第十六話・四天守護神獣
それは救いか
それとも呪いか——
【第十六話】
影溜まりの池に、白夜と彩葉が静かに姿を現した。
冷えた空気が揺れ、縁がすっと白夜の前に立つ。
白夜は縁をしばらく見つめ、すべてを見ていたかのように目を細めた。
白夜「大変だったな…だが、団結し、よく危機を脱した。縁よ…よくぞ皆を守ってくれた。礼を言う」
縁「恐悦至極でございます」
白夜「ここから先へ進む前に、おぬし達には語るべき事がある。そなた達の中には、もう気づいている者もいよう」
そう言いながら白夜はゆっくりと僕の目を見つめた。
その視線が胸の奥を揺らす。
やはり——白夜様には、心が読めている。
白夜「我は四天守護神獣の巫女だ」
楓「巫女…」
空藍「まさか白夜様が…」
二人は白夜を見る。
白夜「さよう。私が契約を交わした神獣は《妖狐・九尾》」
朧「九尾?!有り得ません!“contract”は実在する生物としか契約が交わせないはず!召喚獣のように創造上の生物では…」
縁「だったら実在するんだろ」
朧「!?」
縁「さっきの大蜘蛛を見たろ?妖とは呼ばれてるが、あれは神獣になりきれなかっただけの、とんでもなく長生きな蜘蛛だ。あいつが実在するなら、九本の尻尾の狐だって驚くもんでもねぇよ」
朧「まさか…九尾が実在するのか…」
白夜「縁の言う通り、九尾は太古より実在する妖狐だ。元を辿れば二股の尾を持つ狐だったと本人から聞いている。そこから長き時間を掛けて九つの尾を持つ九尾となった。今存在する神獣の中で二番目に長く生きることになろう神だ」
月狼(……生きることになろう?)
白夜の言葉の端に引っかかりを感じた。
楓「え…って事は、白夜様って今おいくつ?」
彩葉「楓、さすがに無礼が過ぎますよ」
楓「ご、ごめんなさい…」
白夜「よい。先日殺害された猿田彦は三百歳程の若き神獣だった。殺害されたのは二代目とその幼い血脈だ」
月狼「ニ代目…」
白夜「先代から共に五芒星の結界を守護してきたが…このような事態となってしまい、悔やまずにはいられぬ。奴の血筋は絶えてしまった…」
彩葉「白夜様…」
俯く白夜の横顔を彩葉が気遣うように見つめる。
朧「他にはどのような神獣がいらっしゃるのですか?」
白夜「《妖狐九尾》《鳥取神八咫烏》《蛇神八岐大蛇》《猿神猿田彦》…この四天守護神獣が五芒星の結界を貼り、巫女と共に大黒柱を守護してきた」
朧「八岐大蛇…まさかそんな頭が八つもある蛇など…」
縁「いや、いるだろ。九尾がいるんだから」
朧「しかし、頭八つはさすがに——!」
縁「狐も蛇も元々は実在する生き物だし、竜や麒麟と違って元が存在するなら、長く生きてりゃ頭も増えんじゃね?」
空藍「縁さんって意外と論理的なんですね」
楓「や、野生の勘だったりして…」
縁「ああん?」
楓「ひっ!」
白夜「縁は冴えておる。その通り、八岐大蛇は八頭の大蛇だ」
縁「ほらな?」
月狼「…野生の勘…」
縁「バカにしてんだろテメェら?!」
楓「してないですよー!…ふふ」
縁「笑ってんじゃねぇよ!待てこら!くそガキ!」
四季「縁!楓ちゃんをいじめない!」
楓を追いかけ回す縁を叱りつける四季。
朧「まさか…本当にそんな大蛇が…」
白夜「疑うな、朧よ。八岐大蛇はある神獣を封じるために生まれた大蛇なのだ」
朧「つまりどういう事ですか?」
白夜「八岐大蛇は生まれながらの神獣。生まれながらに頭が八つあり、八つの戦闘能力と八つの知恵、そして八つの意思を持つ戦の神——戦神だ」
朧「戦神…なんて偉大な神だ。縁もそう思うだろ?」
縁「朧、お前こういう類の話好きだったんだな。意外だわ」
朧は少し赤面する。
白夜「先代の大蛇には幼き頃に世話になった。八岐大蛇はこの世界で二番目に長く生きておる神獣だったが…ある神獣を封じる際に負った傷がじわじわとやつを蝕み続けた。近々、大蛇は生を終えるだろう」
月狼「そんな…それじゃあ封印が…」
白夜「だからこそ、そなた達とは行動を共に出来なかった。大蛇が去る前に準備が必要だったのだ。そして準備を終えるまで、我等は大蛇を夜叉から守らねばならなかった」
月狼(準備?…一体なんのだ?)
白夜「だが八咫烏が予言を伝えきた。それは不吉なものだった」
空藍「…どんな予言ですか?」
白夜「その呪いは触れずとも白を蝕み、黒を呼び寄せる…とな」
月狼「……」
胸の奥にひび割れた氷が胸騒ぎとなって沈み込む。
白夜「意味はわからぬ。大蛇に心辺りがあるかと尋ねたが、奴はもう口も聞けぬのだ。消えかけた心の灯火を探るのが精一杯だった…」
月狼(その予言…もしや僕と…)
一抹の不安が過った。
白夜は僕の異色の瞳を注意深く見つめる。
その濁白の眼に疑念があるのは確かだった。
白夜「一つだけ確かにわかるのは、その予言が大蛇の“世継ぎ”に関係していることだ」
四季「……」
縁「……」
朧「どうかしたのか?二人とも?」
縁「いや、何も無い」
朧「…?」
四季「……」
雪「にゃーお」
四季の足元に、雪が擦り寄った。
彼女は力無く微笑み雪の頭を撫でると雪は満足そうに四季の肩に飛び乗る。
白夜「…縁、四季をよくぞ守った」
縁「……御意」
縁はただ静かに頭を下げた。
白夜「これから会いに行くのは、その大蛇の世継ぎだ」
その瞬間、上空から風が降り注いだ。
泣き声のような、怨嗟のような、名のない音。
誰かの最期の叫びのようにも聞こえた。
そしてそれは、これから始まる“何かの終わり”の合図のようでもあった。




