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第17話 ふたりの夢 さんにんの決意

♪セルパン(昨夜)♪


 断崖絶壁の海岸。雷雨が降りしきる中、眼の前に女の背中があった。女の正体は⋯⋯。


「セレナーデ! そんなところに立っていると危ない!」


 その声に女は振り向くと弱々しい笑顔を向けた。そして、口を動かすがなかなか聞き取れない。


「未来を⋯⋯。この国の未来を」


 かすかに聞き取れたその声は、わしに未来を託しているようだ。


「悪くないんだ。わしは悪くないんだ⋯⋯うう⋯⋯」


 雷が彼女の頭上に直撃する。


「セレナーデ―!」


 はっ。夢か。布団から飛び出た体には全身汗まみれになっていた。


 死人が夢に出てくるとは、よほど、わしは過去に心が蝕まれているらしい。少し、散歩でもするか。


 王宮の廊下を歩いて中庭に向かっていると、うさぎ族の男、王様が歩いていた。


「ソネット様!」


「セルパンか」


 魔法省の天下りで、隣国のうさぎ王国にやってきてはや5年になるか。時が経つのも早い。ここの王にもすっかり信頼を置かれている。


「セレナーデの夢を見たんだ。苦しそうにしていた」


 ソネット様も! これから、何かが起きようとしているのか。


「僕がセレナーデを殺したのか」


 胸が締め付けられ、涙が出そうになる。不敬ながら、眼の前の背の低い王を抱きしめる。


「ソネット様には私がついております。大丈夫です。この国は何があっても守ってみせます。それが私の罪滅ぼしです」


 ソネット様の表情は見えなかったが、背筋がピンとして動揺している様子はない。


「マジカルプライベートネットワークを遮断すると聞いているが」


 報告を忘れていた。いや、誰かが報告してくれていると思っていた。お耳に入れねば。


「器楽派の反乱軍が動いております。ポエット様を旗印に国家を転覆するつもりです。裏付けはありませんが、おしらく、外国勢力がポエット様を利用しているのです。軍に命令して戒厳令を出し、テレポートや情報の流通を制限させていただいています」


「民は不安にならぬのか」


「王様あっての民です。民族を守るためには、あなたさまを守らねばなりませぬ」


 外には雷鳴が、夢の外の世界も、嵐は止んでくれないらしい。



♪ポエット(現在)♪


 トントントン。包丁の音が聞こえる。僕はソファーに寝転がっているようだ。エプロンをつけて誰かが料理している。誰だ?


 アダージョさんが振り向く。もしかして、僕のお嫁さん? 嬉しい。念願の夢が叶ったんだ。アダージョさんとついに結婚できたんだ!


 アダージョさん。おはようのキスをお願い。あ、あれ? なんか顔色が。げげっ。なんで顔がイヌのように! わあああっ。キスしたいのは君じゃなーい。


「ようやく目覚めたか」


 イヌ族。どこかで見たことがある顔だ。どこで見かけたか思い出そう。


 確か僕は、モデュラートに襲撃されて、そして、意識が混濁する中、イヌに乗ったアダージョさんがやってきて。そ、そうか、眼の前に居るのは。


「君が助けてくれたのか」


「アダージョに感謝するんだな。俺は貴様みたいなちゃらんぽらんの出来損ないがどうなろうと知ったことじゃないし、うさぎ王国の相続争いがどうなろうと関係ない」


「そうか。僕が何者か知った上で⋯…。危険な中、申し訳ないことをした」


 深々と頭を下げた。王式の礼だ。王宮においては、このような頭の下げ方は、外交のときにしかしない。自分なりに、目の前の男に感謝と敬意を示した。


「なに。気にするな。その代わり、お前の大事なものをいただくとしよう」


「大事なもの? 褒美に出せそうなものは、だいたい王宮に置いてきたが」


「アダージョの唇だ」


「なっ⋯⋯!」


 ベッドのそばに置いてあった白湯の入ったマグカップを落としてしまった。動揺しているのを隠しきれていない。


「あの女、お前にとって何者かは知らないが、相当な相思相愛と見える。だが、俺は、あの女の愛をいただく。竜族の女は、ファーストキスを奪われた相手にゾッコンになると聞く。見た感じ、あの女はキスヴァージンだ」


 マグカップを拾おうとするが手が震える。動揺が伝わらないようにベッドの下に手を隠す。


「ふざけるな! アダージョさんはお前なんかに!」


「あの女は俺に懇願したぞ。ポエットの命を助けるためなら、俺に魂を売ってもいいって」


 アダージョさん。僕を助けるためにそこまで! 胸が疼く。初対面から助けられっぱなしじゃないか。純潔を捨てる覚悟までして。


「そんなことさせない⋯⋯。僕が彼女を守る!」


「後ろ盾のない無力な風来坊に何ができる?」


 視線と視線がぶつかりあいバチバチに燃える。


 無力な自分に屈辱感を感じる。気楽に使命感もなくふらふらと何も背負わず旅を続けてきた。だけど、それは、守るべきものを守る力も自ら放棄したということなのか。


「ポエットくん!目が覚めたって本当? 元気そうじゃない。良かったぁ!」


 緊張感を破るように当事者のアダージョさんが部屋の中に入ってきた。


 バツが悪そうにイヌ男は目をそらす。僕も似たような表情をしているのかもしれない。


「さっきは、少し意地悪なことを言ったが、お前に協力してやる動機がないでもない」


 イヌ男が、指をパチンと鳴らすと、金貨が跳ね、それを掴む。


「うさぎ王国50周年金貨!?」


「流通が少ないなかなかのプレミア品らしいな。転売すると、売れるとか」


「どこでそんなものを」


「マサヒデ。うさぎ王国の執事だな。やつから、前金としてもらった。王都までの貴様らの護衛をしろと。どうやら、器楽派がとんでもないこと企んでいるようだぜ」


 マ、マサヒデのやつ。何を考えているんだ。


 でも、危険だとわかりながらも、僕を王都に呼び戻そうとしているってことは、モデュラートのやつが相当のっぴきらならない行動を起こしているに違いなかった。


 僕の偽物になりすまして、反乱軍に正当性を与えようとしている。だとするなら、本物の僕が、公式の場に出て偽物を糾弾すれば反乱軍は大義を失い一気に崩壊するだろう。


 王国にとって、今の僕は国の運命をかけてでも護衛したい対象に違いない。それが本音だ。少なくとも理屈の上では。


 だが、今の僕は公式上は、お尋ね者にすぎない。軍の内部に居ながら反乱軍と繋がる者が、上層部の一部にでも居れば、正式な軍の裁判のような体裁を取りつつ、内実は私刑のようなことをして僕を葬ることだってできる。


 僕にできるのは、非公式な方法で、王宮の広報室に潜り込み、あくまで、招かれざる客の立場で反乱軍のメンツを潰す声明を発表する。


 だから、僕の護衛役には、近衛兵などではなく、社会のアウトロー寄りで信頼できる者の方がいい。


こんな男に頼らないといけないくらいに切羽詰まっているとは。よりによって色恋と金で動く者に。


「色恋だけでなく、金でも動くわけか」


「俺の出身のイヌ王国は滅びたが、再興の活動家たちはいる。だが、資金が足りない。資金力があれば、立て直すチャンスはある」


「金が目当てか」


「幻滅したか? おっと、嫁さんをもらうことも諦めてないぞ。嫁の血筋次第で外交ルートも復活する」


 竜族! そうか。竜族の女と結婚すれば、確かに外交もうまくやれるかもしれない。この男にとってアダージョさんは、血の通った一人の女性じゃないんだ。ますます渡すわけには。


「お嫁さん? どんな人?」


 話がわかっていないアダージョさんがピュアに首を傾げながら割り込む。かわいい。


 い、いや、そういう問題じゃなくて! 苛立った僕は机をドンと叩く。


「そんなことはさせない!」


 「ほう⋯⋯」とあごのあたりをイヌ男は撫でながら細目になる。


「だが、悔しいが、今の僕は無力だ。このままでは、守りたいものも守れない。君の力を借りたい」


 手を伸ばすと、イヌ男は掴んでくる。


「いいだろう。まずは金銭契約は成立だ。その上で、いただくものもいただくからな。すべてが終わった後で」


 アダージョさんは、絶対に渡さない。すべてが終わった後、僕がキスをするんだっ。


「私もついていくわ!」


「アダージョさん⋯⋯!!」


「ホテルに置いてあるうさぎの予言書読ませてもらったわ。この国に古来より伝わるという伝説」


 彼女は、本をぺらりとめくると詩を見せつける。


『うさぎの血を引く者、いぬの牙を宿す者、竜の魂を抱く者

三つが王宮に声を重ねる時、闇の時代は光の時代へと転じる』


 これは、1000年前の予言書だ。ソネット兄ちゃんと一緒に、家庭教師に習ったことがある。


「きっと、これは私たちのことだと思うの。眼の前の危機から逃げず立ち向かえば、きっと、新しい時代を切り開く」


「ほほう。うさぎの予言書は、37年前の飢饉を言い当てたと聞いているが、なるほど、興味深い」とグロウル。


 ふたりは意気投合している。王族の僕が、断る退路が塞がれていく。


 でも、その予言書。切り抜きなんだよ。


 本当は、3行目の続きがある。


『竜は冥の国を越え、三つの聖なる響具は、奇跡を呼ぶ』


 竜、つまり、アダージョさんが死んでしまうことを示唆していた。


 アダージョさんを犠牲にして、国の平和を手に入れる。その意味を僕は噛み締めていた。


 彼女には幸せになってほしい。死んでほしくない。でも⋯⋯。


「ん? どうしたの?」


 無垢な表情で僕の顔を覗き込む。


「なんでもない」


 心に大きな重しがのしかかっていた。僕は、兄だけでなくアダージョさんまで不幸にしようとしているのか。

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