第十四話・頬の傷
その想いは誰かにとっては
苦しみなのかもしれない
【第十四話】
僕たちの訓練が始まって、秋が過ぎ、冬が訪れていた。
“ドンッ!!” “バシン!!”
激しく何かが弾ける音が周囲に響き渡る。
楓「わ、私……ちゃんと“盾”になれてましたか……?」
四季が楓の肩にそっと手を置いた。
四季「大丈夫。あれだけ私の乱撃を防いだのだから、胸を張っていいよ。楓」
楓「は、はい!!」
楓はもう、自分の技を戦闘中でもある程度使いこなせるようになっていた。
それは空藍も同じで──
“カンッ! ガンッ!! カンッ!!”
木刀が激しく打ち合う音が稽古場に駆け巡る。
縁「そうだ。もっと挑んでこい!」
空藍「っ……はい!!」
ぶつかり合う斬撃。
縁の動きは、なお速く強い。
だが空藍は、その速さに確かに追いつき始めていた。
そして──
“ガンッ!!”
縁の木刀が二つに折れる。
縁「……やればできるじゃねぇか」
誇らしさを隠さず、縁が言った。
空藍「……縁さんが片手だったからですよ」
縁が力を抜いていたとはいえ、空藍の成長は確かなものだった。
そして、僕は___
朧「……影よ、来たれ」
鈍色の霧が僕の周囲に立ちこめた。
冷えが肌を刺し、不穏な空気が足元から這い上がってくる。
僕は息を整え、目を閉じ、ただ気配を読む。
空気がさらに冷え、吐く息が白く凍った。
朧「君に、耐え抜けるかな?」
月狼「……閉ざす。決して通さない!」
次の瞬間──影が暴れ出すように四方へ広がり、僕に向かって鋭く襲いかかる。
”ドンッ”
胸に重い衝撃が走った。呼吸が詰まる。
影は僕の内側へ入り込もうと、じりじりと意識を侵しにくる。
僕だけ──ここで負けるわけにはいかない。
その瞬間、影はもがくように僕の頬へ爪を立て……静かに霧散した。
月狼「…た…耐えた…ハァハァ…」
朧「まぁ、合格だね」
月狼「あ……ありがと……ございます!」
呼吸は荒いままだったが、以前のように身体を奪われる事は無くなっていた。
傷も、頬を掠めた程度で済んでいる。
(強くなれる…僕だって…もっと!)
強くなる事が僕の存在に価値を与えてくれたような気がして嬉しかった。
***
月狼と空藍の部屋
訓練が終わり、世界が夜の静寂に包まれた頃──
空藍「……ごめん、起こしたか?」
静かな声が耳をくすぐった。
月狼「……ううん、大丈夫」
寝ぼけ眼を擦りながら、僕の頬に触れていた空藍へ問いかける。
月狼「……なに、してるの?」
空藍「なんでもないよ。おやすみ、月狼」
その横顔には、いつも通りの優しさと疲れが滲んでいた。
日を追う毎に訓練での空藍の傷の数は増えるばかり──
ふと、彼の頬に見覚えのある傷があるのに気づく。
月狼「その頬……僕の怪我だろ?寝てる間に移したのか?」
空藍「……ばれたか」
ごまかすように笑う空藍。
月狼「そんなことしないでくれよ? 君が必要以上に傷つくのは嫌なんだ…前にも言っただろ?」
これまでにも何度か訓練中に怪我を負ったが、そのたびに空藍は僕の痛みを自分へ転換させていた。
僕はそれを一度も望んだ事は無いのに…
空藍「怒ると思ったから、ばれたくなかったのにな」
月狼「空藍!」
やるせなさが込み上げ、声を荒げた。
空藍「わかった。悪かったよ。もうしない」
そう言って冷たく背を向ける空藍。
月狼「……怒ったのかい?」
空藍「怒ってないよ。怒ってるのは月狼の方だろ?」
月狼「だって、それは……君が……」
(大切だから……)
言葉が喉で詰まる。
拒絶されるのが怖くて、飲み込んだ。
月狼「……怒らないでくれ。空藍……ごめん」
俯いた僕の顔を、紫紺の瞳が覗き込む。
その瞳に見つめられると、心の奥まで見抜かれる気がした。
空藍「怒ってない。俺も月狼が大切だから痛みを取りあげたかったんだ」
そう言って、少しだけ悪戯っぽい笑みを見せる。
どうして、君にはいつも僕の気持ちがわかってしまうのだろう。
これも、鎖の絆の力なのだろうか?
月狼「……僕も……君が大切だよ」
空藍「あぁ、わかってる」
月狼「だから……もう、僕の痛みまで背負わないで」
空藍「……そろそろ寝よう。月狼」
会話はそこで途切れて終わった。
***
翌朝。
目を覚ますと、彩葉先生が楓と共に部屋へ入ってきた。
彩葉「白夜様がお呼びよ。支度をしなさい」
月狼・空藍「はい」
先生と会う機会は月日が経つにつれて減っていた。
白夜様も、あの日以来ほとんど姿を見せていない。
それでも──
先生は折を見て、必ず僕たちの様子を確かめに来てくれた。
目的地へ向かう道中──
僕はあることに気づいていた。
楓の空藍を見る視線に、情があることを。
それは、友としてのそれではなかった。
楓「空藍と月狼君は、よく眠れた?」
空藍「いや、月狼が怒って寝かせてくれなかった」
楓「えっ?! 喧嘩したの?」
月狼「してないよ。空藍はすぐ楓を揶揄う」
楓の頬を桜色が少し掠める。
ホッとしたような、戸惑っているようなそんな表情。
楓「な、なんだ……嘘か。よかった……」
月狼「……怒りはしたけどね」
楓「えっ、ど……どっち?」
空藍「そういう月狼も楓のこと揶揄うじゃん?」
月狼「別に揶揄ってるわけじゃ──」
ふと、空藍の視線の先を追うと…
そこには彩葉先生の姿があった。
そして楓もまた、空藍のその視線に気づいているのだろう。
俯き、ぎゅっと手を握る楓。
この時、僕ははっきりと気づいてしまった。
楓の想いも
空藍の想いも___
***
白夜「さて──基盤の学びは終わった。
だが、使命の始まりはここからよ」
白夜の背後、白樹の根元にひとつの石碑が浮かび上がる。
白夜「三人には“月の忍び”としての初任務を告げよう」
空気がひりつく。
訓練の緊張とはまったく違う種類の気配。
白夜「封印の地──『影溜まり』が揺らいでおる。今宵、ほんのわずかに開いた“隙間”を塞いでまいれ」
月狼「僕たちだけで、ですか……?」
白夜「無論、そなた達と共に縁達も同行させよう」
縁が一歩前へ出る。
縁「御意」
静かに頷く白夜。
白夜「影溜まりに近づけば、再び黒が囁くやもしれぬ」
心臓が強く打った。
白夜「月狼よ、そなたの眼を見ればわかる。よい眼差しとなった。修行の成果を見せよ」
月狼「……はい」
胸が熱くなる。
逃げられない。けれど、それでいい。
白夜は月光を背に、僕たち六人を見渡した。
白夜「行け。
夜が深まれば、影もまた増す。
──間に合ううちに」
白い風が、足元をさらりと撫でた。
白夜「…縁、くれぐれも頼んだぞ」
縁「承知」
四季「……」
そして僕たちは、初めての任務へと踏み出す。
胸の奥では、まだ影のざわめきが微かに渦巻いている。
けれど──
空藍と楓の気配がすぐ隣にある。
それだけで、前へ進む勇気が少しだけ湧いた。




