第七話・罪と罰
罪深いのは──犯す者か
それとも罰する者か。
【第七話】
目的地に着くと、部屋の前には上忍がひとり、
影のように立っていた。
その沈黙は、風さえ切り裂く刃の気配を孕んでいる。
彩葉「学園長からの召集で参りました」
上忍「……入れ」
短い声。
だが、その奥に潜む圧だけで背骨をきしませた。
奥の広間へ通されると、白髪の老人が鎮座していた。
“白い”のは髪だけではない。肌の色も、纏う気配も、まるで生気を削り落としたように白い。
(まるで生きていないようだ)
心でそう呟く。
彩葉「お連れしました」
学園長「ご苦労であった」
濁りきった白眼がゆっくりと僕を捉える。
視線が触れた瞬間、胸の奥に隠したものを暴かれるような痛みが走り、思わず息を呑んだ。
学園長「……やはり、そうか」
老人の視線は、空藍、楓へと滑り、その間、二人とも僕と同様の痛みを感じて顔を歪めていたように見えた。
再び僕へと戻る瞳。
その眼差しを向けられる度、キリキリと胸が痛む。
やがて老人は僕に向けて低く言葉を落とした。
学園長「“黒”の存在を、おぬしに教えたのは……祖父であったか」
月狼「どうして……」
胸の奥に封じてきた秘密を、初対面の老人に言い当てられ、心が乱れた。
学園長「あやつは、遠ざけようとして……むしろ近づけた。あの世で悔いておるだろうよ」
濁った白眼が天を見つめる。
月狼「祖父を…知っていたんですか?」
学園長「殆どは、そなたを通してじゃがな」
僕は意味を掴めず、眉をひそめた。
学園長「その話は、いずれ語るとしよう。今は別のことを告げねばならん。おぬしが渇望していた事じゃ」
老人の声が、深い闇の底に沈む。
学園長「本来、“大黒柱”の存在は段階を経て教えるものだ。だが、すでに漆黒の悪鬼が動き出したようじゃ。
一刻の猶予もないだろう」
月狼「漆黒の悪鬼……!」
ついにニつ目の名前が出た。興奮する僕の横で彩葉先生が少しだけ指先を動かす。
学園長「心を乱すな、彩葉よ。まだ奴の名前を呼んですら無い。つけ込まれる隙を与えてはならん」
彩葉「申し訳ありません」
楓が心配そうに彩葉を見つめている。
学園長「そやつの事を語る前に、黒き神獣の話をしておこう」
学園長がゆっくりと立ち上がり、僕らは自然と姿勢を正す。
学園長「よいか。“大黒柱”とは、煉獄が地獄へ堕ちぬための《神柱》の呼び名じゃ」
その言葉は救いにも呪いにも聞こえた。
学園長「煉獄を支えるという事は、永遠に終わらぬ拷問じゃ。かつて、煉獄が崩れかけていた時代、地獄の業火に耐えうる肉体を持つ存在は、この世で白き神獣だけだとされていた」
楓「白き神獣?」
彩葉「神獣の中でも最も力のある神獣の事よ」
楓の疑問に彩葉先生が答えた。
学園長「だが、白き神獣も不死では無い。神柱になれば惨たらしく燃え尽きる運命。ただの時間稼ぎに稀少な白き神獣を犠牲にするわけにはいかなかった。人々は迫り来る地獄を待つすべしかない事に絶望した」
濁った白眼は見えない何かを見つめるように天を仰ぐ。まるで、その時代を思い出すかのように。
学園長「そんな時、黒き神獣が人々の前に現れた。その姿はあまりに凶々しく、目にしたもの全てを恐怖に陥れ、人々は遂に地獄が直ぐ側までやってきたと怯えたそうだ」
背中に冷気のような痛みが走る。
この先を聞きたくないと何かが拒むかのようだった。
あれ程、黒の謎を追い求めてきたのに今はこの先に進むことに恐怖を感じる。
学園長「だが、人々は白き神獣の力を借りて黒き神獣の息の根を止める事に成功した。人々は歓喜した。
___だが、それで終わりでは無かった」
胃の底を掴まれたような吐き気が込み上げ、口元を押さえる。
身体中の細胞がここから逃げ出したいともがいているようだ。
学園長「死んだはずの黒き神獣が息を吹き返したのだ。そう、奴は不死の身だった」
心臓がどくどくと鈍く脈うつ。苦しいほどに…
学園長「人々は一度は恐れ慄いたものの、ある妙案を思いついた。不死の身体ならば、地獄の業火に永遠に炙り続けられても耐えうるのでは無いかと___」
白く濁った老人の瞳から感情を読み取る事が出来ない。
学園長「そして、人々は再び白き神獣と手を取り合い、黒き神獣を奈落の底へと封印したのだ。煉獄の生け贄として___」
悪寒が走り、体が震え始めた。視界が歪む。上手く息が出来ない。
(…苦しい…息が…でき…なぃ…)
意識が飛びそうになる。
そのとき、空藍がそっと僕の背に手を添えた。込み上げてきた不快感が溶けるように引いていく。
空藍「…月狼、深呼吸するんだ」
その声に素直に従う。
深く呼吸を何度かしていく内に重苦しく脈打つ心臓は、いつものように軽やかな音を刻み直していた。
学園長は、その様子を注意深く見つめながらも声色を変えず続ける。
学園長「だが、我々は知らなかった。黒き神獣には契約者がいたのだ。
決して、黒き者と混じりあうことが許されない、まだ白き契約者が。その時、初めて我々は、その神獣が犯した罪深さを知り、自分達が背負う過ちを知った」
しばしの沈黙が空気を飲み込む。
ふと、再び学園長を見ると──
白だと思っていた色が、ゆっくりと濁りながら沈んでいくように見えた。
まるで、雪の上に灰がしんしんと降りそそぐように…
白を鈍く汚すように…




