第十一話・白夜
その力は恵か
それとも災いか
【第十一話】
彩葉先生は、僕らを里の外れにある静かな池の前へと連れてきていた。
彩葉「飛び込みなさい」
月狼・空藍・楓「…え?」
返事をする間もなく、僕たちは背中を押され、冷たい水面へと叩きつけられた。
――バシャン。
視界が揺らぎ、上下が反転する感覚。
次の瞬間、僕たちは池の前ではなく、隠れ里の大地の上に立っていた。
彩葉「行くわよ」
呆然とする僕らを置いて、先生は平然と先を歩いていく。
辿り着いたのは屋敷……ではなく、その敷地の奥に立つ白い木の前だった。
彩葉「彩葉です。お連れしました」
まるで人に話しかけるように、先生は木に声をかける。
空藍「…これ、木…だよな?」
楓「う、うん…」
二人が小声で囁き合っていると、白木の幹がゆっくりと裂け、内部の“入り口”が顔を出した。
彩葉「お先にどうぞ」
僕たちは不安と好奇心を胸に中へと足を踏み入れると、そこは広間になっていて障子の向こうに気配を感じる。
彩葉「月狼・空藍・楓の下忍三名を連れて参りました」
???「…入れ」
低く響く声。
緊張が走る。
彩葉「御意」
障子が開かれ、
姿を現したのは__
楓「が…学園長先生?!」
学園長「よく来たな、おぬしたち」
そこに居たのは灰白色の老人、学園長だった。
直ぐ側に白装束のくノ一が控えているものの、その存在感は薄い。
ただ、その空間には重い気配が満ちていた。
学園長「…下がってよいぞ」
くノ一「御意」
くノ一は影のようにその場を退く。
月狼「どうして、僕達をここに?」
彩葉「守っていただくため。そして同時に鍛えて頂く為よ」
脳裏をよぎる、血に塗れたあの屍達の残像。
学園長は彩葉先生を一瞥し、こちらへ視線を戻した。
学園長「辛かったのう。あやつが里に召喚獣を送り込むとはな」
月狼「召喚獣…?あれが召喚獣だったと?」
長「うむ。主人が近くにおったのじゃろう。さもなくば、あれほどの力は出せぬ」
月狼「……近くに」
空藍を見る。
彼が今、隣にいることを確かめるように。
学園長「語らねばならぬことがある」
ゆっくりと、学園長は口を開いた。
学園長「不死の大黒柱。その契約者である夜叉は、千年もの間、黒き神獣との再会を渇望しておる」
胸の奥がズキリと疼き、影が内側で蛇のように蠢く。
まるで、怒りがとぐろを巻いて僕を喰おうとしているようだ__
苦しい…苦しい…僕の中に黒を感じる。
(…っ…息が…でき…)
耐え切れず蹲る。
異変を見過ごさなかった白濁した眼が僕を射抜いた瞬間、胸に鋭い痛みが走った。
学園長「……空藍、頼む」
空藍は頷くと素早く僕の背に触れ、あやすように囁く。
空藍「大丈夫だ、月狼。息を吸え」
僕は空藍に諭されるまま深く息を吸った。
徐々に黒の影は薄れ、胸の奥へと沈む。
月狼「ありがとう…空藍」
空藍「…どういたしまして」
紫紺の瞳が優しく微笑み返す。
その後も空藍は、ずっと僕の背から手を離さずにいてくれた。
学園長「さて、話を続けよう。黒き神獣を封じるため、白き神獣は代々“女性”と契約術【contract】を結んできた」
楓「ど、どうして女性なんですか?」
学園長「白き神獣といえど《死》はある。老いでは死なぬが、致命傷を負えば命は尽きる」
月狼「死ぬけど、殺されない限りは不死……ということですか?」
学園長「そういうことじゃ。それ故に白き神獣に神は子を成す力を授けなかった。もし、白き神獣が死を迎えれば、その血脈も能力も失われてしまう。人々はそれを恐れ、神獣へある提案した」
この先の真実を知ることに躊躇いを感じていた。
楓も同じ気持ちなのか、手をぎゅっと握り締める。
学園長「白き神獣と女性を契約させ、その対価として人間の繁殖の能力を奪わせたのだ」
空気が凍る。楓の握った手は微かに震えていた。
空藍「……契約じゃなくて呪いだな」
空藍の声に温もりがなかった事が僕には嬉しかった。
学園長「繁殖の力を得た白き神獣は血筋を後世へ残す術を得た。そして、契約した女性は不老不死に近い命と能力を授かり、人々から″巫女″と呼ばれた」
楓は目を見開き、姉の彩葉を見つめる。
その瞳には、祈りにも似た恐怖が宿っていた。だが、彩葉は楓のその目を見つめ返す事はしなかった。
学園長「白き神獣が人間と協力する理由は一つ。利害が一致しておるからじゃ。大黒柱を失えば世界は地獄に堕ちる。そうなれば、白き神獣にも《死》が訪れる。それは互いが避けねばならん災いじゃった」
その穏やかな声の奥に沈むものは……とても言葉には表しきれない我欲そのものに感じた。
学園長「しかし…先日、ついに恐れていた事が起きた。四天守護神獣の一柱・猿田彦が血脈もろとも夜叉に殺されてしまったのじゃ」
空気が一瞬で張りつめた。
誰もが息をするのを忘れたように固まる。
学園長「五芒星の結界は一角を失い、大黒柱の封印は弱まった。その揺らぎに比例して、夜叉の力が増しておる。だから奴の召喚獣が里に現れたのじゃろう。それと…」
そう言いながら、白濁の眼が僕に向く。
学園長「……いや、その話はまた後にしよう」
飲み込まれた一言が不気味な余韻を残した。
学園長「覚えておけ。夜叉は大黒柱の封印を解きたがっておる。奴らが再び交われば——この世界は終わる。
生きとし生けるもの、すべてに《終焉》が訪れるのじゃ」
胸がざわつく。
何かが狂ってる気がしてならない。
色々な感情が再びとぐろを巻いて絡み合う。
これは僕の感情なのか?
それとも…
空藍の眉が僅かに歪む。
空藍「月狼、落ち着くんだ…大丈夫だから」
その声が僕を負の感情から引き戻してくれた。
彩葉「学園長、そろそろ…」
学園長「ふむ。そうじゃな…すまぬ」
そう言うと、学園長の姿がまるで煙のよう消えた。
僕たちは息を呑む。
楓「き、消えちゃった…」
彩葉「消えたのでは無いわ。元から存在してないのよ」
含みのある彩葉の言葉。
月狼「それって、どういう…」
空藍「…まさか幻術ですか?」
彩葉「近いけど少し違うわ」
空藍「じゃあ、本当の学園長は…どこに?」
彩葉「ここにいらっしゃいますよ。初めから」
月狼「……?」
彩葉「お戯れが過ぎます」
「そう、怒るな…彩葉、ただの遊び心よ」
背後から聞き慣れない“若い”声が落ちてきて驚いて振り返る。
白い装束のくノ一が、束ねた髪をほどき、流れ落ちた灰白色の髪が揺れ、睫毛の奥から覗くのは__あの濁った白眼。
空藍「……嘘、だろ」
くノ一は驚く空藍を見て、鈴の音のような笑いを溢す。
彩葉「この方こそ、学園長の真の姿。そして、全ての忍びの頂__白夜様よ」
そこにいたのは、闇夜の中でも決して失う事のない月のように光る
──美しく、そして底知れぬ者だった。




