彼女のSOS
「またな」
彼女をうちの近くまで送ると、淋しそうに言ってくる。
「離れたくないな」
「しょうがないだろう? 俺だって、本当は、その、離れたくないんだから」
本音を口にすると、繋いでいた手を放す。
「また明日な」
「うん。ありかとうね」
手を振って、名残惜しそうに別れる。
何度も振り返って、彼女がうちに入るまで見送る。
もう空は真っ暗で、時間的には遅い帰宅かもしれなかった。
俺は塾に行かないといけないので、早足で進むと、いきなりスマホが鳴った。
「もしもし?」
「あの!! 私!!」
「どうしたんだ?」
俺は彼女を落ち着かせようと、ゆっくり喋る。
彼女に何があったのかは知らないが、一気に喋ってくる。
「お父さんがうちにいて、何していたんだって、怒ったのよ!! 私、無視しようとしたんだけど、しつこくて。飛び出して来ちゃった」
「お前、今、どこにいるんだ?」
「えっと…スーパーの近く」
「俺が行くまでじっとしていろ。それと、明るいところにいること。分かった?」
「うん」
スマホを切ると、時間を確認する。
塾が始まるには、まだ時間があった。
彼女を説得してうちに返さないと、と使命に燃える。
俺はダッシュし、彼女の元へ向かう。
また変な奴に声をかけられたら、大変である。
急いでスーパーに辿り着くと、彼女が大人しく入り口付近で待っていた。
「良かった…」
全力ダッシュしたので、はあはあ荒い息を吐く。
彼女の顔は花が咲いたみたいに、ばあっと明るくなる。
「ごめんね。来てくれて、ありがとう」
「おう。お前のためだ。変なことはなかったか?」
「何もなかったわ」
「そうか。良かった」
俺は安堵の息を吐き出すと、胸を撫でて落ち着かせる。
「家に帰るぞ。嫌かもしれないけど、それしかないだろう?」
「絶対に嫌!! お父さん、嫌い」
「でも心配してくれたんだろう? 俺のうちに連れて行くわけにもいかないし」
「それは…」
彼女が黙ったので、俺も黙る。
スーパーから出て来た客が、珍しい組み合わせとでも思っているのか、ちらりと見ていく。
動物園でもあるまいし、いちいち見ていくなと俺が睨みつけると、客達は顔を背け、去っていく。
「あのね…」
彼女が口を開くと、スマホが鳴り出した。
「あ、お母さんからだ」
彼女は素早く出ると、うんとか、えとか、答える。
俺はじっと待っていると、彼女がスマホを切る。
「お母さんが迎えに来てくれるって」
「そうか。良かった」
「良くないわよ!! お父さんが、その…」
「心配してもらえるだけありがたいと思え」
俺は少し強く言うと、彼女は黙りこんだ。
2人の間を割くように、風がふいていく。
しばらく彼女を落ち着かせる時間が必要だった。
「あ!! お母さんが来たかも」
黒い軽自動車がスーパーに入って来たので、俺は彼女に早口で言う。
「俺のことは内緒な。じゃあまた明日」
腕をぽんと叩くと、俺は軽く軽自動車に向かって、頭を下げる。
「あの…!! ありがとうね」
何も言わず、後ろ手に振ると、俺はその場を後にしたのだった。




