第十七話・道
どうして気づかなかったのだろう。
下ばかり見ていたからだ。
上にも道はあるというのに。
【第十七話】
白夜が隠れていた大蜘蛛を呼び寄せ、蓮の葉で封じられた口をそっと撫でると、朧の術は静かに解けていった。
白夜「大蜘蛛よ、そなたを惑わせる影は去った。私の頼みを聞いてくれぬか?」
天から細く白い糸が垂れ、蜘蛛はその意思を示すように優雅に体を揺らした。
白夜「皆、その糸を掴むといい」
言われるまま糸を掴んだ僕達を、するすると天へと引き上げ鳥居のような場所へと運んでいく。
楓「す…すごい」
空藍「まさか、こんなからくりがあったとは…」
月狼「……」
空藍「どうした?元気ないな」
月狼「そんな事ないよ」
空藍に感づかれたくなくて、僕は視線を逸らした。
***
___道中
白夜「月狼、こちらへ」
目的地へ向かう途中、白夜様が僕を呼んだ。
白夜「彩葉、すまないが皆を先に案内してくれぬか?」
彩葉「承知。みんな、行くわよ」
空藍が何度か振り返りながらも、彩葉先生達と先へ進む。
白夜「…押し込める事はない」
その声に胸がざわついた。
隠そうとしても白夜様に隠しきれないと分かっていたからだ。
月狼「…何も…出来なかった…」
夜叉との戦い。
焦るばかりで、空藍も、自分さえも守れなかった。
月狼「不甲斐ない…力を合わせて夜叉を跳ね除けたのは僕以外の人達だ。僕は何もしていない…」
胸の奥で、影が重く沈む。
白夜「月狼よ、おぬしの力は恵か、それとも災いか。私にもまだ核心は無いと言ったことを覚えているか?」
月狼「…はい」
月狼「…僕は、やはり災いなのですか?」
声が震え、項垂れる。
地の底に沈むような感覚だった。
白夜「…そなたの中には確かに闇がある。しかし、光もあるのだ」
白夜の手が優しく僕の前髪をかき上げる。
白夜「異色の眼を持つ者よ。おぬしは黒を呼び寄せると言ったな?だが、おぬしは白も呼ぶのだ」
月狼「…白を呼ぶ?」
白夜「そうだ。影溜まりの地で白がそなたに力を貸しただろう。あれは偶然ではない」
あの瞬間が蘇る。
胸の奥で何かが弾け、その願いに応じるように光が辺りを照らしたことを。
白夜「…おぬしは、自分に価値が無いと思っておるようだが、そうではない」
その声はいつもより穏やかで、見つめられても胸がキリキリと痛む事は無かった。
白夜「おぬしには想像を絶する程の価値がある。それは、我等にとっても夜叉にとっても同じだ」
月狼「僕…が?」
白夜「おぬしがどちらに染まるか…それこそが重要なのだ」
月狼「…もし、僕が汚れを…黒を受け入れてしまったら?」
白夜「そうならぬように、友がいる…」
空藍と、楓の顔が浮かんだ。
白夜「おぬしはもう独りではない。守るべき友がいる。あやつとは違う。だから、私はそなたを信じる。そして、そなたが選ぶ道があやつとは異なる事を願っておる」
胸が熱くなる。
白夜「さて、我らも先を急ぐとしよう」
月狼「はい」
***
空藍「月狼、やっと来たか」
駆け寄ってくる空藍。
楓もつかさず側に来る。
楓「空藍は本当に過保護だよね…まるで犬みたい…ふふ」
月狼「そうだね…クスッ」
空藍「…笑うなよ」
楓「だ、だって…ねぇ?ふふふ」
空藍「笑うなって」
月狼「…無理だよ」
白夜はその様子を、まるで成長を見守るような眼差しで眺めていた___
***
先に進むと…
やがて白い大きな岩の前で立ち止まる。
その石の上に、四季の猫・雪が軽やかに飛び乗った。
雪「にゃーお」
楓「ね、猫ーちゃん、こっちおいで」
雪は楓の呼び掛けを無視し、空を見上げる。
月が雲からゆっくりと姿を出し掛けていた。
白夜「……もう、この地で”猫を被る”必要は無いだろう」
その一言で、空気が変わる。
雪の体が大きく波打ち、骨が軋む音が響く。
白い毛皮はうねり、巨体へと膨れ上がり──
大蛇へと姿を変えた。
白夜「古き友よ…暫くぶりだな…」
大蛇「真の身体は、やはり良いものだな…」
月狼・楓・空藍「!!!」
大蛇は人の言葉を口にし、僕たちは声を奪われた。
朧「…話は聞いていたが…本当だったとは…なんと神々しい…」
楓「ま、まさか…雪ちゃんが…」
月狼「…白き大蛇」
空藍「…ってこと、四季さんは…」
視線が一斉に四季へ向く。
その中で、ただ一人…
縁だけは静かに目を伏せていた。
四季「……私は、八岐大蛇の世継ぎに選ばれた巫女となるものよ」
その声は微かに震えているように聞こえた。
白夜「四季は今宵、”contract”…契約の儀を大蛇と交わす者だ」
その瞬間、大粒の雨が静けさを叩く。
まるで、世界そのものが泣いているようだった──




