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第15話 器楽派の野望

♪ポエット(10分前)♪


 街を抜け出し、西に向かう。どこに行くあてもない。ただ、一刻も早く、うさぎ王国から遠く離れたかった。


 何もない草原に、土嚢で舗装された道路が一本伸びていて、それが、他の街へと繋がっている。


 余生をゆっくり過ごしたい。ただただそんなことだけを考えていた。


「アダージョさん⋯⋯」


 夢に出てきた女性の姿の幻を求め、街の方に振り返る。だが、もう後戻りはできない。


 彼女とお付き合いしたいのは事実だが、危険に巻き込むわけにはいかないんだ。僕と行動していたら、きっと彼女も……。


 そのとき、耳がひくつく。何か、何かがここにやってこようとする。風の音の中に衣がずれる音。人間だ。何かが近づいてくる。


「誰だっ!」


「ポエット様。お久しゅうございます」


「器楽派の者かっ!」


「左様でございます。モデュラートでございます」


 ジーンズにTシャツというラフな格好で髪型はソフトモヒカン。お兄ちゃんを支持する声楽派が燕尾服などクラシカルでフォーマルな服を着たがるのと対象的だ。だが、一応、元王族の僕に対して、跪いてはみせている。


「何の用だ。僕はもう王族ではない。君たちとは対等な平民の立場に過ぎない」


「何をおっしゃいますやら。ポエット様、あなたは王家に返り咲くためのワイルドカードをお持ちではありませんか」


「何の話だ」


 そう言うと、タロットカードを4枚投げつけ、背後の木に突き刺さる。


 4枚の内訳は『皇帝』『恋人』『吊るされた男』『審判』。これは、まさか⋯⋯。


「貴様。どこまで情報を把握している?」


「何もかも。ソネット様が恋人殺しの大悪党で、王にふさわしくないところまで。今、下部組織に命じて情報を流布していますが、陰謀論扱いから抜け出せない。しかし、あなたがスポークスマンとして、新聞社に殴り込めば、一気に信憑性を帯びる」


 なんてことだ。運命の歯車が、僕の知らないところで回り始めている。風が一層強くなり、青かった空に暗雲が立ち込める。遠くで雷鳴が鳴っている。


「断ると言ったら?」


「なぜに?」


 僕の脳裏に異世界日本のふたりの歴史上の人物の名前が頭に浮かんだ。源頼朝、そして、徳川慶喜。


 頼朝は牛若と呼ばれた弟と権力争いをした。その結果、実力を持った執権の北条家へと依存を深め、将軍家とは名ばかり、実権を失っていくことになる。名ばかりで力のない将軍となっていった。


 そんな過去の歴史を知っていたのか、慶喜という後世の将軍は、内戦が起きると、海外勢力に依存し、国が乗っ取られることを憂い、自らの権力をあっさりと手放した。


 うさぎ王国の頂点に君臨するのが兄だろうと僕だろうとどっちでもいい。それ自体は重要な問題じゃない。どちらでもいい。問題なのは、兄弟の争いに乗じて、佞臣に国を乗っ取られることだ。そうなると、国民の生活が脅かされる。


 聡明な兄ソネットと愚かな弟ポエット。そんな道化の役回りを甘んじて受け入れてきたのも、国体の安定のため。国民国家のためにはあくまで兄がしっかりものでなくてはいけない。


 だが、そんな役割分担は、眼の前にいとも簡単に揺らごうとしていた。こんなとき、僕はどう振る舞うべきか。


「我が国の器楽派は、表向きは、楽器魔法の推進をしているテクノロジーの解放者のような顔をしている。だが、裏では、外国勢力と結び付き、国家を乗っ取らんとしている。内政干渉の末にクーデターを企んでいる。そんな黒い噂も聞く」


「噂は噂ですよ。ただの陰謀論にすぎません」


「どうだろうな?」


 背中に背負ったリュートでセブンスコードをかき鳴らす。不協和音のようありながらも、音と音とが重なり合い、ギリギリのバランスで美しくて切なさを奏でる。


 すると、ホログラムが宙に映し出される。


 とある外国の外交官と握手をするモデュラート。


「こ、これは。こんな映像をどうやって!」


「僕の支援者は君たちだけじゃないってことさ。僕と兄と仲立ちをして君たちの不穏な活動を教えてくれる者もいる」


「マサヒデか! あいつめ!」


 僕は肯定も否定もしない。マサヒデを危険な目にさらしたくない。


「だから、僕は君たちの話には乗れない。あくまで、うさぎ王国の王にふさわしいのは兄者だ。たとえ、どんな罪深い過去があったとしてもだ」


「なるほど。あなた様がそう来るならば、こちらも手を打ちましょう」


 モデュラートは、シンセサイザーを取り出し、オシレータと呼ばれるダイヤルを調整しつつ解説する。


「電子楽器。それは、音楽魔法世界に新種の魔法革命をもたらした。音楽理論上、実現できるとされてきた魔法であっても、実践上は無理だとされてきた魔法。それらを波形を整えるだけで、実現できるようになった。変身魔法も声楽時代は、思ったようには精密にはコントロールできなかった魔法の一つ。白鳥や孔雀などの鳥類に変身するものは、一部知られていた」


「何の話をしている? なにをぶつぶつ言っている」


「喰らえっ!」


 鉄のブーメランが、僕の方に向かってくる。危ない。間一髪で、伏せて事なきを得る。


「ふっふっふ。欲しいものは手に入れた」


 そう言って、モデュラートが髪の毛を見せつける。交わしたと言っても、少し切られていたようだ。僕の天然パーマが。しくしく。



「変身魔法にはDNAが必要だ。螺旋階段状に刻まれた人の遺伝子。これが、響素を媒体として音波と共鳴しあったその時⋯⋯!」


 モデュラートの体が光り輝く、そして、雷鳴とともに、僕が目をつむり、再びまぶたを開くと。


「ぼ、僕そっくり!」


 もう一人の僕がいた。


「俺が新しいポエットとなり、この国の王として君臨する。貴様はもはや用済みだ」


 ブーメランが再び飛んできて、肩をかすめる。し、しまった! 油断した!


 血が流れている。指が思ったように言うことを聞いてくれない。この状態じゃ、リュートを使えそうにない。


 まだだ。男声魔法がある。そんな望みを知ってか知らずか、ブーメランは次は喉元に飛んでくる。間一髪で交わす。


 今度は、声を封じようというのか? 本気で命を狙われている。それが直感でわかった。


 圧倒的不利! だが、こちらにも有利な材料はある。


 おそらく、これはモデュラートの単独行動か協力者が居たとしても少数!


 こんな、到底、大義名分が立たない行動。いくら器楽派が、元来、反体制的な集まりといったところで、支持する人間がそう多いようには見えなかった。


 だとするなら、僕が取るべき行動は一つ。街に逃げて、新聞社の支社に駆け込み、真実を暴露する。これしかない。


 肩が痛むのを耐えながら、僕は、街へと四本脚で向かった。

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