第14話 アゴクイされた僕
♪アダージョ(現在)♪
人が多い酒場。ううう。酒臭い。でも、贅沢は言ってられない。ここならば、一人くらい鼻が鋭い人がいるはずだ。そう思って呼びかけた。
すると、いぬ耳で渋い声の男の子が僕のもとにふてぶてしく歩いてきた。
「そう、慌てなさんな。飯を食ったら探してやるから待ってなさい」
「急いでるんです。もうすぐ、彼が⋯⋯」
死ぬという言葉を飲み込む。死神が現れたなんて、非現実なことを説明している暇はない。
「ほほう。よくわからんが、よほど大事な相手と見える。男かね?」
色恋が原因で追いかけていると思われているのか。僕がどんな表情をしたかはわからないが、そこから何かを読み取ったかのようにいぬ耳はうなづく。
「名前は?」
「アダージョといいます」
「違うよ。男の名前だ。こんないい女を泣かせる男の名前だよ」
ずいっと圧で壁に追いやられる。
言って良いのか迷う。ポエットくんの身の上はそこまで深くは聞けなかったが、彼は彼でアレグロとは違った種類のお尋ね者らしい。ここで彼の名前を出して良いのか。
「それは⋯⋯」
「ポエット?」
彼は名前を言い当ててみせる。なぜ? と、思って彼の視線の先をたどると、僕が持っているリボン。
確かにそこには、刺繍でポエットと書いてあった。古語で。
「もしかして、うさぎ王国のおたずね者のポエットじゃあるまいな」
男はわなわなと震え始めた。もしかして、ポエットくんを捕まえようとしている人なのか? この人に本当にポエットくんの素性を話していいのか?
とても、迷う。僕の目はさぞかし泳いでいることだろう。
「そ、それは⋯⋯」
僕の返事を待たずにいぬ耳男子は僕のアゴをクイッと持ち上げる。
ううう。女の子の肉体を得たばかりなのに、僕は短期間で女子の経験値積みすぎてる。こんなのどうやって逃げればいいの? 色恋のことなんてわからない! 誰か教えて!
「どうやら、本当にポエットのようだな。うさぎ王国のマークの刺繍がしてある」
「助けて⋯⋯」
言葉を絞り出す。僕を助けて、あるいはポエットくんを助けてと両方の意味がこもっていた。
「いいだろう」
僕は解放され、彼は後ろを向いたかと思うと、再び、僕の鼻先に指を突きつける。
「ただし、報酬はあんたのキスだ」
なーんだ。ただのキスかぁ。それくらい。それ⋯⋯えええええええっ!
キスしたらこの人にゾッコンになっちゃうじゃないか。それは困るっ!
「ポエットとか言う男を助けたいんだろ?」
なんか僕の決意を人質に取られている気がする。この人もしかして悪い人? で、でもこの人に頼るしかない。ポエットくんが死ぬくらいなら、僕は⋯⋯。キリッとした目を作り、彼に向き直る。
「わかりました。私の口づけ、あなたに捧げましょう」
勇気を出して目を瞑る。
「今、すぐって言ってないだろ。後でいいよ。急いでるんだろ? どれ、そのリボンを貸してみな」
くんくんといぬ耳男子はリボンの匂いを嗅ぐ。
「西だ。西の方から、このうさぎのもふもふ臭とそして、血の匂いが混ざった匂いがする」
血の匂い? な、なんだってー。急がないと!




