第十三話・月の忍び
1人では無理でも
独りじゃなければ出来るのだと知った。
【第十三話】
月狼・空藍・楓「……試練?」
白夜は残った黒い紙を握りつぶし、
手の中で燃やすとその灰を月光へと放つ。
次の瞬間──黒い灰が光を拒むように逆流し、辺りを黒霧で満たしていった。
ドクドクと、脈打つ心臓。
背骨を忌まわしい影が這いずる感覚。
黒が僕を侵食し始める。
白夜「……来るぞ」
その言葉と同時に黒い灰が刃のように僕らへと襲いかかった。
楓「危ないっ……!」
楓が瞬時に指を噛み、血の結界壁を展開し灰を弾く。
しかし、弾かれた灰は煙へと形を変え、そのまま僕の中へ流れ込んだ。
(抗うな…沈め…溺れろ…)
骨の内側で響く声。
呼吸が切れ、膝が落ちた。
黒が僕を誘惑する。
一人じゃ抗いきれない。
助けて…助けて…
月狼「か、空藍…助けて…」
空藍が僕の胸に手を添えた。
まるで肺から黒を引きずり出すように。
空藍「月狼、俺の声に集中するんだ。奴の声じゃなく、俺の声を聞け」
(…堕ちろ…抗うな…苦しむな…)
月狼「く、苦しい…空藍…」
空藍「大丈夫…月狼。そのまま、俺にだけ集中して…」
(抗うな…なぜ抗う?…溺れろ…)
月狼「かはっ!…息が…くる…しぃ…」
空藍「抗え、月狼ならできる。抗うんだ…奴じゃなく俺と繋がれ月狼!」
”溺れない…僕は抗う。
お前とは繋がらない。
僕が繋がるのは______”
月狼「…僕は…………空藍を選ぶ!」
そう言うと、黒い影はもがくように散りばり僕の中から黒い霞が晴れた___
***
白夜「……よくやった。三人とも」
その静かな声は、誇らしそうに微かに弾む。
雲が割れ、月光が一筋の槍のように貫いた瞬間。
その光は僕達の足元から爆ぜるように広がり、影という影が月の光で浄化された。
楓「や、やったぁ!私達、やったよ!」
空藍「あぁ、やったな。立てるか?月狼?」
月狼「う…うん」
ふと、光の中に気配を感じた──
その時、ようやく僕達を囲むように数十人の忍び達が膝をついていた事に気づく。
その中には彩葉先生の姿もあった。
白夜「今宵より
そなたらは──月の忍びである」
月光が僕達を照らし、
足元に落ちる影さえも白く染まっていった。
”月の忍び”
”陽の忍び”の上忍の中から最も優れた忍びだけを集めた先鋭部隊。伝説的忍びの軍隊だ。
月狼「月の忍び…これが…」
驚く僕を横目に白夜は静かに続く。
白夜「おぬし達三人には、まず戦いの“基盤”を作ってもらう。迫る脅威に備えておく事が必要だ。特に月狼、おぬしはな…」
そう言って、白夜は手を二度叩いた。
白夜「…その為には、師が必要だろう」
月光が地面に白い輪を描き、その円の中に三つの影が立っていた。
一人目は深緑と灰色の髪に鋭い目をした青年。
二人目は水色の美しい長髪を束ねた青年。
そして、三人目は桜色の髪をなびかせながら、白猫を肩に乗せた女性だった。
白夜「紹介しよう。この三名が、そなた達の“導き手”だ」
三名は同時に軽く頭を下げる。
深緑の青年「縁だ。今日からお前ら三人の面倒を見る」
水色の青年「同じく朧」
桜色の女性「同じく四季よ。よろしくね」
縁はぶっきらぼうに頷き、朧は無表情、四季は優しく微笑んだ。
そこに白夜が静かに言葉を重ねる。
白夜「彼らは、そなたらよりニ年早く月の忍びとなった。技も、知恵も、心得も一流だ。
しばらくは三人の指導を受けるといい」
彩葉「白夜様…そろそろ」
白夜「あぁ、わかっている。私達は夜叉の思惑を食い止めねばならない。時間も人力も足りぬ。縁、朧、四季、一刻も早くこの三人を鍛えておくれ」
縁・朧・四季「御意」
そう言い残し、白夜は月光の中へ他の月の忍びの者達と姿を消した___
淡い静寂を破ったのは、縁の短い声だった。
縁「……立て、三人とも」
その声には厳しさと実直さが伺える。
縁「まず言っておくぞ。お前達の戦闘は雑魚だ。少しの才能に恵まれているだけで後はまるでなってねぇ」
四季「縁!初対面でそれはないでしょ?焦らなくていいよ。今日は無理をさせるつもりはないからね」
そんな四季の言葉に舌打ちする縁。
縁「…ちっ」
朧「僕は縁に同意するけどね。君達はまるで戦闘を扱えていない。子供のごっこ遊びだ」
四季「朧まで!本当ごめんね、悪い奴らじゃないのよ」
二人の悪態を詫びる四季。
縁「先ずはお前達に戦闘の基礎を叩き込む。いいか?今この時から、好きなだけ休息を取れていた日々の事を忘れろ。朧、頼んだ」
縁がそう言うと朧は指を鳴らした。
次の瞬間、僕達の前に各自一本ずつ木刀が置かれていた。
月狼「呼び寄せ術…」
呼び寄せ術は古き時代の秘術で、扱える後継者はもう断たれたと言われていた。驚きを隠しきれない僕の表情に朧は口角を少し上げる。
縁「…拾え」
僕達は戸惑いながら、用意された木刀を手にした。
縁「…いくぞ」
木刀を構えきるよりも早く世界が反転していた。体は地面に叩きつけられ、痛みで呼吸が一瞬止まる。
月狼「…っ!」
空藍「…早すぎだろ」
楓「み、見えなかったぁ…」
四季「縁!あんた女の子にまで…少しは手加減してあげなさいよ?!」
縁「それじゃ、稽古と言えねぇ」
朧「四季は甘い過ぎるね」
四季「この性悪共め。わかった、各自担当を決めましょう?私は楓ちゃんを貰うわ!」
そう言って楓の手を握る四季。
楓「え?あ、はい!よ、よろしくお願いします!」
縁「…なら、俺は空藍。お前だ」
人差し指で空藍を呼びつける縁。
空藍「頼みます」
朧「じゃあ、僕には君しか選択肢は無いね。鍛えてあげるよ」
顎で僕を示しながら、そう告げる朧。
月狼「…お願いします」
_その日から、縁の言う通り僕達に好きなだけ休息を得る日々は消えた_
縁「空藍は芯は強いが、体のキレが硬い。腕に力が入りすぎだ。この肩の力、全部いらねえ。力は最後の一寸で使うものだ」
空藍「なるほど」
四季「楓は守備術の才能があるけど、瞬発力が足りてないわね。自信が足りないから判断が鈍るの。自分を疑ってはダメだよ。信じるの」
楓「は、はい…!」
朧「君は潜在が大きい分、色々と不安定だな。器が大き過ぎるから隙間が生まれるんだ。先ずは狭くする事を覚えな」
月狼「…狭く…」
各々、それぞれの弱点を無くす日々が続く。
来る日もー
縁「あくびがでるな。今のお前なら寝てても殺せるぜ?」
空藍「…っ、もう一度お願いします!」
来る日もーー
四季「楓!もっと解き放っていいの!本当の自分を受け入れて!あなたなら出来る!」
楓「わ、私は…もっと出来る…!」
来る日もーーー
朧「君は呼吸一つ乱れるだけで黒が騒ぐ。いつまで空藍に甘えるつもりだ?自分で制御しなよ」
月狼「く…!抑え…こむ…僕がっ!」
地獄のような日々が、季節を変えるほど続いた___
***
稽古の合間、四季は自分の飼い猫を撫でながら空藍を見つめ微笑む。
四季「空藍君、本当に真っ直ぐでいいね。あの縁のしごきに耐えるなんて」
楓が小さく言う。
楓「空藍は、仲間思いだから……」
四季がふと楓の方を見る。
四季「あら?楓、ひょっとして……空藍君のこと、好きなの?」
楓の頬は桜色に染まった。
楓「で、でも……空藍にとって私は妹みたいなものだから……」
その瞳は切なげだった。
四季は脚を組み、ぽつりと言う。
四季「……辛いよね。
想いって、時々……残酷だから」
四季の視線の先には、
深緑の背中______縁がいた。
その瞳は、どこか痛みを抱えた者のように月の光に沈み白猫は四季に擦り寄りながら悲しげに鳴いた。




