第1話 悲しいお兄ちゃんと消えてしまうお姉ちゃん
♪ポエット(10年前~半年前)♪
お兄ちゃんに僕は命を狙われている。お兄ちゃんはとてもかわいそうな人だ。
僕の名前はポエット。うさぎ王国の第二王子だ。
次期王位はお兄ちゃんが継承。僕は、自由に生き、そして、大人になったら、権力争いを避けるため、形式的な裁判にかけられ、喉に呪いをかけ声を奪われ、流島の刑を科され、寂しい離小島で一生を終える。それが、代々の王家の次男坊や三男坊の慣習だった。
魔法で音楽を奏でるこの世界で、お兄ちゃんは男声魔法の英才教育を日々受け、帝王学を身につけるのに忙しい日々。
「いいよな、ポエットは。遊んでばかりで」
「まあ、大人になったら大変だからさ。今のうちに楽しんでおかなきゃね。お兄ちゃん、頑張ってね。僕、応援しているから」
「やさしいな。ポエットは」
僕は、アコースティックギターを抱え、ブルースハーモニカをくわえて、フォークソングを演奏する。
僕の子どもの頃、楽器魔法というものが普及した。
声楽魔法しかなかったこの世界においては、楽器魔法は、エポックメイキングな発明で、女声魔法で男声の影で生きるしかなかった女性、声帯が魔法向きではない少数民族など、数多のマイノリティにとって、男声魔法に太刀打ちできるチャンスが与えられた。
とはいっても、発展途上の新しいテクノロジーだ。社会の上流階級に出世するには、ソネットお兄ちゃんみたいに、男声魔法と古典の勉強をして教養を身につける。それが、正しい努力の方向だ。
楽器魔法を勉強するような人間は、おとなしそうな見てくれならオタク、ヤンチャそうな見てくれなら不良とレッテルを貼られ、社会のアウトサイダーという扱いだった。
時が過ぎ、僕たちは大人になった。
常識が、180度変わったのだ。楽器魔法の使い手の実力が認められ、次々と、新興勢力として台頭、声楽で出世した人間は次々と没落していった。
うさぎ王国も例外ではなく、お兄ちゃんではなく、僕が次期王位を継ぐべきだと大論争。恐怖におののいた声楽派つまりお兄ちゃんの配下たちは、僕の命を狙うべく、次々と刺客を送った。
可哀想なお兄ちゃん。我を殺して、声楽を身につける努力をしてきたのに。時の流れというものはかくも残酷なものなのか。
☆ ☆ ☆
♪ポエット(現在)♪
満天の星空の下。森の中で、焚き火が赤々と輝き鳴る。このあたりは、クマが出るらしい。軽く魔法でバリアを貼る。
こんな山奥だ。刺客もそうはやってこまい。行くあてもない旅。ただ、逃げるだけの旅。
「何やってるんだろうな僕」
王国に戻れば、きっとお兄ちゃんが迫害される。だから、僕は、このまま、遠くの国の農村で畑を耕して生きていきたい。
フクロウがほうほうと鳴く。ここは安全な場所だと知らせてくれるかのように。安堵した僕は眠りについた。
夢を見ていた。子どもの頃によく見た夢。大人になってから、見た記憶がない夢。
綺麗なお姉さんが、美しい庭園で僕に手を差し伸べ、にっこりと微笑む。
「アダージョさん」
なぜか、僕は、彼女の名前だけを知っていた。夢の中でだけ会える正体不明の女性。
「私は鳥かごの中のとらわれの小鳥。ああ。自由にあの大空を羽ばたきたい」
悲しそうにうつむくもんだから、僕は手を取り励ます。
「いつか君を迎えにいくよ。手を取り合って僕と一緒に自由に旅しようよ」
そして、優しいキスを交わした後、悲しそうに微笑む。
「待って! 行かないで! 消えちゃ嫌だっ!」
そんな彼女は弱々しく背を向けると姿を消す。まるで永遠の別れのように。
目が覚めた。焚き火がまだ消えていない。一炊の夢。おそらく、15分も眠っていない。
僕がアダージョさんとキスする夢を見るようになったのが6歳の頃。あれから、僕は歳を重ねて大人になった。
夢の中のアダージョさんは、歳を重ねない。
僕は彼女の年齢に少しずつ近づき、そして追い越してしまった。
元々、恋人になれる年齢差ではなかったが。
精通を迎えた13歳のある日から、彼女の夢は見なくなっていた。きっと、僕の心が成長したせいだろう。幼児期の空想上の友達のことをイマジナリーフレンドって言うらしいが、おそらく彼女がそれだったのだろう。
しかし、こうして7年ぶりに夢を見たわけだ。彼女に近いうちに会える気がしたというのはロマンチストすぎるだろうか。
何やら、音楽の神様が僕を彼女の居場所へ導いてくれている。そんな気がした。そう。これは、正夢なのかもしれない。
でも、これが正夢だとしたら、彼女が消えてしまうのも正夢?
そんな。会いたいのに。会えた日が永遠の別れへの一歩かもしれない。
胸騒ぎが止まらなかった。
僕は20で彼女は18。なぜか、彼女の年齢がクリアに頭の中に思い浮かんだ。普通に交際できるな。
おっと、いけない。あれは幼き日の夢なんだ。大人にならないと。大人なんだから、ニュースに興味を持つんだ。
手元にあるギターで軽くニュース魔法を唱えると文字がホログラムで浮かび上がる。犯罪者の脱獄を取り上げていた。魔法省で殺人事件を起こしたという犯人。名前はアレグロと言うらしい。
はて、どこかで聞いたことがあるような。
思い出した。子どもの頃、魔法省の見学に行った。そこで、見学案内をしてくれたのが、アレグロさん。アレグロさんは男性だが、なぜか、心が安らぎ、一緒に手を繋いでいるだけで、異性と触れ合っているみたいでドキドキした。
「アレグロさん。今日はありがとう。また、来ていいかな?」
アレグロさんは驚いたような顔をするが、「いいよ」と返事した。その後も、何度か遊びに行った記憶がある。
懐かしいな。と、微笑んでみたその時、遠くで女性の悲鳴が聞こえた。まるで、命乞いをしているかのような切実な声。
耳をピンと立てるが細かい台詞まで聞き取れなかった。わかったのは、ただ、ワンフレーズだけ。
「……ソネット王子……」
なぜ、お兄ちゃんの名前が、こんなところで。四つ足の姿勢になった僕は、後ろ足で全力で声のした方向にむかった。
☆ ☆ ☆
♪アレグロ(10年前)♪
俺の名前はアレグロ。自分で言うのも何だが、悩み多き青年だ。上司からパワハラを受け、ブラック労働をする日々。心に闇を抱えている。
あまりの闇深さに、幻聴が聞こえるようになった。
「あんまり無理して働かない方がいいよ。今は厳しい時代なんだから、キャリア形成をそこまで頑張らず、田舎に帰ってもいいんじゃないかな」
「やかましい! お前に俺の気持ちがわかるか」
俺の心の闇が生み出した別人格。アダージョが、また、余計な口出しをする。
俺は男だ。だから、アダージョも男だ。そうに決まっている。
俺たちたち竜族は、心に闇を抱えると別の人格が生まれ、そして、時が過ぎてもストレスの原因が解消されないと人格が大きく育ちだす。
やがて人格が成熟し、複数の人格同士の意見に決定的な亀裂が入ると、2人に分裂するという古き言い伝えがある。
分裂すると、それぞれが精神年齢と心の性別に合わせた肉体に変化するという。
まあ、そんなことは起きないだろう。万が一、分裂したとしても、俺もアダージョも当然おっさんになるだろうけどね。
はっはっは。
我々、竜族の男は誇り高い。心が女だと知れると恥辱だ。
それで、死のうとまでは思わないが、きっと、穴に入って出て来たくなくなるだろう。
まあ、いずれにせよ、信頼できない言い伝えにすぎない。




