第十九話・嫉妬
想いとは嫉妬を呼び
嫉妬は心を蝕み…黒く染める
【第十九話】
偉大なる父は、我に厳しかった。
“愚か者”
“未熟者”
“厄介者”
幼き頃に浴びせられたそれらの言葉は、冷たい雨となって我の心を濡らし続けた。
来る日も来る日も責め立てられ
「なぜ首がひとつしか無いのか」
「なぜ弱いのか」
それでも父に認められたくて——
ただ、それだけのために生きていた。
だが、父は我を神獣の白き社から追放した。
人の目に多く触れる大地では蛇は忌み嫌われ、我は人々の害意を恐れ、己の姿を偽り続けた。
それでも信じていた。
父はいずれ我を迎えに来ると……
百年が過ぎ、二百年が過ぎ、三百年が過ぎ――
我は悟った。
父はもう我を迎えには来ぬと…
我を不憫に思ったのか、九尾の巫女は我を学び屋へと迎え入れた。
気づけば、真の姿に戻る術すら忘れていた。
そんなある日――
我の前に桜色の娘が現れた。
名を四季と言った。
初めは、他の人間同様、気まぐれに優しさを見せているだけだと思った。
だが――
四季「あなたの名前は “雪”。素敵でしょ?」
四季「雪、どこに行ってたの? 探したのよ」
四季「寒いでしょ?雪、こっちにおいで」
四季「雪、お腹すいた?私のあげる。内緒よ」
四季「雪、あなたはとっても良い子ね」
四季「雪、あなたが大好きよ」
四季だけは我を蔑まなかった。
見捨てなかった。
そして、いつしか――
“雪”ではなく、真の姿で真の名で四季に呼ばれたいと、我は願うようになった。
そんな折だった。
九尾の巫女が告げた。
「父の生命が終焉に向かっている」と。
父は初めて我を求めた。
世継ぎとして、神獣柱の身代わりとして――
だが、我はそれを拒んだ。
四季の側を離れたくなかった。
四季と共に過ごせれば、それで良かった……
筈だった___
けれど四季の心には、いつもあやつがいた。
“縁”
童は四季の心に棲みつき、その座を我に譲ることはなかった。
いつも側にいたのは我なのに……
四季を誰よりも求めているのも我なのに……
“contract”。
それは能力と引き換えに、契約者の代償を喰らう契り。
我が父の望みを受け入れたのは、父のためではない。
我欲のためだった。
九尾の巫女は狡猾だ。我は奴に心底を隠し続けた。ただ、四季を幸せにしたい…とそれだけを思い続けて。
そして、九尾の巫女は四季に「大蛇の巫女となるように」と告げた。
四季は我を拒まず受け入れたが、四季の心から縁の影が消えることはなかった。
その日、四季が初めて涙をこぼした光景を、我は決して忘れぬーー
***
大蛇「我が求めるものは……四季、そなたの”心”だ」
白夜「ならぬ!!」
白夜の緊迫した叫びが響き、場が一瞬で騒然となる。
僕達は直ちに臨戦体制へと入った。
四季が胸を押さえ、その場に崩れ落ちる。
縁「…四季!」
縁がすぐにその身体を抱きとめた。
四季「…胸が…張り裂けそうに痛い…」
縁「っ、掴まれ!」
朧も駆け寄ろうとするが、目の前の異様な光景に足を竦める。
朧「こ……これは……」
白かった大蛇の身体はみるみる黒紫に染まり、一つだった首が、ひとつ、またひとつと増えていく。その光景はあまりにも禍々しいものだった。
白夜「なんということを……」
月狼「あ、あれは一体……」
空藍「月狼、下がれ!」
彩葉「楓、血結界を! 早く!」
楓「っ、はい!」
だが恐怖に震え、楓の術は上手く発動しない。
彩葉は迷いなく自分と楓の腕に小刀を滑らせ、楓の血と混ぜ合わせる。
彩葉「血結界・紅縛陣!」
赤い網目状の結界が広がりると僕達を包み込んだ。
月狼「何が起きてるんですか?!」
彩葉「“contract”は本来、神獣の力と人の身体能力を交わす術……
でも、大蛇は“心”を代償に求めた。
その代償には“呪い”がついてくるの……」
大蛇は黒紫の呪気をまとい、十首頭の姿へと変貌を遂げ、その姿はもはや神獣と言うよりは魔獣と化していた。
朧は恐怖にひれ伏し、崩れ落ちる。
大蛇「……”縁”……”縁”……”エニシ”……」
この世のものとは思えない錆びたような声で縁の名を呼ぶ大蛇。
縁は四季を安全な場所に移し、彼女の腕の変色に気づいて目を伏せた。
縁「…ここに居ろ。いいな」
四季「…縁…死なないで」
縁「………」
縁は何も答えず、その手を一度強く握り…
静かに離した。
そして朧の元へ向かう。
縁「朧、立て」
朧「む、無理だ……こんな化け物…人間が勝てるわけが……」
縁「怯むな、朧!」
朧は恐怖に呑まれ、その場から立ち上がることさえ出来ず、徐々に意識が遠のく…
その時――
生温い風が吹いた。
周囲の音が消え、
肌が逆立つような“黒”の気配を近くに感じた。
月狼「………黒がやって来る」
彩葉・楓・空藍「!!!」
朧「呼寄術――漆黒ノ夜叉」
朧は呼寄術を使い夜叉を呼び寄せた。
縁「っ?!」
朧の瞳に生気は無かった。
白夜「…なんと…そうか…喰われたのは朧の方だったか」
白夜は悔やむように呟く。
夜叉「恐怖は、魂の隙間に最もよく染み込む」
白夜「夜叉…」
夜叉「お前はいつも見誤るな…白夜」
夜叉が現れ、朧の意識は身体と共に完全に崩れ落ちた。
夜叉「恐怖に落ちた奴を操る事は容易い事だ」
縁は深緑の刀を抜き、朧を庇うように立つ。
右に夜叉
左に大蛇
絶対絶命の状況__
***
空藍「助けないと!!」
彩葉「だめよ!この結界を解いたら、もうあなた達を守れない!」
楓「で、でも……縁さんが!」
月狼「一人じゃ無茶です!」
彩葉「…縁は、その覚悟で夜叉の前に立っているのよ」
空藍「…そんな…」
見守る事しか出来ない状況が憎らしかった。
***
夜叉「窮地に立たされても心が折れぬとは…見上げたものだ」
縁「…この程度で折れる心なんて最初から持ってねぇよ」
夜叉「…お前は面白いな…その強さに敬意を込めてやろう」
縁「…敬意だと?」
夜叉「そうだ…俺は白き者と違って多勢に無勢は好まない…」
白夜と夜叉が互いを鋭く射抜く。
凍る空気。
夜叉「大蛇と貴様の戦いの間、俺は手を出さないで見ててやろう」
縁「……何を企んでる?」
夜叉「呪いに抗ってみせよ、縁よ」
その刹那、大蛇が咆哮をあげながら縁へと飛びかかってきた――




