第四話・初めての授業
いつも満たされない渇きが
飢えとなって僕の中で
腐り続けているような気がしていた
【第四話】
教官の背中を追って辿り着いた部屋には、すでに二人の生徒らしき人が待っていた。
紫紺色の瞳で人懐っこい笑みを浮かべる
男子生徒・空藍。
そして、教官と同じ褐色の赤毛を持つ
女子生徒・楓。
簡単に二人の紹介を告げると、女性教官は僕らをぐるりと見回し静かに口を開く。
女性教官「ここでの全ては他言無用です。
君達は選ばれた者として、それを理解して下さい」
落ち着いた声なのに冷たさが混じり、この場の空気が一段と張りつめる。
女性教官「名乗るのが遅れましたね。私は彩葉。この学園の上忍くノ一です。これからは彩葉先生と呼びなさい」
上忍を前にするのは初めてで、自然と背筋が伸びた。
彩葉「さっそくですが、簡単な試験をしましょう」
赤いまつ毛が揺れたあと、先生の視線が迷いなく僕を射抜く。
彩葉「召喚術に詳しいのは、君よね?」
高圧的に向けられた指先。
事前に情報をある程度は認知しているのだろう。
明らかに僕を挑発している。
彩葉「この二人に召喚術の基本を説明してくれるかしら?」
僕は臆することなく、その挑発を受け入れた。
僕「実在する生物は召喚できません。召喚できるのは龍や天狗、麒麟などの“創造種”と呼ばれる術者が創造した生物だけです」
彩葉「正解よ。独学にしては上出来ね」
先生の探るような瞳が僕をなぞるが、すぐに視線は他の二人へ向き直った。
彩葉「召喚獣を扱うには、創造力が欠かせない。でも、本当に恐ろしいのはその先よ。迷い、恐怖、罪悪感。そういう心の弱さは全部“匂い”として召喚獣に伝わるの」
空藍「匂い?」
彩葉「ええ、より強力な存在ほど敏感よ。召喚獣はその匂いを嗅ぎ取って狩りをするの。ただし、それは術者も対象となるわ。術者が弱さを漂わせた瞬間、主人から獲物へと変わる」
空気が軋んだ。
彩葉「召喚獣を生み出す事自体は創造力さえあれば容易なことよ。けれど、飼い慣らすのは別。しかも、戦闘中となれば尚のこと」
空藍「創り出す事よりも従わせるほうが難しいのか」
彩葉「その通り。もし、弱さを漂わせれば術者は召喚獣の最も身近な餌となるわ」
楓「そ、それって…比喩ですか?餌って…」
彩葉「いいえ、比喩ではなく実際に喰われるのよ。そして、主人を失った召喚獣は全ての創造力を失い最後は消滅するのが運命。皮肉だけど、理にかなってるでしょ?」
楓「そ、そうですね…」
淡々とした口調が、言葉の端々で楓の背筋を冷やす。
彩葉「だから、自分の力を過信して召喚獣を創り出してはいけないの。特に龍のような強力な召喚獣を創り出すということは死を意味すると覚えておくといいわ」
楓「は、はい」
彩葉「忍術には必ず代償が伴う。これは例外なく、どんな術でも同じです。強力な術ほどその代償も重い」
禁じられていた知識が次々と明かされていく事に静かに興奮していた。
”黒”の存在を知って以降、書物を読み漁ってきたが、未成年による忍術の拝読は禁じられいた。子供が扱うにはあまりに危険だからという理由は頭では理解していたが、それでも、ずっとどこかで物足りなさを感じていた。
乾きは癒えず、飢えとなって底知れず広がっていくような不快感。
それが、ようやく満たされていく。
その余韻に浸っていると、横から声が掛かった。
楓「あ、あの…私は召喚術には詳しく無かったから、教えてくれてありがとう」
僕と目を合わせる事なく楓は感謝の言葉を一方的に告げる。
彼女の声は優しさと臆病さに染まっているような、そんな声だった。
彩葉「君達には長い間、未成年への縛り術が施されて来ました。それが外れた今、君達は煉獄の貴重な戦力です。もう子供ではありません。戦う術を覚えなさい」
もっと知りたい。もっと深い知識が欲しい。
”2つの黒の謎”
それを解く鍵が欲しいんだ。
この欲求をどこまで解放すべきだろうか?
悶々とする僕。
そんな僕とは対照的な人物がいた。
空藍だ。
空藍「だったら、この世界で最も強力な忍術を教えて下さい」
あたりにも率直な要求に呆然とした。
(駆け引きって言葉を知らないのか?)
だが、彼が投げ掛けた質問は僕にとっても凄く魅力的だった。
彩葉先生の表情から柔らかさが消えていく。
彩葉「最も強力な忍術ですって?」
空藍「はい」
彩葉「どうして、君はそれが知りたいのかしら?」
空藍「強くなりたいからです」
一切迷いのない、その返答に先生が少しだけ目を細めた。
彩葉「いいでしょう。この世界でもっとも強力な術の名前を君達に教えてあげるわ」
再び先生の表情に柔らかさが戻るが、それと同時に厳しさと覚悟のような色も濃くなる。
彩葉「その術の名は…」
ドクンドクンと脈打つ心臓がうるさい。
名前が発せられるまでの時間が永遠かのように感じた。
彩葉「”contract”」
暑くも無いのに汗がじわりと滲んだ。
”contract”
初めて聞く言葉なのに、どこか懐かしい奇妙な感覚。
ツンとした痛みが頭を突いて瞼を閉じると、もういないはずの祖父の鋭い眼光が僕を射抜く。
___それ以上踏み込むな。
そんな声が聞こえた気がした。
だけど、ここで止まる事はできない。
いや、そうじゃない。
止まりたく無いんだ___
閉じた瞼の裏に浮かんだ暗闇を押し破るように、ゆっくりと目を開く。
もう、駆け引きをする気はなかった。
この飢えを隠す事をやめると決めたから。
僕「…先生」
彩葉「何かしら?」
僕「その術は“2つの黒”と関係があるのですか?」
金色の瞳が、わずかに揺れる。
影を落とすかのように。
彩葉「正解よ、月影君」
その瞬間、初めて先生が僕の名前を呼んだ。




