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コトノハ  作者: 古都
3/6

マッドサイエンティストの求婚

 

 ルトワニア王国の東、カルカッサ地方の南側にあるマリシワという町外れには、随分偏屈な男が住んでいるという。

 日がな一日家に引きこもり、めったなことでは家の外には出ない。必要なものは時々送られてくるようだが、それを受け取るのにもほとんど出てこない。荷物と受け取りサインの紙を一緒に置いておくと、だいたい一週間後にはサインされた紙が運搬業者に届くのだ。食事や掃除をどうしているのかはわからないが、たとえ通いであろうともその誰も見たことのない変わり者の男の下で仕事をしてくれるような家政婦はいないだろう。

 だが、おかしなことにその家には時々目を見張るような美人が現れると噂になっていた。


「ありがとうございます」


 噂の美人は、長い睫を落として丁寧に礼を言った。


「いえいえ、これは僕の仕事ですから」


 まだあどけなさの残る青年は、照れながらもにっこり笑いかけた。

 その心のうちでは、ラッキーと目の前の美人のすがたに雄叫びでも上げたい気分だった。なにしろ、この街外れのお屋敷建物自体は綺麗なのに、色々と悪評が多く、先輩配達員たちは嫌がって後輩たちに押し付けるのが恒例となっているのだ。上客だけに無下にもできず、下っ端配達員は重い足取りで向かうのだったが。

 勤続1年目のまだ新米配達員の彼は大変幸運である。


「いえ、街はずれのこんなところにまで運んでくださるんですから。とても助かっているんです」


 にこりと微笑む美人は、大変麗しい。元が整い過ぎていて近寄りがたいところがあるのだが、微笑めば女性本来の柔らかさが表れて可愛らしいとも思える。

 何より、気の良い女性である。


「あ、あの、ラフィニアさん」


 青年配達員は意を決して、声を上げた。


「はい、なんでしょうか?」


 彼女は、青年の心情も気取らない様子で応えてくれる。


「今度、よければお茶」


 リリリリリリリリ―――


 耳をつくようなベルの音がする。音の下は屋敷の中のようだが、耳の後ろから鳴らされているのかと思う程近くに聞こえる。これ程大きな音なら、町の方まで届いているかもしれない。近隣に家がないだけで、随分な近所迷惑である。


「もう、あの男は」


 悪態をつくラフィニア。その様子は普段配達員である青年に接するものより、随分乱暴である。屋敷の主である男がいかに常日頃から彼女に迷惑をかけているのかがわかるような口調である。


「すみません、カルターさん。荷物ありがとうございます」

「え、あ、ああ……はい」


 はやばやとした動きで、重い荷物を抱え直すと綺麗な動作で頭を下げると帰りの言葉もほどほどに屋敷に戻ってしまった。


 ルワンダ=カルター、お茶一つも誘えずに一か月が経とうとしていた。



 ※※※※



 ラフィニア=マシュカは大変苛立っていた。

 仕事で来ているはずの屋敷には、一か月もの間無意味に留め置かれている。その間、当然のことながら本来の仕事は出来ない。給料は出るにしても、やはり本来の仕事もせずにもらうというのにも抵抗がある。代わりに、精神的な疲労・苦痛に対する手当を出して欲しい。帰ったら、こんな仕事を寄越した上司に文句言ってやろう。


 軍人であるラフィニアが今回与えられた仕事は、

 『国立研究室客員研究員のアルバニア=ヴィシュマルトを屋敷から引きずり出して来い』

 というものだった。


 国立研究室とラフィニアの所属する王国軍には直接的なつながりは何一つない。下手に屋敷に押し入れば、王国軍に非難が行く。アルバニア=ヴィシュマルトは生来の貴族ではないが、その研究成果を認められ、今では子爵の地位まで与えられている人物である。国一番の教育機関であるトゥトゥーニ学院を史上最短で卒業するなど、その功績も大きい。 

 国軍としてはなんともリスクばかりの仕事であった。

 しかし、状況はそれをほっておくわけにもいかないらしい。


 『国立研究室の方は、お前の派遣でも出てこなかった場合勅令を出すと言うんだよ。そう言われちゃ、俺らだって受けないわけにいかねえだろ。しかも、あそこの室長は王弟殿下だ。シガナイシタッパの俺たちには、耳の痛い話だよ。―――ってことで行ってこい、マシュカ中尉』


 尊敬はするが、時々異様なまでに腹が立つ上司の言葉だった。

 特に、しがない下っ端などと言う直属の上司であるカリアン=クラント大佐は、30という若さで佐官のトップの位に立つ男だ。一個小隊を預けられ、家も武門で有名なクラント家、確か伯父は軍部大臣だったはずだ。しがないも下っ端もどちらの単語も似合わない男である。

 何より、


 『お前、幼馴染だろ』

 ―――好きで幼馴染してないのよ!


 ああ、もう。


「五月蠅い、聞えてるわよ」


 苛立ち任せに乱暴に扉を開ければ、相も変わらず広い研究室を狭く感じさせる程ごちゃごちゃとした研究材料たちがひしめき合っていた。

 その中から、ベル音を辺り一帯に響き渡らせるよくわからない箱のでっぱっているボタンを押して、止める。どういう仕組かわからないが、一度なり始めたらこの箱はボタンを押すまで鳴り止まらないのだ。


「人の耳を潰す気なの、アルバ」

「この程度で人の鼓膜は破れないぞ、ラフィーニ」


 声は部屋の奥の方から聞こえてきた。

 それだけを頼りに、奥へと進んでいく。

 ラフィニアがこの屋敷に派遣されて一か月。暇を持て余すままに、屋敷中を綺麗にしたがここだけは主であるアルバが許さなかったので手を付けられず以前ごちゃごちゃしたままだ。ぱっと見ただけでは、部屋のどこにアルバが埋もれているのかわからない。


「いつか事故おこして痛い目見るわよ」

「なら、お前もだな」

 さも当然とばかりに言い切るアルバ。

「いつまであたしをここに居させる気よ」


 ラフィニアの本来の仕事は、王国軍魔騎士部隊第一小隊付き事務官と言い、机仕事が苦手な脳筋たちの事務作業の大半を請け負うものである。一小隊につき事務官は二人つけられるが、ラフィニアの相棒は経歴の浅い16歳の少年である。一人ですべてをこなせるはずもない。そのためにも、ラフィニアは早く職場に戻りたかった。


「別にずっといてもかまわないぞ。部屋も余っているし。第一、お前がいた方が快適だ」

「人を家政婦扱いしないで」

「家政婦扱い? した覚えはないが」

 放置されているわりには整っている黒髪の下から、はぁ?と片眉を上げるアルバ。その顔は下手に整っている分、逆に人の苛立ちを呷る。それに、色素の薄い瞳を抱えた切れ長の目は、本人は意識していないのを知っているものの無駄に威圧的だ。

 アルバニア=ヴィシュマルトという人は、一度自分というものを見直したほうがいいと思う。


「しかし、ラフィーニ、お前」

「何?」

「最近随分苛立っているな。牛乳飲め」

「五月蠅いわね。誰が苛立たせているのよ」

 初見では怖がられる程きつい自分の目を活かして、きっと睨む。この目とアルバのおかげで、たぶん自分には女友達が少ないんだと言い聞かす。職場も影響して、男の飲み友達ばかり増えてしまうのだ。

「誰だ?」

 しかし、アルバはびくともしないし、犯人にも気づいていない。

 錬金術研究において大きな成果を上げているこの男だが、人の機微というものをとことん理解しない。気づいた時にはこうだったので、生来の性質とでも言うべきだろう。死んでもなおらないとはこのことだ。


「まさか………」

 ぽつり、と呟くアルバ。どうやらようやっと気づいたらしい。

「あの配達員か?」

「え………」

 ラフィニアから表情が落ちたのを見てとり、アルバは肯定と受け取った。

「やはりか。随分馴れ馴れしいと思っていたが………そうか。それなら、今度からは出なくてもいい。俺が取りに行く」



 ぶちぶちぶち、と音がする。

 強引に何かを引きちぎるような音だ。

 何の音か?

 わたしの堪忍袋の緒の音だ。

 ―――ぶつん。



「あんた、ほんと馬鹿だわ」

「俺を馬鹿と言うのは、お前くらいだ」

 当然だろう。国の頭脳のトップを行くような男に馬鹿などと言える人間などそうそういない。

 だが、この男は、肝心なところでどうしようもない馬鹿だ。


「まったくどこから怒っていいものかわからないけれど、まず言うわ。あたしをこの一か月ずっと苛立たしていたのはあんたよ!」


 鋭く指を突きつければ、さすがの鈍感男でも気が付いたらしい。無表情のまま人を睨んでいるようなアルバの真顔が、歪む。

「あたしは仕事に来ているのよ。それも、あんたが定期報告を怠っているから理由で。空間移動すれば一瞬なのに、空間移動なんてあんたにとったら訳もない魔術なのに、あたしは召喚魔術駆使して三日もかけて。その上、一か月もいる羽目になって」

「すごいじゃないか。王都からここまで普通なら二十日はかかる道のりだぞ」

「本気で感動しないで。今はそういう話をしているんじゃないの」

 自分より数段魔術のうまいアルバに魔術で褒められるのは、嬉しい。だが、今この場では違う。相変わらず空気が読めない。

 それが、ラフィニアの苛立ちを誘う。

 普段仕事柄も会ってクールで居続けることを自分に言い聞かせるラフィニアだが、元の感情表現は豊かな方だ。幼い頃、自慢の銀髪を白髪と言われ、言った二つ上の男の子をぼろぼろに泣かすくらいには起伏は激しい。

 本気で凄むラフィニアには、軍人たちだって言葉を失くすくらいだ。


「あんたの都合に、人を巻き込むな、あたしを巻き込むな。人嫌いのあんたが自分の世界に閉じこもるのは構わないわ。でも、その世界にあたしは関係ないの。あたしはあたしの世界がある。そこにまで関わらないでよ。わかった! アルバニア=ヴィシュマルト」


 はぁ、はぁ、と肩で息をする。

 マイペースで自尊心が高く基本人の話をきかないアルバには、日ごろから言いたいことがたまっていたのだ。この一か月、それはさらに積もり積もっている。許されることなら、風呂上りに湯船の栓を抜かないところとか、こまめに換気しない所とか、ラフィニアをラフィーニとか短くもなっていない愛称で呼ぶところとか、無駄使いが治らない上に人にものを押し付けるところとか、髪をラフィニアにしか切らせないこととか―――とにかく、言いたいことなどたくさんあるのだ。しかも、どれもこれもが10代前半の頃から言っていることばかりだ。いい加減にしてほしい。

 でも、でも、それでも、何年も付き合ってきた一つ年上のおかしな幼馴染。 


「ラフィ」


 小さく聞こえた、幼い頃の愛称。

 音が可愛らしいから気に入っていたが、幼すぎるその呼び名を両親亡き今じゃ呼ぶのは後見人である叔父とアルバとその父親だけだ。


「最期だから、あんたのそのぼさぼさな髪くらい切ってから去って―――」

「わからない」


 小さな小さな音量で聞こえた、幼馴染の声。

 なのに、ラフィニアの言葉を遮ってしまう。


「何言って―――」

「わかるかって言っているんだ」


 噛みつくかと言わんばかりのいきおいで言われ、ラフィニアはびくりと体を震わした。

 インドアで神経質なアルバは、めったなことじゃ大きな声を出したりはしない。付き合いの長いラフィニアだって、記憶の中でそう多くはない。


「わかるか。わかってたまるか。わかるわけがないだろう。俺の世界にラフィニアが関係ないだって? 勝手に決めるな。関係ないどころか、俺の世界の大半だぞ。生まれてからほとんど一緒にいたって言うのに、今更その存在を消せるか。諦めるんだ。だいたい俺は人間嫌いじゃない!」

 突然の大声に気押されていたラフィニアだが、諦めろという言葉に怒りが再熱しはじめる。

「諦めろ? ふざけないでよ。あたしの人生そう簡単に諦められるはずがないでしょ。だいたいそうは言っても、どうせこれから会わなくなるから関係なんて簡単に切れるのよ。赤の他人舐めないで。あんたが学院行ってた間、あたしはあたしでちゃんと生活できていたのよ。人嫌い!」

 幼馴染と言え、成人して未だ関係がある方が珍しいのだ。王都と東の辺境では場所が離れすぎている。今まではラフィニアがアルバの父親の代わりにこまめに顔を見に来ていただけに過ぎない。


「何? それじゃあ、ラフィニアはこれから俺と関わりない人生を送るってわけか?」

 急に座った目をしたアルバに、ラフィニアは体を引きそうになった。

 このタイミングで眼鏡を外すのはやめてほしい。眼鏡を外したアルバはいつもより3割増しで目つきが悪くなるのだから。

 怒鳴る気を失したラフィニアは、声のトーンを落として静かに諭し始めた。

「その予定というか、そうなるでしょうね。あんた自覚ないけど、それでも国家の重要人物なの。そんな人間呼んで来るなんて、中尉のあたしには任されないような重要任務なのよ。失敗して見なさいよ、どうなるかなんて目に見えているわ」

「あたしに与えられた期間は、一か月。明日には王都に戻るわ。降格はされないけど、南に左遷されるわね。最低でも3年は戻されないわ。叔父さんはそれを嫌がっているから、もしかしたら退官して見合いして結婚するかもしれないし。どちらにしても、アルバに会いに来る時間も立場もなくなるのよ」

「だから、さよならよ。最後くらいまともな思い出つくりたいから、頭貸して頂戴。その髪切ってあげるわ。幼馴染だからね」


 大嫌いな、幼馴染という立場。

 でも、友人も少なく、血縁など未婚の叔父しかいないラフィニアには、こんな人嫌いの幼馴染でも大切なのだ。


「ラフィ、ごめん」

「うん」

 掠れた声で、アルバは呟いた。


「ごめん、俺は馬鹿だ」

「わかってるわ」


「ごめん」

「しつこいわ」


「でもさ、俺、ラフィとの関係終わらせるつもりないから」






 は?



 ※※※※



「いやぁ、さすが“幼馴染”だねぇ。助かったわぁ」


 目の前にいるのは、紫色の見事な巻き髪の美女。

 タイトなスーツを身に着け、賛美したくなるスタイルを惜しげもなく晒し、綺麗な脚を組んでいる。さらに、大きく開いたシャツの間には、同性のラフィニアでも目線に困る大きな谷間が見えている。 


「うちの連中はどいつもこいつもどっか行って帰ってこないのよねぇ。客員研究員と言っても、ヴィシュマルトは優秀な人材だし逃げられないようにわたしたちも必死でねぇ。ちょっぴり軍の方にうちの室長の権力使って圧力かけたけれど、気にしないで頂戴ね?」

「え………それでは、南に左遷というお話は」

「あー、それぇ? 軍部の方にそのつもりはないでしょうねぇ。南は体力勝負だから、年頃の女の子の事務官よりむさい兵卒の方が喜ばれるし。貴女みたいな優秀な子は、王都に欲しいでしょうし。なんなら、うちに来てくれても構わないわよ?」

 助手足りていないのよねぇと癖なのか、語尾を伸ばし気味に話すたしか……国立研究室の副室長。


「い、いえ、しかし、何故そのような嘘を?」

「最悪の時のはったりよぉ。おかげで、あの変人嫌いもなんとか引っ張って来られたでしょう? というか、自分からやってきたわねぇ。はじめてよ、あんなの。貴女でも来るかどうかは半々だと思っていたから」


 不意に、女はくすくすと笑いだした。

 肩とその大きな胸を揺らして。それは凄絶な魅力だった。同じ「綺麗」でも、繊細で神経質なガラス細工のようなアルバとは全く違う「綺麗」だ。


「貴女本当に好かれているわねぇ。自覚がないみたいだけれど、それは可哀そうよ? 何しろ、自称・親友なマルティオ=アングリオールなんて三日居座るのが限界だったからねぇ。あんな神経質な男が、一か月も自分の領域テリトリーになんでもない人を入れたりしないわ」

「貴女賢いもの。もう、わかっているんでしょ?」


 彼女の真っ赤な唇が、にぃーと弧を描く。


 行ってあげなさい。



 ※※※※



 【個人研究室:アルバニア=ヴィシュマルト】と書かれたプレートのある扉を、ラフィニアはノックもなしに半ば乱暴に開けた。

 部屋の真ん中で大量の報告書を処理していたアルバが、びっくりした様子でこちらに目を向けた。


「アルバ、さよならする前に一つだけ聞いてあげる。あんたあたしのことどう思っているの?」


 縁なしの眼鏡、その下の一重まぶたの切れ長の目は考えが読めない。

 元々、無表情なのに目つきだけ悪いせいで機嫌が悪いようにしか見えない悪人顔なのだ。物語で言うなら、美形悪役のあたり。かく言うラフィニアもどちらかと言うと悪役側な顔立ちなのだが。正義の味方とか全然似合わない。

 それでも年の功で少しでも変化があれば読み取れるようになった。


 ―――アルバ、何か反応して。

 そうすれば、言葉にしなくてもラフィニアにはわかる。

 受け止められるのに。


「ラフィーニ、俺思うんだけど、俺と関係なくなってもさ、ラフィーニに問題ないよな」

 淡々とした抑揚のない足取りでこちらへ近づいてくるアルバ。

 そこからは、ラフィニアには何も読み取れない。

「アルバ!」

 ラフィニアはほとんど悲鳴のような声で、アルバを呼んだ。

 なんてことを言うんだ。それでは―――


「でも、俺はそれだと問題あるんだ。ラフィーニがいると快適って言ったけど、家政婦とかいう意味じゃなくて、いるだけで快適―――ああ、うん、心地いいんだ。幼馴染は確かに他人だけどな。だけど、半ば家族みたいなもんでもあるだろ?」

「俺はラフィーニを誰かにとられたくない。国にも、軍にも、おじさんが連れてきた見合い相手にも。ラフィーニを束縛するためにっていうかなり不純な動機だけどさ、それでもいいなら」



 結婚してください。





「―――ってなんて顔しているんだ」


 気づけば、涙が目じりからぼたぼたと大量にあふれ出ていた。

 それも、無表情のまま涙だけを落としているものだから、おかしな顔だったことだろう。

 プロポーズされた、と理解したものの、そんな顔を見られたものだから、さすがに恥ずかしくて仕方がない。女にしては強面で厳めしい顔をしている自覚はあっても、それでも年頃の女なのだ。羞恥心がひどくうずいた。


「馬鹿アルバ。こういう場合結婚前提で交際を頼むものだろう」

 えぐえぐと泣きながら言い張る。


「何を今更。23年の付き合いがあるんだ。恋人らしいことがしたいなら、婚約者としてすればいい。わざわざ不安定な立場にいることもない」

 法的にも家的にも拘束力のない「恋人」という立場は、アルバにとっては安定しない立場に思えるらしい。アルバらしい考えだと思うと同時に、ラフィニアもまた23年の付き合いという言葉に納得した。


「さあ、ラフィーニ返事をくれ。生憎と俺は引きこもるのが得意だからな。気に食わない返事なら、もう一度お前巻き込んで引きこもるからな」

「それじゃあ、脅しじゃない。でも、いいわ。毎日あたしと散歩してくれれば、その求婚受けてあげる」

「決まりだ。それなら、こんな報告書さっさと終わらせておじさんのとこに挨拶に行こう」


 久しぶりに見るとても満足そうな笑み。

 自分でも納得が出来る程の研究成果を上げた時にしか見せないかなりレアな顔なのに。

 その顔を見ると、不意義と涙でぐちゃぐちゃな顔がほころんだ。


 おかしな話だ。

 23年も一緒にいる相手なのに、この後の人生も一緒にいられるっていう約束を得ただけでも馬鹿みたいに嬉しい。

 嬉しい。

 嬉しいんだよ、アルバ。



 約束をくれて、ありがとう。







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