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第16話 古典楽派の逆襲

♪アダージョ(現在)♪


「急いで!」


「犬使いあらいぜ! 竜族のお嬢さんよぅ!」


 柴犬のような愛嬌のある小型犬タイプだなと思っていたグロウルくんは、シベリアンハスキーのような大型犬にフォルムチェンジすると、僕を背中に乗せ、草原を駆け抜ける。


「本当にこっちで合ってるんだろうな?」


「間違いないわ。この街道に沿っていくとおそらくは」


「なあ。一つお願いがあるんだが。あまり背中に密着しないでくれ」


「??」


「その⋯⋯俺も男なんだ。余計なことを考えてしまう」


 何を言い出すのか理解できなかったが、胸を押し付けていたことに気づく。そ、そうか。僕、女の子だってこと忘れてた。


 たくましい男の子が僕にドキドキしてくれるなんて変な気分になりそう。本当は男なのに罪悪感。ああ、体が光っちゃう。い、いや、そんな事考えてる場合じゃないっ!


「見つけたぞ!」


 遠くに倒れているうさぎ人間の姿。それがポエットくんだと確信するまでそう時間はかからなかった。後ろ足が血に染まっている。このままではまずい。


 そして、それに襲いかかろうとしている別のうさぎ人間の姿。何者かはわからないが、今すぐ、止めないと。だが、走るだけでは間に合わない。


「合唱魔法、ロングファイアやってみるかい?」


 グロウルくんから思わぬ提案が。合唱魔法ロングファイア、炎の男声魔法と遠隔の女声魔法を合わせることで、炎の玉を遠くに投げることができる。広大な草原で、会戦するとき、あるいは、籠城戦で、城側が攻撃手段として使うことが多い。


 炎の魔法は、ベーシックファイアにすべきか、ちょっと威力が大きいアドバンスファイアにするか悩むところだ。


「俺はベーシックファイアを詠唱するから伴唱頼んだぜ」


 なるほど、がっつりと攻撃するのではなく、少し驚かせるくらいにするか。走りながらやたらと難しい魔法を唱えるのはリスクだ。妥当な判断かもしれない。


 せーのの合図で二人の声は合わさる。


 あ、大事なこと忘れていた。僕は純正律で魔法を唱えようとしている。この世界の一般的な魔法使いが歌えるのは平均律だ。僕が純正律で彼が平均律だと不協和音が⋯⋯あれ?


 二人の声が重なり、炎の玉が飛んでいく。ど、どういうことだ? 彼も純正律の魔法が唱えられる? そんな教育をしている学校なんて今どき聞いたことがない。よほど、時代遅れの古い魔法をカリキュラムに組んでいる学校しか。


 そして、炎の玉は、ポエットくんにトドメを刺そうとしているうさぎのもとに飛んでいき、間一髪で直撃、たじろがせることに成功する。


「どういうことだ? アルスプリマ学園直伝の古代式のベーシックファイア。間違えて詠唱したと思っていたのにそれにハモってくるとは、あんた何者だ?」


「それどころじゃないみたいだよ」


 遠くを見やると、反撃とばかりに氷矢魔法を飛ばしてくる。ひゅんひゅんと、グロウルくんは軽快に交わして、そしてターゲットに近づいていく。


「危ない!」


 眼の前に大量の氷矢が迫ってきたので、避けきれなさそうなものだけ、ベーシックファイアで迎撃する。


 そして、倒れているポエットくんに近づき、足に回復魔法をかける。


「あ、ありがとう。また助けられちゃったな」


「気にしないで、今は逃げることに専念しましょ」


 女言葉も少し板についてきたかもしれない。


 その言葉をきっかけとしてかポエットくんは脱力し、意識を失う。


 敵の方に眼差しを向けると少し狼狽している。


「な、何者だ? 古代魔法だと? そ、その校章はっ! アルスプリマ学園!」


 敵の眼差しと興味は、グロウルくんに移っていた。


「そ、そうかっ! 古典楽派の者だから、あんな通常のロングファイアとは別の軌道の炎を⋯⋯。聞いたことがある⋯⋯。古典楽派の出のものは、最初は新古典楽の連中と共に、時代遅れとみなされ没落していった。だが、ここ最近、再評価されはじめていると。敬虔なる神への信仰とともに音楽の基礎を固めた原理主義にも見える連中。そんなやつらが、時が経つにつれ楽器魔法時代に適応して、優れた才覚を発揮している。声楽のテクニックに特化した結果、没落していった新古典楽派の連中とは一線を画した評価をされつつあると! 貴様もそうなのか」


 なるほど。僕が刑務所に入っている間に、思いっていた以上に、音楽魔法情勢は目まぐるしく変化しているようだ。まさか、アレグロが刑務所に入る前に、魔法省のエリート官僚の主流を締めていた新古典楽派がいちばん、今は立つ瀬のない立場だとはねぇ。


 ある意味、アレグロの復讐は本人の手を汚さなくても、半分、時代の流れで成し遂げられたようなものじゃないか。本人が横に居たら説得したいが、居ないのが無念だ。


 おっと、感傷に浸ってる場合じゃない。交戦中だった。

 

 あからさまに敵対行為をしてくる敵。交渉の余地はあるか。探りの一手として何を言うべきか。


「何者だか知らないけど、ポエットくんを傷つけるのは許せない」


 感情的なセリフを理知的に吐き出す。法律が絡む文章に「誠に遺憾です」「ショックを受けている」のような文言を使うのと同じ意味合いだ。怒ってはいるが、感情剥き出しではない。至って冷静だ。


 ポエットくんをこのまま逃がすための交渉カードの有無を確かめたい。アレグロの仕事術をこんなところで流用できるとは思わなかった。


「そいつには、そして、貴様らにも消えてもらわねばならない」


 交渉決裂を初手で突きつけてくる。戦うしかないのか。シャウト呪文を唱えた時に直撃しないよう、ポエットくんを守りながら、じりじりと距離を広げる。


 来るか! そう思ったが、敵はノーガードの姿勢を取る。何か魔法を?


「貴様らを片付けたいところだが、どうやら、2対1では、戦力的に不利だ。ここは一度、撤退させてもらう。この場で、お前らを生物学的に葬るのは難しいが、社会的に葬ることならできるからな」


 何かを詠唱している。それがワープ魔法だと気づいた頃には、遅かった。


「おそらくマジカルプライベートネットワークは、そろそろ、正式に遮断されるはずだ。最後のワープだから、追っても無駄だぜ」


 敵は姿を消した。追うように、僕もワープ魔法を詠唱したが、言われた通り、効果はなかった。


 ワープができない。そのことが、今後、どのような意味をなすのか。僕たちはことの重大性をまだ把握していなかった。

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