手をつけ始めるかな。
先ずは崩れかかってた崖が草で繋ぎとめられてるうちに、其処を低木の根で補強しちゃおう。まぁ、多少崩れるのは仕方ないと諦めるとして…」
そう独り言を呟きながらユキは新たな生命の定着に着手してゆくのであった。
大地は新たな命により賑やかになり、一部の地域には背丈こそ低いものの木々も生え、虫の音色は風と草鳴りだけだった世界に響き渡る。
木々には実が生り、ソレを虫達が己の餌とし巣に運び、食べられずに残った種は新たな木となるべく芽を出す。
鳥のように長距離を運ぶ存在こそ無いが、それでも世界は命の循環を始めていた。
穢れを孕む程の業を背負う魂も無く、ただただ少しの力を蓄え、その命を終え、新たな生命として産まれる為に眠る。
ソレはやがて、小さくとも魂を次の位階へと成長させ、より大きな存在を齎すであろう歩みであった。
「ふぅ…よし。大分形になったかな?
次の段階は大樹と呼べる大きさに成長する樹木達と、小動物達か…。先ずは鳥類を創造するとして…他に何か必要な子達は要るかな?っと…虫が結構繁殖してるな。虫を食べるような子達か…鳥だけだと心許無いかな?
となると鼠の様な子達も必要になってくるか…うーん…こうなってくると大型の肉食獣も一緒に生み出さないと生態系が…うーん…」
そう独り言を呟きながらふと、ソルが戻ってきていないことに気づくユキ。
「そういえばソルの奴、地球に行くって言ってそのまんまだな。何をしているんだろう?
少し気分転換に私も向こうに行くかなぁ?」
「もどったぜー。魂の2陣、確保してきた。」
「む。おかえり。せっかく私も地球に行こうと思ったのに…少しは空気読めよ…」
「いや、んな無茶言われてもしらねェよ…。」
かるいやり取りを交わしながらソルより新たな魂たちを受け取る。
「だから魂をぞんざいに扱うなと…」
「気にすんな気にすんな。ユキが優しく受け止めてるから問題ない。」
「お前な…。まぁいい。
丁度、低木と虫達が萌芽したところだから、少し経ったら、次は樹木と小動物。ある程度安定したら中・大型の動物まで一気に生み出しちゃおうと思ってるよ。」
「へぇ…下地のほうは大分出来上がってるんだな。」
「うん。根源の力も貯まり始めたし、魂の総数も徐々に増えつつあるしね。」
「早過ぎないか?」
「そうなの?」
「最初の内は食い潰し合って、根源の力は殆ど貯まらないし魂の総数も横ばいだから気長に頑張れといわれてきたばっかりなんだが…」
「えぇ…なだらかではあるけど右肩上がりにはなってるよ。少し調整したほうが良いのかな?」
実は、地球の神々が言った「根源の力は殆ど貯まらないし、命が食い潰し合って魂の総数は横ばい」というのは次の段階に入った部分のことであった。
現状、小さな命を糧として生きる存在が居ない為魂の総数は多くなり、根源の力もゆっくりとではあるが貯まっているのである。
だが、此処で虫を食べる存在を追加すると、虫の総数が激減し、数で補っていた根源の力の増加に歯止めを掛けることとなる。
その為、今後の方針としては先程ユキが悩んでいた様に小型の動物を糧とする中型大型の動物を増やし、虫が極端に減少することを防がなくてはならない。
「んー…まぁ、一応様子見ながら調整していこうか。
取り敢えずは、低木で地崩れ起こすのを辛うじて繋ぎとめていた所に樹木を生やして、森林地帯にしてしまうところからかな。」
「おう。頑張ってくれや。こっちは地球で手に入れてきた本でも読みながら時間つぶすわ。
何か用があったら気軽に声を掛けてくれ。」
「あ、ずるいなぁ。私だって本くらい読みたいよ。」
「ひと段落したらいくらでも読む時間は作れるだろう?
今の段階じゃ、俺に出来ることなんぞ無いからな。ユキが作業してる間暇なんだよ。」
「まったく…後でちゃんと貸してよ?」
「わぁったわぁった。」
「生返事なんだから…」
ユキはそうぼやきながら、集中していく。
山間で崩れそうになっている場所や、崖や丘になっている場所で地面がもろくなっている場所が無いかを見てゆく。
そして、そういった場所を中心に樹木へと育つ魂たちを仕込んでゆく。時には周辺の土地を覆うくらいに、時には数本の樹木が申し訳程度に聳える様に。
そうやって出来上がった場所の中には、ソルとユキが過ごしている神界の様な場所も出来ていた。もちろんユキの趣味である。
何気にユキは、このアルフェミアの神界が気に入っていた。
樹海の中にぽっかりと空いた広場。その中には大きな湖があり、湖の中央には聳える大樹。朝靄のなかでおぼろげに浮かぶその光景は幻想的とも言え、幾度と無く心を奪われていたのであった。
そして、”これから創るアルフェミアには似たような場所を必ず作ろう”とその度にユキは決心してきたのであった。
そして今、その思いは果されていた。
神界では遠方は靄に包まれ、背景となるのは中央に聳える樹木だけであったが、こちらはアルフェミアの大地に創られた幻想郷である。ユキの趣味がふんだんに盛り込まれ、北北東から西北西に掛けて雪を被った山々が聳え、その麓から広がる樹海。そして樹海のほぼ中央にぽっかりと円形に空いた場所には大きな湖があり、その中央には小島があり、其処には天に届かんばかりの背丈を誇り、幹の直径15mはあるであろう大樹が聳えていたのであった。既に根は小島よりはみ出しており、直接湖へと伸びているものすらある。
また、湖には蛍のように淡く発光する虫を放ち、水を浄化する水草が沈められ、水草には小魚達が住処としていた。
「ふぅ…こんなものかな。」
そう言ってリラックスしたユキの顔は晴れ晴れとしたものであった。
行く段もすっ飛ばして、神力で樹木を生長させた挙句に根源の力より産まれ出でた魂を幾分か使い、自分の好きなようにかの地を調整したのであった。
また、かの地の周辺の樹海には果物が実る樹も非常に多く、少し入り込めば蜜柑や桃、林檎に葡萄に梨にととり放題。更には背に山脈を控えた辺りの湖畔の樹木達は桜の木であり、春先の風景を想像してだらしの無い顔をしていた。この女神、やりたい放題である。
「ふふふ…春先は暫く此処に引きこもらないとね♪
それから、季節毎に果物も収穫しないと♪
発酵させて果実酒とかおいしそうだなぁ…っと、この場所は荒されたくないから、私の神域に指定しておかないとね!
あぁ…私一人だと管理しきれないな…此処を管理してくれる子達も生み出さないと…ついでに他の地域にも新たな生命を齎さないとね♪」
そう言ってだらしのない顔をしたまま次の作業へと移ってゆくのであった。
本日二話目の投稿でユキさんはっちゃけた!
実際に満開の桜の背には雪を冠した山々が聳えて…それを大樹の根元から眺められたら…そんな作者の願望も若干入っております。
桜は散り際が一番美しいと思うんです!




