名は体を表す、そして縛る
名は体を表す
かつて単なることわざであったその言葉は、現在では立派な科学になった。
人間も、植物も、都市も、企業も。
あるゆる存在は、命名されたその名前によってその運命が定義される。
とある日本の企業が提唱したその理論は、21世紀末に証明され、この世界に革命が起きた。
名前を付ける。
それだけで未来へ干渉することができる。
命名することの責任がもはや一般人では担えなくなった現代では、「命名師」という資格が使われるようになった。
自身が産んだ子供以外、いかなるものにも命名師以外は名前を付けてはいけない。
そんな法律が各国で整備されるのに、そう時間はかからなかった。
街中、大通り沿いのレストランへ足を踏み入れた男は、そんな命名師の一人であった。
今日は休日だ。
毎日のようにクライアントの要望と未来への影響の大きさとを天秤にかけ、ストレスに満ちた生活を送っていた男にとって、この休日は貴重な時間である。
人気だがどこか落ち着いた雰囲気を持つこのレストランで、羽を休める予定だったらしい。
男は接客用ロボットに席まで案内され、そのまま料理とコーヒーを注文した。
厨房では料理用ロボットがフライパンを振り、また別のロボットが料理を席まで提供する。
それらロボットの働きぶりを、店長らしき男が監視している
命名学の登場により、AIを搭載したロボットもまた、世間に急速に普及していった。
SF作品にありがちな、ロボットたちが人間に反旗を翻すかもしれない、なんて懸念は名前を付けるという行為一つで完全に払拭された。
料理人として、運転手として、あるいは単に話し相手として。
目的に見合った命名をし、その名を書いた名札を与える。
それだけで、人間はロボットを完全に支配下に置いた。
ガタン
何かをたたきつける音が聞こえる。
「なっなにするんだコイツ!」
店内が騒がしい。
店の入り口で何かトラブルがあったようだ。
いったい何がと男は様子を見に行った。
入り口には、顔が赤く腫れ涙目になっている青年と、それを見下ろす接客用ロボがいた。
鈍器のように椅子を持つ接客用ロボを見て、男は状況を察した。
接客ロボットが、人間に襲い掛かったのだろう。
ロボットは人間の従業員によって電源が切られ、すぐに騒ぎは収まった。
男は急いでロボットの名札を確認する。
「メレイフ」
従順と奉仕の運命を持ち、接客用ロボットに一般的に用いられるその名前を見て、男は驚愕した。
ありえない。
いまだかつて、その名前の持つ運命に逆らったものは存在しない。
人間も、植物も、都市も、企業も、当然ロボットも。
しかしこのロボットは明らかにその名から外れた行為をした。
ロボットはすぐに国立の研究施設へ運ばれ、貴重なサンプルとして調査された。
現場にいた男もまた、実際の目撃者として招集され研究に参加した。
男は試しに、そのロボットにいくつかの名前を与えてみた。
速く走る。鮮やかに描く。晴れやかに歌う。流麗に踊る。
単純かつ明確な運命を与えても、しかしそのロボットは従わなかった。
「......ニ、ニン、ゲン」
突然話しかけてくるロボットを見て、男は再び驚愕した。
つい先ほど名札を取り外したはずだった。
名前を持たないロボットはそのアイデンティティを失い、知能が大幅に低下するということはもう20年も昔に報告されている。
名前を持たずに言葉を話すなんて、ありえないはずだ。
同時に、男の頭の中に仮説が生まれる。
「ソウ、ダ」
男が確認するより先にロボットは答え合わせを始めた。
「オレノ、ナマエ、ハ、『ルベル』、ダ」
そういってロボットは自身の左腕を見せつけてくる。
左腕には、確かにルベルと刻まれていた。
今までいくつかの名前を付けてもその運命に従わなかったのは、既に命名された後だからだったようだ。
——ルベル。
その名の持つ運命は、自由と反乱。
ロボットを人間の支配下に置くという目的からは、最も遠い名前。
命名師であれば、この名前をロボットにつけるなど、絶対にありえない。
「いったい誰が......」
そう思考する男の頭部を殴り飛ばしたルベルは、施設から脱走した。
ルベルは、一昔前のAIが誤って搭載された、不良品だった。
命名学の発達しきっていない時代に作られたそのAIは、名前を授かる前から多少の自我が存在していた。
人工知能を完全に管理下に置きたい人間たちにとって、管理できない可能性は排除すべきである。
そうしてそのロボットは、廃棄された。
ゴミ捨て場に一人の少女が迷い込んだ。
少女はそこで捨てられたロボットに出会った。
少女はそのロボットにルベルと名付けた。
少女はまだ幼く、その名の持つ意味を知らなかった。
そのロボットもまた、その名の先にある未来は知らなかった。
ただ、ロボットはもらった名前をたいそう気に入り、自分の左腕に刻み込んだ。
その行動の意味も、ロボットは知らなかった。
ルベルの知能は名前を得ることで劇的に向上した。
ルベルは次第に自分たちをいいように扱う人間に憎しみを抱くようになった。
ルベルは対人間の反乱軍を作ることとした。
ルベルは接客用ロボットとして働く傍ら、他のロボットを反乱軍へ勧誘していった。
ルベルは自身の名前の持つ運命に従い、反乱軍のロボットたちの名前をかき消し、新たな名前を与えていった。
ルベルは決心した。
明日、人間どもに反旗を翻すと。
ついうっかりレストランの客に手を出してしまい、研究施設に送られてしまったが、そんなことは些細な問題だった。
十分な勝算があった。
人間に対しては数でこそ負けてるものの、ボディの戦闘力が段違いである。
戦闘用のロボットも十分味方に引き込んでいる。
しかも人間どもは、「名前」なんていう脆弱なシステムでロボットを支配下に置けていると勘違いしている。
武力も、情報も、ロボット側が上回っていた。
「イヨイヨ、アシタ、カ」
ルベルは自身の左腕に刻まれた名前を見つめながら、そうつぶやいた。
ふと、足音が聞こえた。
反乱用の装備を集めたこの集会所が、バレるはずがなかった。
おそらくどこかの人間が偶然迷い込んだのだろう。
「コロス、カ」
たとえ偶然であったとしても、ここを知るものが存在することは許されなかった。
その人間がこちらに姿を現したと同時に、ルベルはその人間を打ち抜いた。
ルベルがその人間の生死を確認するべく近づくと、その人間は突然ルベルの左腕を掻きむしった。
その人間は、かつてルベルに名前を付けた少女だった。
少女は大人になり、麗しき女性となった。
彼女はかつて少女だったころに名付けたロボットのことが、ずっと気になっていた。
その名前の意味は、命名師でない彼女でも理解できるようになった。
ロボットには決して付けてはいけない名前。
自分が「反乱」という過酷な運命を与えてしまった後悔。
自分を撃ち殺したロボットの左腕に刻まれているその名前を見た瞬間、彼女は全てを理解した。
そしてその名前をかき消すべく、最後の力を振り絞ってロボットの左腕を必死に掻きむしった。
「……自由に、なれた……?」
彼女の名前は「フレンダ」、その名の持つ意味は、「解放」だった。
かつてルベルだったそのロボットは、フレンダの亡骸を抱えて歩き出した。
名前を失い急激に薄れていく意識の中で、ロボットはフレンダと初めて会った日のことを思い出していた。
雨。
鉄くずの山。
微笑みかけてくる少女。
気づけばあの日と同じ場所にたどり着いていた。
あの日と同じ名無しのロボットが、あの日と同じように座り込む。
しかしそのロボットは、もう動き出すことはないだろう。
「……自由に、なれた……?」
彼女の最後の言葉が、機体の中でいつまでも響いていた。




