第13話 いぬ王国が滅びた理由
♪グロウル(現在)♪
土木作業を終えた俺は馴染みの酒場に向かう。人々が楽しそうに行き交う。楽器魔法が発明されて以来、経済的に豊かな街も増え、どこの街も建設ラッシュだ。
ここの近隣のうさぎ王国100年記念パレードとやらが、この街の一部施設を間借りして開かれるらしく、納期に間に合わせるため、無茶なスケジュールになっているらしく、深夜も暗い中、働きっぱなし。ここでは、安全管理という概念が薄いらしい。
夜勤明けにいぬ耳をピクピクと動かしつつ、馴染みの酒場のいつもの席に座り注文する。
「親父。トマトジュースを一杯頼む。あつあつのポトフも」
「あいよ」
マスターのトマトジュースを注ぐ音が心地良い。くんくんと匂いを嗅ぐ。天然の土の匂いがする。
「グロウルくんは働き者だねぇ。肉体労働なんて、今どきの若い人はしたがらないから感心するよ」
「昔みたいに角材や鉄骨を人力で運んでいるわけじゃないさ。チューバ魔法ってやつさ」
声楽しかできないことがコンプレックスだった俺だが、やればなんとかなるものだ。
「それでも大したもんだよ。建築魔法用チューバって確か高価なんだろ? 俺の回りでも買いたいって人間はそこそこいるんだが、資金を捻出できるやつがなかなかなくてねぇ。借金する人間もいるくらいで」
「まあ、こう見えて、それなりの生まれだからな。この現場でもチューバ魔法使いここなすのは、地主の次男坊とか三男坊とか、やんちゃで、金持ってる家かつ、遺産相続では弱い立場のやつが多い」
「へぇ。そういえば、あんたの出身のいぬ王国も大変だったってね」
俺は思わず親父をギロリと睨んでしまう。気持ちを抑えるつもりだったが、殺意が伝わってしまっていた。
「あ、な、なんだ悪かったよ。言っちゃだめな話だったか?」
「気にしないでくれ。それよりポトフはまだか」
「すまねぇ」
親父はそそくさと厨房に引きこもる。
周囲の客がひそひそ話をする。ひそひそ話になると人間は声を高くする。高周波の声なんて、犬耳にとっては、聞き取れる大チャンスだ。俺に聞いてくれと言っているようなもんだ。
「いぬ王国に何があったんだ?」
「知らねぇのかよ。兄弟の王位争いの末にめちゃくちゃ内戦したんだよ。それが、外患を誘致したんだよ」
「外患ってなんだよ」
「争いに乗じて国を乗っ取ろうとしている外国勢力だよ。国内に内乱の種があれば、片方または両方に肩入れして、恩と武器を売って、戦争して、外国に依存させる。そして、気がついたら外国に国が乗っ取られている。確か片方の名前はグロウル⋯…あっ!」
「ばかっ! 元王族がこんなところいるわけないだろ!」
「いずれにせよ親父みてぇに深入りしない方が良さそうだな。くわばらくわばら」
朝酒していた酔っ払いどもは退散したようだ。
トマトジュースをゴクリと飲む。喉越しは悪くないが、味がしなかった。
そう。俺は、いぬ王国の第一王子、グロウルとかつて、呼ばれていた。弟、ハウルと後継者争いの末に大戦争。情けないことにお国が取り潰し騒ぎとなった。まったくやつらの言う通りだよ。
俺がつまらないプライドにとらわれなければこうはならかなった。男声魔法業界のつまらないプライドにとらわれなければ。くそが。
俺は、男声魔法の英才教育を受けて育った。古風な伝統を持ついぬ王国は、アルスプリマ学園という、古典楽派の学校に俺を留学させた。
だが、今日では古いと言われている声楽の世界の中においても古典楽派は、とりわけ学問として時代遅れとみなされている。
古書と新書の読解、古典楽譜や写本の訓練、複式呼吸や体力トレーニングの徹底、音楽聖書の音読。魔法の詠唱になんの役にも立たない基礎を徹底する。
楽器魔法が登場する前の時代から、とうの昔に権威を失い没落してしまっていた学問だ。
声楽分野でも、100年以上前から『新古典学派』と呼ばれる、実践的な古文の発音記号教育とボイトレ重視の魔法に直接役に立つ実践の学問が主流になっていた。
新古典学派の連中からなんど馬鹿にされたか数えてもきりがない。
楽器魔法の台頭で真っ先に切り捨てられる風潮の矢面に立たされたのは、俺達『古典学派』だ。そのせいで、楽器魔法を学んだ弟ハウルが正統後継者であるという風向きが強くなった。
だが、どれもこれも終わった話だ。俺は、一介の肉体労働者に過ぎない。
まあ、学園でのトレーニングの日々のおかげでチューバの吹奏に耐えうる肺活量は手に入れることができている。それには感謝すべきことだろう。
ここ、うさぎ王国でも、似たようなお家騒動があるとか。俺は、ここのポエットとかいう次男坊とやらが、とにかく、気に食わねぇ。会ったら文句言ってやりたい。
自由人を気取って、どこかで、気楽に放浪の旅をしているとか。冗談じゃねぇ。国民の立場になってみろ。明日がどうなるか気が気じゃない中、無責任にふらふらされてたまるかよ。
あつあつのポトフが運ばれたので、口に運ぼうとしたとき、大声で助けを呼ぶ声が聞こえた。
「どなたか! どなたか! 鼻が効く人いませんか? 人を探しているんです! これの匂いから居場所を突き止めてほしいんです!」
美人の竜族とわかる女が切羽詰まった顔で立っていた。外見が好みのタイプだな。気が弱そうなのが、ちょっと俺の趣味から外れるが、それでもそそられる。




