第十五話・影溜まり
僕には何ができるだろうか…
君を守る力が無いなら…
せめて君を照らせる光になりたい
【第十五話】
影溜まりの地
そこは生い茂る木々の隙間からわずかに月光が落ちるだけの、鈍色の池が点在する薄闇の空間だった。
視界は悪く、気を抜けば仲間の姿を見失うほどに。そして何よりも厄介だったのは、足元の異様な弾力だった。
月狼「なんだこの床…弾んで歩きづらい」
空藍「上手く重心を取らないと足元をすくわれるぞ」
そんな中、四季の肩から白猫の雪が静かに降り、先へ歩き出す。
まるで僕たちを導くように。
四季「雪、どこにいくの?」
雪「にゃーお」
朧「猫は暗闇でもよく見える。状況を我々より掴んでいるのかもしれんな」
縁「……おい」
縁「…何か来るぞ」
その一言で空気が張りつめた。
耳を澄ませば、かすかな生物の気配——
聞き逃しそうなほど微細な音。
空藍「月狼、俺の後ろに」
月狼「うん、わかっ…」
言い終わる前に、僕の身体は宙へ跳ね上げられた。
月狼「う、うわぁー!」
薄闇の中を僕の影が舞う。
空藍「っ!!」
楓「た、助けなくちゃ!」
縁「ちっ、行くぞ!朧」
朧「承知」
次の瞬間、縁は指で印を描くと彼の翠緑色の瞳が明るく光る。
縁「これは…とんでもねぇな」
彼は暗闇の中を舞う僕を見上げながらそう呟いた。
朧「縁、何が見えた?」
縁「蜘蛛だ。とんでもなくでかい大蜘蛛の妖、そいつがあのガキを今にも食おうとしてるぜ」
空藍「っ月狼!」
焦りとは裏腹に自分が何をすべきなのか見当もつかない。
朧「先ずは、この視界の悪さを何とかしなければ太刀打ちも出来ないな」
朧は目を閉じ、低く詠じた。
朧「呼寄忍術・陽輪招来──照射」
眩い陽輪が池一帯を照らす。
そこに姿を現したのは巨大な大蜘蛛の妖。
そして僕たちが立つ床は
————————————蜘蛛の巣だった。
楓「こ、こんなに大きいのに動きの音がしない…」
四季「楓、恐れないで。修行を思い出すのよ」
実戦初日。鍛錬の差がそのまま震えとなって身体に現れていた。
四季「楓、危ない!」
鋭い大蜘蛛の足が楓へ迫る。
四季「纏え、怪猫憑!」
雪「にぃぎゃおおおッ!」
四季の声と同時に、雪が大蜘蛛と同じほどの巨体へ変じ、楓を守った。
四季「雪、大蜘蛛の動きを止めて!」
巨大化した雪が飛び掛かるも、大蜘蛛は糸で応戦し動きを鈍らせる。
四季「雪っ! 解け、怪猫憑!」
雪は元の姿へと戻り、糸の束から軽やかに抜け出した。
朧「巣を広げられると厄介だな…」
四季「えぇ…」
朧「ならば、呼寄忍術・影咲ノ蓮──静寂」
黒い蓮の葉が大蜘蛛の口を塞ぎ、糸の生成を封じた。
月狼「す、凄い…」
逆さ吊りのまま、思わず声が漏れる。
朧「ただの時間稼ぎに過ぎない。危険は去っていないから気を抜くな」
その通り。大蜘蛛は口を封じられた事に怒り狂い、僕をさらに強く締め上げた。
四季「纏え、怪猫憑!雪、月狼君を助けて!」
再び巨大化した雪が大蜘蛛へ跳躍し、僕を守るため突進する。
その瞬間、大蜘蛛は僕を放り捨てた。
月狼「——っ!」
空藍「っ月狼ーーー!!」
空藍の青ざめた顔が瞳に映った。
あの距離では僕を助けるのは無理だろう__
死を免れる為に身体を捻ろうともがくが
迫り来る床は時を待ってはくれない。
”あぁ…僕はやっぱり無価値だった”
月狼「ごめん…空藍…」
頭が床に叩きつけられる寸前、誰かの影が僕を攫った。
月狼「………生きて…る…?」
恐る恐る瞼を開けると…
縁「俺様のおかげでな?」
一番遠くにいた筈の縁が僕を抱き抱えていた。
空藍「月狼っ!良かった…間に合わないかと…」
縁の腕から僕を強く抱き寄せる空藍。
その時に与えられた苦しみはとても心地が良く温かった。
縁「おい、情けない面晒すな…空藍」
空藍「っ、はい…」
その時、怒り狂った大蜘蛛の鋭い足が縁の背後に迫る。避け切れるような速さでは無い。
月狼「縁さん!っ危ない!」
肉を引き裂く鈍い音がした。
”グサッ”
響き渡る悲鳴…
朧「……縁」
朧「お前はそんな雑魚にやられる程やわじゃないよな?」
縁「…当たり前だろ」
大蜘蛛「ギィヤァァァァァァァ!」
ハッとした。あまりに綺麗で無駄のない刀捌きだった。一本の足を失いもがき苦しむ大蜘蛛。縁の手には深緑色の刀が握られていた。
縁「おい、そこの雑魚。
今からもっとお前のこと鳴かせてやるよ…」
そう言って彼は刀を振り上げると、目にも見えない速さで大蜘蛛に切りかかろうとし__
____だが、彼は直ぐにその手を止めた。
縁「………」
四季「縁?」
縁「……空藍、そいつ抱えて下がれ」
空藍は言われるがまま僕を抱え、その場から距離を取る。
蜘蛛は何かに怯えるように姿を消した。
すると鈍色の池の中から人らしき影が浮き上がる————
朧の照し出した光はゆっくりと闇の中へと吸い込まれていった。
縁「……何者だ?」
その者の出で立ちは黒い鬼のような面で覆われていて異彩を放っていた。
「その女を渡してもらおうか」
頭に激痛が走った。
この声を僕は知っている。
この底知れない禍々しい気配も…
月狼「……夜叉」
四季・朧・楓「!!!」
その存在を初めて間近にした三人は目を見開いた。
夜叉「その女を渡せば…今宵誰も命を落とすことは無い」
夜叉の指差した先にいたのは四季だった。
空藍「楓、術を…」
楓「う、うん!」
楓は指を噛み、血結界の壁を生み出すと四季と僕を壁の中へと招き入れる。そこに主人を案じてか雪も滑り込んだ。
月狼「空藍、君も——」
そう言って手を伸ばす…
空藍はそんな僕の手を拒むように結界の外へと出た__
縁「……なぜ四季を狙う」
夜叉「そのわけを、お前はわかっているのではないか?」
縁は答えない。
四季「……」
夜叉は、鈍色の池の水を凍らせて黒い刃を放つ。縁の頬から血がひと筋流れた。
夜叉「俺の刃を弾いたか。だが全部を捌けるか?」
縁「…やってみろよ」
激しい刃の雨が縁を襲う。
援軍に回る朧。
朧「縁!呼寄忍術・影鎖蛇──毒牙!」
灰蛇が夜叉に襲いかかるが——
夜叉は一瞬でその蛇の首を刎ねた。
夜叉「ほぅ、呼び寄せ術か…おもしろい」
朧が硬直する。恐怖が朧の顔を歪めた。
そして、夜叉は決してそれを見過ごさなかった。
夜叉「…冥呼召喚」
夜叉「喰らえ…鬼冥羅」
現れた悪しき獣は獅子と龍を掛け合わせたような異形の召喚獣。その目はあの夜に見た血紅色の眼だった。
獣が朧の恐怖の匂いを嗅ぎつけ突進する——
”キンッ”
空藍が刀でその鋭い爪を弾いた。
空藍「朧さん、早く楓達のところへ!」
朧「っく、すまない…!」
獣はそんな二人に容赦なく再び襲いかかる。
月狼・楓「っ空藍ーーー!!!!!」
絶体絶命___
誰しもがそう思った。
縁「召縁術・翠龍招来」
鋭い翠緑色の眼が闇夜に照らし出される。
鬼冥羅はその圧倒的存在を感知し、獲物の矛先を変えた。
空藍「…嘘だろ…」
それは、縁が創り出した翠龍の召喚獣だった。
楓「空藍!早く!!」
縁が鬼冥羅の気を引いている隙に空藍は朧を抱えて結界術の中へと駆け込む。
激しくぶつかり合う翠龍と鬼冥羅。
轟く音が池を震わせる。
楓「こ、こんな戦い見たことないよ…」
朧「…縁」
四季「…お願い…負けないで…縁」
その光景を皆が固唾を飲んで見守っている。
”一体僕は何をしているだ”
不甲斐ない自分に憤りを感じていた。
”守りたい…僕も…みんなを守りたい…”
その時だった。
四季の猫が僕に擦り寄る。
すると、外の世界に眩い光が差し込み始め辺りを照らしていく。
夜叉「…忌々しい白め…」
奴はそう告げると悪き獣と共に闇の中へと姿を消した___
安全を確認すると、四季は直ぐに縁の元へ駆け寄る。
四季「縁っ!」
縁がその声で振り返ると、四季は彼の懐に勢いよく飛び込んだ。
四季「馬鹿!無茶ばっかりして!本当に馬鹿っ!あんたなんか大っ嫌いよ!」
縁「…それ、命を懸けた奴にいう言葉かよ?」
そんな四季を縁は不器用にそっと抱きしめて宥める。
雪「……にゃお」
雪は主人を見つめ、月に向かって鳴いた。
その声はまるで泣いているようだった。




