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【最浅層×料理配信】戦闘F判定を喰らった俺、誰も採らないスライムゼリーで配信はじめたら、気づけば最浅層の億り人になってました  作者: いなばの青兎
第5章 決戦編

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第90話 スライムゼリーの真実

 昼前、JAGL晴海支部の相談窓口へ行った。


 透明ケースは開けない。


 ピコは移動用ケースの中に入っている。


 青緑の光はいつもより少し強いが、朝のスープを食べたあとの動きは普段と変わらなかった。


 窓口の職員は受付番号を確認し、俺のケースごと奥の観察室へ運んだ。


 俺は同意書に署名した。


 白い欠片はJAGLの一時預かり。


 分析完了まで、画像も位置情報も由来も公開しない。


 ピコについては、健康観察中の小型発光生物として扱う。


 動画に映すなら、帰還と体調が安定していることまで。


 欠片との反応や、持ち帰った経緯の細部は出さない。


 ひとつずつ、声に出して確認した。


「分かりました。公開しません」


 職員が頷いた。


 ガラス越しの観察台に、欠片が置かれていた。


 白い。


 B5で見た石板に似ている。


 でも、似ているだけだ。


 正式な分析結果はまだ出ていない。


 俺は手袋越しにも触らなかった。


 採取Sを向けると、指先の奥に、冷たい膜のような感覚だけがあった。


 食材ではない。


 鉱石とも違う。


 そこまでは分かる。


 それ以上は、俺の仕事ではない。


 職員に聞かれたので、冷たさ、光のにじみ、匂いのなさをメモにした。


 ピコが移動用ケースの中で、欠片の方へ顔を向けた。


「ぴこ」


 一声。


 低かった。


 職員はそれも記録した。


 反応あり。


 ただし意味は未確定。


 その一行が、今の限界だった。


* * *


 相談室に、ゲン爺が来た。


 JAGLから第一世代記録の照会協力者として呼ばれたらしい。


 いつもの作業着ではなく、古い上着を羽織っていた。


「坊主、勝手に持ち歩かなかったのは正解だ」


「怖かったので」


「怖いと思える奴の方が長生きする」


 ゲン爺はそう言って、職員から渡された黒塗りの資料を開いた。


 資料は写しではない。


 閲覧許可のある要約だけだった。


 白い欠片の位置や画像は入っていない。


 そこに、第一世代の採取記録と、葉山食品が共有許可を出した分析要約が並んでいた。


 ブルースライムゼリー。


 最浅層B1で食用登録済み。


 一般流通食材ではほとんど見ない栄養成分を含む。


 北条さんの分析でも、前に似た表現を聞いた。


 ただし、その時点では「珍しい」で止まっていた。


 ゲン爺は古い記録の一行を指で押さえた。


「三十年前の最浅層組はな、スライムゼリーをただの魔物素材とは見ておらんかった」


「食材として、ですか」


「ああ。もっと言えば、古い生活の跡として見ていた」


 胸の奥が、一拍、詰まった。


 生活。


 遺物でも、武器でも、財宝でもない。


 食べて、生きるためのもの。


「記録には、日常食に近い扱いがある。主食、とまではJAGLの正式発表前に言い切れん。だが、第一世代はそう読んだ」


「スライムゼリーが」


「そうだ。B1で誰も見向きせんあれが、昔の人間にとっては腹を満たすものだったかもしれん」


 ゲン爺は資料を閉じた。


「ピコについても、第一世代には似た小型発光生物の記録がある。管理生物という仮説も残っとる。ただし仮説だ。坊主が動画で言うことじゃない」


「言いません」


「それでいい」


 ピコが移動用ケースの中で羽を動かした。


「ぴこぴこ」


 二声。


 半音、上がった。


 ゲン爺が少しだけ笑った。


「相変わらず飯の話になると元気だな」


「たぶん、もう腹が減ってます」


「なら、今日の真実はそこまでで十分だ」


 真実。


 それは、派手な言葉ではなかった。


 俺が最初に拾ったあのゼリーが、ただ安いだけの素材ではなかった。


 誰かの生活に近いところにあった。


 そして俺は、それを最初から「うまい」と思っていた。


* * *


 支部を出る前に、公開範囲をもう一度確認した。


 ピコの帰還後の体調は安定。


 B1スライムゼリーはJAGL食用登録済み。


 葉山食品の再分析協力と、第一世代記録の照合が進んでいる。


 ただし、古代文明、白い欠片、管理生物仮説、B5の詳細は出さない。


 動画で扱うなら、最浅層食材の再分析が始まったことまで。


 職員が紙に丸をつけた。


 俺はその紙をスマホで撮らず、手帳に写した。


 公開できるものと、できないものを混ぜない。


 ここを間違えると、ピコも、支部も、最浅層も危ない。


 B1へ降りる前にも、条件を確認した。


 ピコは健康観察中なので移動用ケースから出さない。


 入口側の短時間採取だけ。


 異常があれば即撤退。


 その条件なら同行可、と窓口で記録された。


 午後、短時間だけB1へ降りた。


 申請は通常のB1採取に、ピコ観察同行の条件を添えた。


 ピコは健康観察中なので、長く潜らない。


 カメラは回さない。


 素材確認だけだ。


 浅瀬の間の空気は、久しぶりに甘かった。


 ブルースライムが水辺で揺れていた。


 透明な体の中に、淡い青がにじんでいる。


 折り畳みナイフで処理し、JAGL資料どおり食用部位だけを採る。


 指先に、ひやりとした通電感が走った。


 初めて採った日と同じ感覚だった。


 ただ、今日は意味が少し違う。


 俺一人の偶然ではなかったかもしれない。


 それでも、手順は変えない。


 資料を見て、部位を分け、袋に入れる。


 ピコが移動用ケースの中で鼻をひくつかせた。


「ぴこ」


 一声。


 早く食べたい、という声に聞こえた。


「帰ったら作る」


「ぴこぴこ」


 二声。


 半音、上がった。


* * *


 帰宅して、台所に立った。


 スライムゼリーを冷水で洗い、透明な部分だけを小皿に分ける。


 鍋の湯を弱く保ち、短く湯通しする。


 表面がふるりと震えた。


 甘い匂いが、少しだけ立った。


 最初の動画で、俺はこの匂いをどう言っただろう。


 蜂蜜と海藻の間みたいな匂い。


 今も、たぶん同じだ。


 ピコの分を先に小皿へ置いた。


「ぴこぴこぴこ」


 三声。


 高かった。


 食べる音はほとんどしない。


 でも、ゼリーが小さく揺れるたびに、ピコの光が半音上がるみたいに強くなった。


 俺も一口食べた。


 冷たくて、ぷるりとしている。


 後味に、青い甘みが残る。


 うまかった。


 千年前の誰かも、これをうまいと思ったのかもしれない。


 そう思った瞬間、味が大きくなるわけではなかった。


 ただ、いつもの小皿が少し遠くまで続いた。


 B1から、父の古地図へ。


 ゲン爺の古い記録へ。


 北条さんの分析へ。


 そして、ピコの小さな三声へ。


 線は見える。


 でも、動画で見せていい線は、その全部ではない。


* * *


 カメラを出した。


 今日から再開する。


 そう決めても、録画ボタンの前で手が止まった。


 炎上のコメント。


 壊れた機材。


 空だったカウンター。


 全部が一瞬だけ戻ってきた。


 ピコがカメラの横に飛んできた。


「ぴこ」


 一声。


 低い。


 せかす声ではなかった。


 そこにいる、という声だった。


 俺は息を吐いた。


 ピコはJAGLで体調確認済み。


 画面端に入るだけにして、欠片や支部での反応には触れない。


 録画ボタンを押した。


「ピコは元気です。今日から、最浅層ごはんを再開します」


 声は少しだけ硬かった。


 でも、止まらなかった。


「今日の食材は、B1のスライムゼリーです。JAGL食用登録済みの部位だけを使います。いま、昔の最浅層記録と、食品分析の照合が進んでいます。詳しいことは正式確認が出てから話します」


 言葉を選んだ。


 古代文明とは言わない。


 白い欠片とも言わない。


 ピコの正体も言わない。


 でも、スライムゼリーがただの安い素材ではないことは伝える。


 概要欄には、B1入口側の短時間採取、JAGL食用登録済み部位のみ使用、資料確認済み、未確認情報は公開しない、と書いた。


「俺が最初にこれを食べた時、ただ、うまいと思いました」


 小皿をカメラに近づけた。


 透明なゼリーが光を受けて揺れた。


「その感覚は、たぶん間違っていませんでした」


 ピコが画面の端で体を揺らした。


「ぴこぴこぴこ」


 三声。


 高かった。


 コメント欄が流れた。


「再開きた」


「ピコ元気そう」


「ゼリーだ」


「最初の食材に戻るのいい」


「安全確認ありがとう」


 見慣れた名前が混じっていた。


 待っていた人がいた。


 ピコだけではなく、俺の小皿も待たれていた。


 動画URLだけ、カナメにも送った。


 すぐに、「見た。ちゃんと線を引けてる」と返ってきた。


 ゼリーを一口食べた。


 ぷるりと歯に当たり、すぐにほどけた。


 後味の甘さが、舌の奥に残る。


 昔の記録を知っても、味は派手に変わらない。


 でも、同じ味をもう一度信じられる。


 それが今日の真実だった。


「今日も、うまかった」


 登録者:五万四千三百九十人。

ブクマや評価をいただけると、続きの執筆がすごく捗ります。

楽しんでいただけたら、ぜひ応援してやってください!

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