校正者のざれごと――子どもの期待を打ち砕く「解バレチェック」
私は、フリーランスの校正者をしている。
――これは、ちょっと面倒なことになりそうだなあ。
今回の仕事を振られたときの第一印象だ。
前回も少し触れたが、漢検の受験対策の本の校正。うちの校正プロダクションに4つの級の仕事が同時に来て、手分けして作業にあたることになった。私の担当は4級。
校正の観点としては、通常の誤字脱字チェックのほかに、問題に対して解答が正しいか、別解がないか、などを見る。別解というのは、たとえば「易しい」という漢字を書かせる問題文を「ヤサしい言葉で伝える。」としてしまうと、「優しい」も正解になる可能性があるということ。これでは解答者も採点者側も混乱するので、問題文を修正して別解が出ないようにする必要がある。これは、いつもの小学生の学習教材の校正とだいたい同じ。
ここからが本題。漢検の問題集の校正では、「配当級チェック」というのがある。たとえば4級の問題集では、3級以上の配当漢字は出題できない。なので、出題されるひとつひとつの漢字について4級以下の漢字かどうかチェックしなければならない。
依頼先からは漢検公式の辞典なども貸し出されていて、配当級はこれで調べられる。しかし、当然ながらゲラ(校正紙)には読み、書き、熟語の構成、誤字訂正など、大量に漢字の問題が並べられている。これらの漢字の配当級をひとつひとつ辞書を引いて調べるのは、さすがに時間がかかり過ぎる。当然納期も決まっていて、そんなに時間に余裕はない。
「これって……何かやり方があるんですか?」
校正プロダクションの社長に聞いてみた。「ああ、それね、いいものがあるんですよ」配当級は、検索ツールを使って調べられるという。見開きごとにコピー&ペーストすると、配当級を表示してくれる。なるほど。そんな便利なものがあるなら、納期までに終われそうだ。社長はしばらくパソコンの前で手を動かしていたが、「あれ?」と首を傾げる。
以前使っていた検索サイトがなくなっているという。常用漢字や小学生・中学生までの配当漢字は表示できるが、漢検の配当級のわかるサイトが見つからない。「おかしいなあ」
「しかたないですね。何とかいい方法を考えてみます」
結局、検索ツールでは小学6年生(配当級は5級)までを抽出し、4級(中学生の一部)はオンラインの漢字辞典にひとつひとつ入力して調べることにした。4級の配当漢字は313字。すべてを辞典で引くよりはましになったが、ちょっと気合が必要な作業だ。
ちなみに、こういった観点のほかに、漢字の読み書きの問題集ではとても大切な作業がある。それがいわゆる「解バレチェック」。
子どものころ、国語のテストでどうしても漢字が思い出せなくて、思わず「このプリントのどこかに、この漢字載ってないかな」と探したことはないだろうか。プリントの初めのほうに書き取り問題があり、後半が読解問題で、素材文がある。出題されている漢字が、もしこの素材文のなかにあったら……。
そう、そんな子どもの淡い期待を打ち砕くのが「解バレチェック」だ。問題の答えが紙面のどこかで「バレて」しまっていないかをチェックする。たとえば小学校低学年のテストでは、最初のほうにある年(1年配当)、組(2年)、番(3年)、名(1年)、前(2年)ですら出題されていればすべてヒラク(ひらがなにする)。徹底しているのだ。
今回の漢検の書き取り問題でも、こんな文章があった。
――遠距離恋愛のコイビトがいる。
いうまでもなく、「恋愛」の「恋」が答えになってしまっている(ちなみに「愛」は小学生で習うが「恋」は中学生の配当。「恋」のほうが難しいということ? なんてね)。
――水の浸入を防ぐためボウスイ加工をする。
「防」も「水」も地の文にある。いやいや、さすがこれはだめですよね。
これはわかりやすい例だが、実際には見開き内の離れた場所にある文章まで、目を皿のようにして探す。見つけると、「ほうら、あった」と嬉々として指摘を入れる。見逃さないぞ。いま私、相当悪い顔をしているな。昔から、この作業は意外と楽しい。
1文字ずつ入力して確かめていく配当チェックは、はじめこそ憂鬱だったが徐々に慣れてきた。検索ツールで「小学6年生までに習わない漢字」を抽出すると、4級以上の漢字がハイライト表示される。それを見ながら、4級ではない漢字が自然と目につくようになる。「沢」は4級だが「択」は3級。「越」は4級なのに「超」は3級。
検索ツールも優秀だが、人間だって捨てたものじゃない。いまの私は、漢検4級の配当漢字を見分けるというすごい(?)能力を身につけたのだ。
納品のあと、たまたま2級の担当者と話をした。彼女も、作業をするうちに2級の配当漢字を自然に覚えてしまったという。やっぱり、そうですよね。お互いの健闘を称え合う。
「私ね、漢検の4級の配当漢字を見分けられるようになったんだよ」
学校から帰ってきた下の子にちょっと自慢してみた。すると、こんな冷めた反応。
「ふうん。それって、何か人生の役に立つの?」
まあ当然の反応だ。それに、校正で得たこんな知識は、次の仕事が来ればたいていすぐに忘れてしまう。でも実は密かに思っている。こんな小さな自己満足も、悪くない。




