第五話・大黒柱
いつも霞の中にいるようだった。
触れようとすれば形を失い、
ただ僕を囲んで離さない“牢獄”のような…
【第五話】
彩葉「どうして君が、最高機密である
“2つの黒”の存在を知っているのか、
その理由を私から問いただすつもりはないわ」
含みのある声音だった。
しかし先生は表情を変えずに淡々と語る。
月狼「先生、僕は……」
(2つの黒の謎の真相を知りたい)
そう告げるより早く、彩葉先生はそっと指を立て僕の言葉を塞いぐ。
その仕草は、子どもを宥めるようでありながら、逆らえない圧を孕んでいた。
彩葉「私から”黒”の存在を語る前に、君達には【contract】について少し語る事にしましょう」
焦るほど、自分が未熟に見えるだけだと気づき、
僕はゆっくり息を飲んだ。
彩葉先生「【contract】──それは“実在する神獣”と人間が、身体能力と潜在能力を引き換えに結ぶ契約の忍術よ」
月狼「…神獣と契約?」
彩葉先生「驚いたかしら?でも本当よ。この世界には神獣が実在するの。召喚獣と違って創造種ではないから主人が存在しなくても消えることもない。自分の意志で行動し、人語を理解し、千年近く生きる個体もいると言われているわ」
空藍「…マジか。凄いな」
興奮を隠せない空藍を横目に、先生は小さく微笑んだ。
彩葉先生「神獣には、それぞれ固有能力があり契約者となれば、その能力を共有することができる」
楓「能力の共有……?」
彩葉先生「例えば“心を読む神獣”と契約すれば、契約者にも同じ力が宿る。そういうことね」
楓「す、すごい…!そんな神獣に会えたら私、絶対契約しちゃう!」
すぐに、先生の声が楓の浮かれた響きを断ち切った。
彩葉先生「……でも、忘れていけないのは、強い忍術には必ず大きな代償が求められるということよ」
空気が落ち、部屋そのものが沈むような感覚が走る。
月狼「契約の代償はなんなんですか?」
答えを聞く前に脈打つ血管が一瞬だけ動きを止めた。恐れからかもしれない。
彩葉先生「少なくとも代償は一つじゃないわね。どちらかが死ねば、もう片方も死ぬことは勿論。痛みも共有されると言われているわ。契約者が血を流せば、神獣にも同じ痛みが走る。逆も同じ」
楓「そ、それは、ちょっと…」
想像したのか、楓の顔が少し歪んだ。
彩葉先生「そして、契約時には“神獣が望む身体能力”を差し出さなければならない。能力を得る以上、対価を払うのは当然でしょう?」
月狼「神獣が求めるもの…?」
彩葉先生「例えば契約する代わりに、神獣が“契約者の視界”を欲した場合、その者は視界、つまり目を差し出すことになるわ」
楓の喉がきゅっと鳴る。
楓「で、でも…視界を“貸す”だけで、
奪われるわけじゃ……ないですよね?」
彩葉先生「いいえ。
神獣が望んだものは契約する際の
“貢ぎ物”よ。決して返ってくることはない」
楓の表情から色が引いた。
彩葉先生「そして、強大な神獣ほど、求める対価も大きいと聞くわ。それが何であれ、求められれば拒む事はできない」
楓「わ、私、契約とか絶対しない…」
彩葉先生「賢い選択ね。でも安心していいわ。神獣が人間と契約を結ぶのは稀よ。神獣が自分の“名前”を教えなければ、契約は不可能だから」
空藍「名前…?」
彩葉先生「ええ、互いの名前を呼び合うことで契約が成立すると言われているわ。契約で明かした名は、互いに打ち明けた“対象者”にしか効力を発揮しない。他人が同じ綴りを読んでも、雑音にしか聞こえないそうよ」
空藍「つまり…互いの声にしか応えないのか」
彩葉先生「そういうこと。そもそも、仮にも神である神獣が、たかが人間に能力を共有する理由が無い」
心底納得だ。
彩葉「人で有りながら神の力を得られる秘術。けれども、求めても与えられることは無い。
それが【contract】が最も強い忍術とされる理由よ」
空藍「それは確かに最強だな…」
一瞬の沈黙が重苦しい空気を濃くする。
だったら──本当に実在するのか?
最初に浮かんだのは疑念。
それでも、深いところで答えはわかっていた
月狼「……でも、神獣と契約を交わした人は実在するんですよね?」
静寂が落ちた。
先生の金色の瞳が、再びまっすぐ僕を見据える。まるで、その奥にある何かを探しているかのように…
彩葉先生「ええ…いるわ。この世界には五人、神獣と
【contract】した人物が実在する」
月狼「五人も…」
想像以上に多かった事に言葉を詰まらせた。
彩葉先生「そのうち四人──四体の神獣は、ある存在を守護しているの」
楓「な、何を守護しているんですか?」
僕はもう、その答えを知っている気がした。
胸の奥が静かにざわめく。
彩葉先生「それこそが、この世界の五体目の
”黒き神獣《大黒柱》”よ」
ようやく霞が晴れた気がした。




