第六話・見えない壁
その壁が生み出す影だけが
いつも足元に寄り添っていた。
【第六話】
ついに祖父が遺した謎の一つ、
”大黒柱”
その名に辿り着いた興奮が、胸の奥で疼く。
(ようやく辿り着いた…)
あの日以降、取り憑かれたかのように追い求め続けた存在。すぐにでも、残されたもう一つの存在についても追求したいのに、今は興奮が僕を占領して上手く言葉が出てこなかった。
空藍「先生、その”大黒柱”を守護するって…一体なにからですか?」
彩葉先生はわずかに目を伏せ、すぐに冷ややかな声音で返す。
彩葉「……ここから先は、私が語るべきではないでしょう」
月狼「えっ?」
彩葉「私が語れるのは、ここまでです」
月狼「どうしてですか!」
柄にも無く声を荒げた。
彩葉「私は適任者ではないからよ」
一切の追及を拒む壁。
もどかしさで苛立つ気持ちを拳の中で、
そっと握り潰す。
彩葉「では、学園の階級制度について語りましょう」
まるで、僕の存在を無視するかのように語り始める先生を恨めし気に睨みつける。
楓「う、月狼君、今日は初日だし…焦らずいこうよ?
ねっ?」
月狼「………あぁ」
楓の僕を宥める優しい声さえ、今は憎らしかった___
彩葉先生はこの学園の仕組みについて語ってくれた。
この学園の階級は3つに別れており
下から”下忍””中忍””上忍”
が存在していること。
入学を認められたものは”陽の忍び”と呼ばれ忍術を学びながら、実力に応じて護衛任務などの実務にも参加すること。
そして、その中でも最も優れた一握りの上忍のみで形成される先鋭部隊”月の忍び”が存在し、彼等の任務は極秘とされている事を教わった___
彩葉「今日はここまでにしましょう。明朝、また迎えに来ます」
それだけ告げ、先生は夜の闇へ溶けていった。
置き去りにされる事には慣れているのに、今は虚無が僕を濃く包み込む。
(一体、いつまでこの飢えに耐えなくてはいけないんだ)
虚しさは苛立ちを纏い僕の中でもがいていた。
***
──新居
その後、隠密係から新しくあてつけられた住まいは見知らぬ里の一角にある一軒家で”下忍”が住まうには贅沢な程だった。
縁側の先で、月が白すぎるほど輝いている。
静寂が、やけに冷たい。
空藍「眠れないのか?」
月光を浴びながら座り込む僕の横に、空藍が腰を下ろした。
月狼「僕のことは気にしないで。君は寝た方がいい」
空藍「俺も寝れないんだ」
そう言って、すぐにあくびをするあたり、
本当は眠いのだろう。
(……変な奴)
空藍「眠れない理由は“大黒柱”なんだろ?」
その言葉に指先がぴくりと跳ねた。
月狼「どうして……」
空藍「わかるって。俺も気になって仕方ないし」
(そんな軽いものじゃない)
そう思っても、言葉にはしなかった。
名前を聞くだけ強烈な飢えが止めどなく込み上げてくる。
こんな狂気に近い欲求を他人が理解なんて出来るわけないのだから。
空藍「でも、明日にはきっと何か教えてくれるさ」
月狼「それ、根拠はあるのかい?」
何の感情も無い声で問い返す。
空藍「うーん…無いけど?でも、月狼が知りたいなら、そうなればいいなっーて思っただけ」
月狼「今、名前………いや、なんでもない」
驚きで少し目が泳いだ。
(今、僕のことを呼び捨てした…よな?)
他人は無意識に僕との間に壁を作る。
それが普通だ。ずっとそうだった。
他人が作った目に見えない壁が生み出す影だけが、いつも足元に寄り添っていた。
それなのに、空藍には初めから壁なんてものが存在しなかった。
そんな人には出会った事が無い。
空藍「楓は一人で一軒家かな?そうだったら、贅沢だな?」
月狼「そうだね」
空藍「あ、でも、一軒家に一人ぼっちは寂しいか。俺は月狼がいるから寂しくないけど」
悪戯っぽい瞳が細く微笑む。
月狼「…どうして僕に構うんだ?出会って間も無いのに」
空藍「友達になりたいと思うのに時間は関係ないだろ?」
月狼「……」
僕には空藍との距離感がわからない。
だから、返事が……できなかった。
でも、どうしてだろう。
その距離は不快では無いんだ。
***
──明朝
あの後、僕は空藍と一言も話せなかった。
それでも、空藍は嫌な顔一つせず僕に構い続けた。
空藍「そろそろ迎え来るかな?彩葉先生って綺麗だけど怖いよな?」
月狼「……」
空藍「うわっ!月と太陽、両方出てるじゃん。なんか縁起良いなぁー。見てみなよ」
月狼「……」
空藍「月狼は【かくれんぼ】と【おにごっこ】ならどっちが好き?」
月狼「…そんな事、考えた事もないよ」
ようやく口を開いた僕に空藍は微笑みながら言葉を続けた。
空藍「俺は【かくれんぼ】が好きだ。
【おにごっこ】は俺には難し過ぎるから__」
月狼「…僕は…」
言葉を言い終える前に、空藍の紫紺色の瞳が僕の目を覗き込み再び微笑みかけてくる。
僕は居心地が悪くなって慌てて顔を伏せた。
(本当に……何なんだ、君は)
彼みたいな人とどう接するのが正解か自分の中でまだ答えが導き出せない。
次の瞬間、
枝葉を震わせて二羽の鳥が空へ散った。
空藍「…月狼、先生が来たよ」
俯いた顔を上げると、褐色の赤毛を明光に揺らし、彩葉先生が音もなく立っていた。
彩葉「二人とも立ちなさい。学園長がお呼びです」
空藍が昨夜言った根拠のない言葉___
”でも、明日にはきっと何か教えてくれるさ”
それが、現実になる予感がして胸がざわめく。
いよいよ
──核心に触れる時が来るのかもしれない。と…




