「俺の言うことが間違ってるか?」ですって、旦那様?いえ間違いなのは貴方の態度ですので、お好きに自滅してくださいませ。私は私で幸せを手に入れます
「結婚はしたが、俺はおまえに愛情を感じていない。おまえもそうだろう!?」
新婚初夜。
マッシモ・ファンテ子爵は、新妻のジェルソミーナに問うた。
たとえ政略での結婚であっても、ジェルソミーナがもう少し華やかさやかわいらしさのある女であれば。いや。
せめて、もう少し、前髪を切り、うつむかずに前を向いて話し、新婚の夫に笑顔を見せる程度の気遣いさえしてくれるならば。
愛する努力をしてみようと思えたのかもしれない。
しかしジェルソミーナは地味で陰気で、取り柄は国有数の大商会を経営する実家、アルティエーリ家の資産しかないような女だった。
ファンテ子爵家が事業に失敗し困窮さえしなかったならば、マッシモとて、こんな縁談には乗らなかったに違いない。
―― さきほどもジェルソミーナは、門前に待ち構えて 『結婚の記念にいかがです?』 と怪しげな魔道具を売りつける行商人にひっかかり、ボタンのついた小さな黒い棒のようなものに金貨を出していた。
おそらくは夜の道具の類だろう。
そんな無駄なものに出す金があるなら、家計に回すべきなのに。
どうやら、ジェルソミーナは判断力にも欠けるらしい。
―― 思い返しても、イライラする。
それでも、結婚した以上は妻である。
噛んで含めるように理をしっかりと言い聞かせねばなるまい、とマッシモは心に決めた。
結婚するまでは、彼女の両親への配慮でそれなりに甘やかしてもきたが、結婚した以上は立場をハッキリとさせねばならない。
「なにしろ、おまえの実家は俺の爵位目当て、俺はおまえの実家からの支援目当ての結婚だ。愛情など、なくて当然なのだ。俺の言うことが、間違っているか!?」
「いいえ、間違っておりません、旦那様」
ジェルソミーナはうつむいたまま、いまにも消えそうな声で答えた。
まだ庇護欲そそる儚さでもあればいいのに、とマッシモは顔をしかめる。
ジェルソミーナのそれは、どっちかといえば浄化される直前のゾンビである。さっさとあの世へ行ってしまえとしか思えない。
だが、結婚した以上は妻である。
マッシモは 「よし、ではお互いに愛情はまったくないな!」 とうなずいた。
「しかるに、愛情がないのに夫婦の営みを行うというのは、お互いに苦痛を伴い時間を無駄にする行為だ! とくに、そうした場合、女性のほうの負担が大きい。俺の言うことが、間違っているか!?」
「いいえ、間違っておりません、旦那様」
「そうだろう!」
当然だ、とマッシモはうなずく。
事業に失敗したとはいえ、マッシモは学生時代は成績が常に10位以内に入る優等生だった。
―― 俺が言うことが、間違っているはずはない。
『間違っているか!?』 と聞くのは、反論の余地がないことを示し物分かりの悪い愚かな妻でも納得しやすいようにしてやるための、気遣いなのだ。
「従って、俺はおまえとは夫婦の営みを行わない。跡継ぎは、俺が真に愛する女性と作るから、問題はない。これは、俺の苦痛というよりは、おまえの苦痛を避けてやっているのだ。愚かなおまえでも、わかるよな」
マッシモは顎をぐいっとあげて胸を張り、妻を上から見おろしつつフィニッシュを決めた。
「俺の言うことが、間違っているか!?」
「いいえ、間違っておりません、旦那様」
そうだろう、そうだろう。
マッシモは、気持ち良くうなずいた。
「では、これからはお互いに干渉しないということで、いいな。ただし、おまえは子爵夫人だ。責務だけは、きちんと果たすように」 と、部屋を出ていこうとしたとき。
ふいにマッシモの背後から、つややかなメゾソプラノが聞こえた。
「ですが旦那様、貴方のその態度は、大間違いですわね。正論をまくしたて反論を封じるのは、妻ではなく、敵に対してするものでしょう?」
「……っ!?」
思わず振り返ったマッシモの目の前には、女神もかくやと言わんばかりの美女がいた。
東洋の白磁のごとき滑らかな肌。高すぎず低すぎず、古典彫刻のような鼻と朝露をおいた薔薇を思わせる唇。
紫水晶の瞳には澄んだ知性と気の強さが見てとれる。
―― ジェルソミーナが初めて、垂らしていた前髪をわけてその顔をマッシモの前に晒したのだ。
「お、おまえ…… いや、貴女は…… そんなにも、美しかったのか……」
「それに、ほら。見た目であからさまに変わる、その態度も」
ジェルソミーナはびしり、と指を立てた。
「間違いですわね?」
「うっ…… しかし婚約以来、いちども、おま、いや貴女は顔を見せなかったではないか。俺の言うことが、間違っているか!?」
いくら 『敵に対してするもの』 と言われても、論破癖はすぐにはなおらない。
いやむしろ、たった今、目の前の妻に対する不安が膨らんできた身としては 『俺の言うことが間違っているか!?』 と威圧せねば安心できない。
そんなマッシモに対し、ジェルソミーナは 「いいえ、間違っておりません、旦那様」 と、唇だけで微笑んでみせた。
「たしかにわたくし、旦那様にはこれまで、顔を見せませんでしたわ」
「そうだろう!」
「なぜなら、骨格と表皮と資産だけで人を決めつけるような、猿以下の方々には。わたくし少々、飽きておりますものですから」
「ううっ……」
ここで怒れば、自身が猿以下だと認めたことになってしまう。
マッシモは必死に、脳内で正しい反論を練り上げようとした。
だがそこに容赦なく、ジェルソミーナが鉄槌を下す。
「妻を踏みつぶすことしか考えていないうえに猿以下のかたに愛されるなど、こちらといたしましても、遠慮申し上げとうございますもの」
マッシモは身を震わせた。
―― 事業に失敗したとはいえ、マッシモは金の髪に青空のような瞳の整った顔立ちと優雅な立ち居振る舞いで人気だった。夜会ではダンスに誘ってもらいたい令嬢たちから熱い視線を浴びてきたのだ。
そのうえ、学年で常に10位以内の優秀さもあり、学生時代は靴箱にラブレターが入っていない日はなかったモテ男である。
なのに、ジェルソミーナはいま、蛆虫を眺めるような視線をマッシモに向けている。屈辱だ。
「だが! おまえは会っていても何もしゃべらず、ずっとうつむいているだけだっただろう! それで好意など持てるわけがない! 俺の言うことが、間違っているか!?」
「いいえ、間違っておりません、旦那様」
「そうだろう! 俺は間違っていない!」
マッシモがほっとしたのも、つかのま。
ジェルソミーナは冷淡に言い切った。
「旦那様がそのような方と察しましたので、わたくしは旦那様から好意を持たれないよう、振る舞っておりましたのですもの」
「な、なんだと……」
「先ほど、旦那様ご自身がおっしゃったではありませんか。お互いに政略であり、愛情など無くて当然。まったく、旦那様は正しくていらっしゃいますわ」
ジェルソミーナは口元に笑みを浮かべたまま、1枚の羊皮紙をマッシモにつきつけた。
「ところで我が国の教会法では、夫婦は互いに相手を愛し、尊重するようにと定められておりますわね」
「お、おまえ、それは、まさか……」
「婚姻無効の公訴状。旦那様のサインもありましてよ」
「そっ…… そんなものに、サインした覚えは、ないぞ!」
「あら。先日。婚姻関係書類のサインをいたしましたでしょう?」
「なんだと……!」
「旦那様、内容をきちんと、確認されていませんでしたの?」
まさか、というジェルソミーナの目。
マッシモの首筋に、じわりと嫌な汗がわく。
―― 結婚式に先立ち、公証人と親族の立会のもと行われた婚姻関係書類の署名式。どうせ定型文の形式的なものばかりだと、内容を読まずにサインしてしまった。
これさえサインすればアルティエーリ商会からの支援が得られると浮かれていたことが、今更ながら悔やまれる。
「こっ、こんなものを書類に紛れ込ませていたのか! れっきとした詐欺だ! 詐欺なのだから、取り消すべきだ! 俺の言うことが間違っているか!?」
「いいえ、間違っておりません、旦那様」
「ふんっ、そうだろう! まったく、つまらんことを!」
だが許してやろう、というマッシモの言葉は、ジェルソミーナの静かな声に封じられた。
「では、わたくしを愛し尊重する気もないくせになさった求婚も婚姻も、当然、詐欺として取り消すべきですわね。わたくしの言うこと、間違っていて?」
「……っ く、くそっ」
なんて生意気な女なんだ……!
マッシモはジェルソミーナをにらみつけた。
自身が言ったことをことごとく投げかえされてしまうのが、気に入らない。
ならばブーメラン発言をしなければいいだけの話だが、マッシモにその自覚はなかった。
ジェルソミーナは羊皮紙を金庫にしまい、鍵をかけた。
「では、さっそく明日、こちらの婚姻無効の訴状を提出いたしますわね」
「き、今日、結婚したばかりだぞ! 認められるわけがない! 白い結婚で離縁が認められるのは、3年以上、夫婦の営みがない場合だ! 俺の言うことが、間違っているか?」
「いいえ、間違っておりません、旦那様」
「そうだろう! 俺は間違っていない!」
マッシモがほっとしたのは、またしても一瞬だけだった。
「ですから、離縁ではなく、婚姻無効です。我が国の教会法では、婚姻後1ヶ月以内にお互いの意思が固ければ、認められるのですわね」
ジェルソミーナは小首をかしげ 「わたくしの言うこと、間違っていて?」 と問う。
マッシモは再び、うなった。
残念なことに、間違っていない。
だが、婚姻無効となるとジェルソミーナの実家からの支援が得られない。そればかりか、マッシモはジェルソミーナに損害賠償金を支払わなければならなくなってしまう。
こうした場合、この国では女性のほうが 『傷物』 として不利な立場になるからだ。
女性の価値を損ない今後の人生を困難なものにする代償を支払う義務が、夫だった者には生ずるのである。
「だ、だが! 今は好意を持っている! おま、貴女は、美しいし、思ったよりも愚かでもないようだ! 俺の隣に立つに相応しいと認めよう! もちろん、夫婦の営みだってする!」
もはや、プライドなど大切にしている場合ではなかった。
マッシモは身を投げ出し、ジェルソミーナのドレスの裾にすがりついて懇願した。
「だから、頼む……! 訴状は、出さないでくれ!」
そんなマッシモの様子をジェルソミーナはじっと見下ろしていたが、やがて、ぽつりとひとこと。
「気持ち悪い」
「……っ!」
「それに、失礼ながら、旦那様。頭もお悪くていらっしゃるようですわね?」
「なっ、なんだと……!」
これにはさすがに、マッシモも気色ばんだ。
学生時代はずっと、学年10位以内の成績を維持してきたのだ。何事に対してもすべて、正しく論破してきた。事業に失敗したとはいえ、頭まで悪いとは言われる筋合いがない。
しかし、ジェルソミーナは口元に笑みを残したまま、その目つきだけに確実に嫌悪感を漂わせながら 「だって先ほど、旦那様ご自身がおっしゃったことも、お忘れなのですもの」 とつぶやく。
「愛情がないのに夫婦の営みを行うというのは、お互いに苦痛を伴い時間を無駄にする行為。とくに、そうした場合、女性のほうの負担が大きい、のですわね、旦那様?」
ジェルソミーナは大きくためいきをついた。
「旦那様、わたくしに好意を持ってくださるのでしたら、わたくしが苦痛に思う行為を強要などなさいませんわよね? わたくしの言うこと、間違っていて?」
「ううううっ……」
マッシモは腸捻転にでもなったかのように、うなるしかなかった。
ここで 「おまえが俺を愛すればいいだろう」 などと言えば、また頭悪い子扱いされることがわからないほど、学年10位以内はバカではない。
しかしジェルソミーナの言うことを認めれば、やはり話は婚姻無効へと傾いてしまう。
だが、ふいにマッシモは思い出した。
―― ジェルソミーナはたしか、行商人から 『結婚の記念』 に夜の道具を買っていたのだ。
ならば、いまのこれは、単にジェルソミーナが拗ねてみせているだけではないか?
本当は夫婦の営みに期待していたのに、マッシモにいきなり白い結婚をつきつけられたりしたから……
そうだ、心の底から謝り、一緒に夜の道具を使おうと、持ちかければ。
ジェルソミーナとてきっと、まんざらでもないだろう。
マッシモの口元が、いやらしくゆるんだ。彼はいまいちど、ひざまずいてジェルソミーナのドレスの裾に口づけを贈る。
そのときジェルソミーナの顔が強烈に歪んだのだが、マッシモには見えていなかった。鼻の下をだらしなく伸ばす彼の脳内を占めていたのは、美しい花嫁との熱い夜だけだったのだ。
「さあ、ジェルソミーナ。さっきの俺の発言は謝罪するよ。まあ水に流して、共にその、夜の道具を楽しもうじゃないか」
「夜の道具?」
ジェルソミーナは、いっそ無邪気なほどの不思議そうな表情になり、首をかしげた。
「それ、なんですの?」
「は? とぼける気か? おまえが、門前で怪しげな行商人から、買い取っていただろう! 俺の言うことが、間違っているか!?」
「…… ああ。これのことですね」
ジェルソミーナは胸元から、ボタンのたくさんついた黒い棒を取り出した。
―― なんだ、こんなところに入れて温めていたのか。やる気満々なんじゃないか。
マッシモは卑猥な表情になりながら、黒い棒へと手を伸ばした…… 次の瞬間。
ふっ
黒い棒は、跡形もなく消えてしまった。
「なんだ!? なぜ消えた?」
「これは、最新の魔道具で、録音器というものだそうですわ」
「ろくおん…… き……?」
「ええ。音を記録する魔道具ですわ。容量いっぱいまで録音し終わると、あらかじめ登録しておいた人のもとに同時転移して、その内容が再生されるそうですの」
「なん、だと……!?」
「今ちょうど、両親と兄と、教会の司祭様が、 『跡継ぎは真に愛する女性と作る (中略) 俺の言うことが間違っているか!?』 を聞いてらっしゃるころでしょうね」
「そんな……! なんということを、してくれたんだ!」
「あら? そもそも旦那様の身から出た錆なのでは? わたくしの言うこと、間違っていて?」
マッシモは、うろたえていた。反論するどころではない。
先程の幻の熱い夜の代わりに脳内を占めるのはこの一語。
終わった……!
これだけが、ぐるぐるとマッシモの頭のなかをめぐる。
―― どうしよう、どうしよう! どうすればいい……!?
―― そうだ!
こうなればもう、既成事実を作るしかない……!
マッシモは素早く立ち上がり、ジェルソミーナに覆いかぶさろうとした。
「まず、夫婦は互いに愛しあうべきなのだろう!? 俺の言うことが、間違っている…… ぐぉっ」
最後まで問う前に、マッシモは白目をむいて倒れてしまった。
その背後には、いつのまに現れたのか。
行商人ふうの男が、立っている。
目深にかぶった帽子で表情は見えないが、その口元はぐっと引き締められ、握りしめた拳はかすかに震えていた。怒っているのだ。
だが……
「リベルト!」
ジェルソミーナが彼の名を呼んだとたん、ふっと緩んだ。
ジェルソミーナは倒れたマッシモをまたぎ、リベルトの胸へと飛び込む。
「ジェルソミーナ」
リベルトはジェルソミーナをしっかりと抱きしめた。
「間に合って良かった」
「計画どおりね」
ジェルソミーナの表情からは、マッシモに向けていたときの固さがすっかりとれていた。信頼と愛情に瞳が輝き、口元には先程までとは打って変わった、不敵な、しかし嬉しそうな笑みが浮かぶ。
もしマッシモが気づいたなら、思わず見とれてしまっただろう。それくらい、華やかで可愛らしい表情だった。
もっとも、マッシモは殴られて気を失い、寝室の床にのびたままだが。
―― リベルトは、マッシモとジェルソミーナの婚約が決まるまで、ジェルソミーナの恋人だった。
行商人は社会的地位が低い。そのうえ、リベルトは盲目だった。幼いころ刺客に襲われ、目を怪我したのだという。
ジェルソミーナの両親はふたりの付き合いに猛反対。マッシモとの婚約を、強引に進めてしまった。
マッシモは、外面は完璧に紳士的な貴公子であったため、両親はすっかり騙されていたのだ。
そこでジェルソミーナとリベルトは一計を案じた。
マッシモの前で顔を隠し続け、新婚初夜、リベルトの開発した魔道具でマッシモの本性を関係者全員にばらすのだ。
ジェルソミーナの両親も婚姻をとりもった司祭も、ジェルソミーナが不幸な結婚をするとわかって放っておくような人たちではないのだから。
そのうえで、あらかじめ婚姻関係書類に紛らせてマッシモにサインさせた婚姻無効の公訴状を教会法廷に提出すれば、100%受理される ――
リベルトがつまさきでマッシモを軽く蹴った。
「ジェルソミーナの魂の放つ光の美しさにも気づかないなんて、本当に失礼なやつだ」
リベルトは目が見えない代わりに、魂の放つ光 ―― オーラとでもいうべきものを感知できる。
リベルトによると、ジェルソミーナの魂の放つ光は誰よりも美しいのだそうだ。初めてきいたときは 『わたくし、それほど純粋無垢ではありませんわ』 と失笑したジェルソミーナだが、いまではまあ 『相性が良い』 くらいのことだと思っている。
もしジェルソミーナに魂の光が見えるなら、おそらくリベルトの魂も同じくらいに美しいと感じるのだろう。
「しかも、学園ではいつも1番だったきみに向かって 『愚か』 だって?」
「そんなひとだからこそ、計画が成功したのよ」
ジェルソミーナは金庫から書類を取り出し、手荷物の中に入れた。
「いきましょう。執事と使用人に話をつけてくるわ」
「それならもう終わってるよ」
「ほんと!? すごいわ」
「だから、気づかれず物陰に潜めたんだよ。いこう」
ジェルソミーナとリベルトは連れだってマッシモの屋敷を出る。
夜空一面の星が、ふたりの行く末を祝福するかのように瞬いていた。
その後 ――
ジェルソミーナとマッシモの婚姻は予定通り無効と認められた。
マッシモのあまりにえげつない本性に激怒したジェルソミーナの両親は、ファンテ子爵家への支援を取りやめたばかりか、ジェルソミーナへの損害賠償を容赦なく請求。
マッシモは以前にも増して困窮したが、できたのは 『俺の言うことが間違っているか!?』 と理屈をこねて債権者に詰め寄ることだけだった。
債権者はみな、口を揃えてこう答えたそうである。
『言うことは間違っていませんが、その態度が大間違いです、子爵様』
そしてついにファンテ子爵家の歴史ある館は、競売に出されてしまった。
その後のマッシモの行方は杳として知れないが、借金のカタに鉱山で働かされているとも、論破芸人として町々を放浪しているとも言われている。
一方、ジェルソミーナとリベルトは ――
普段からジェルソミーナに同情的だった兄の支援もあって両親から認められ、めでたく結婚にこぎついた。
その後も二人三脚で魔道具の開発と行商を続けてついには自前の店を構えるに至り、現在では王国でも指折りの人気店となっている。
そうして、10数年が経った。
―― ある日。
「リベルト…… どう、見える……?」
ジェルソミーナの問いかけに、リベルトはそっと、閉じていた目を開いた。
視覚を取り戻す魔道具を、ジェルソミーナとリベルトはついに開発したのだ。
リベルトの目に飛び込んできたのは、まず、大量の光の渦だった。まぶしくて痛くて、涙があふれる。
それがやっとおさまったときにまず見えたのは、ひたすら彼を案じる、いくつもの紫の目だった。
ジェルソミーナと子どもたちだ。
「おとうしゃま、いたい?」 「大丈夫、お父様?」
リベルトは愛する妻と子を、何度も何度も抱きしめた。
ジェルソミーナが、リベルトの銀の瞳を見上げる。
「久々に世界が見えて、いかがかしら?」
「それはもう」
リベルトは、笑った。
「論理だけでは表せないほど、素晴らしい」
―― のちに。
国王が代替わりし、リベルトのもとに王宮に住むよう打診が届くこととなる。
リベルトの銀の瞳は王家の血筋の証。
幼いころ派閥争いに巻き込まれて生命を失いかけたため身分を偽り市井に暮らしていたが、代替わりにより継承権1位となったのだ。
だがリベルトはきっぱりと首を横に振った。
「王位継承権は放棄するよ。今の暮らしを気に入っているからね。それでいいだろう、ジェルソミーナ?」
「もちろんよ」 とジェルソミーナもうなずく。
「わたくしたちには、王宮で政治と陰謀とダンスに明け暮れるより、役に立つ魔道具を開発し、世に広めるほうが重要ですわ。そうでしょう、リベルト?」
「君の言うことが、全面的に正しいよ、ジェルソミーナ。幸せは、ここにあるからね」
急にリベルトに抱き上げられ、ジェルソミーナは少女のように頬を染めた。
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