第一話・白と黒
この世界で混じり合ってはいけない色は二つだけ。
白と_____黒。
あとはただの色だ。
【第一話】
僕の世界《煉獄》では、生まれたばかりの生物は皆、雪のように純白だ。
髪も瞳も肌も、影ひとつない白。
だが、日々を生きるほどに、その白はゆっくりと染まっていく。
人を想えば桜色に頬が染まり、
罪を感じれば灰が落ちるように染まる。
色は心そのものだった。
ただ、この世界には一つ
“禁忌の色”がある。
憎悪だけで染まると言われる黒色だ。
そして、その”黒”の果てに至った者だけが纏うという__《漆黒》は人々から最も恐れらている忌まわしき色だった。
だが、それらは伝説だと誰もが言う。
悪い事をした子供を怖がらせ為の作り話だと。
なぜなら、黒色の生物は一度も目撃された事がない。
それなのに祖父は、幼い頃から何度も僕に言い聞かせてきた。
「決して黒き者にだけは近づくな」
その言葉は今も呪いのように耳に残っている。祖父が亡くなる前夜の、あの会話も。
***
五年前──
祖父が息を引き取る前夜
薄暗い寝所に薬草の匂いが漂っていた。
祖父は痩せ細った指で布団を握り、僕を呼び寄せた。
祖父「いいか……決して”黒き者”には近寄るな」
僕「またその話?見たこともありませんよ、黒き者なんて。罪人でさえ、みんな鈍色ばかりで……」
僕は思わず視線を逸らした。
祖父はよく僕に嘘をつく人だった。
そして、いつも僕はその嘘に付き合わされてきた。
それに、″黒き者″の話については幼い頃から何百回も聞かされてきた反発もあった。
祖父は弱った声で、それでもはっきりと続けた。
祖父「見た事が無いからと言って存在しないとは違うのだ」
僕は拳を握りしめた。いつまでも子供扱いされる事がただ悔しかった。
僕「また、子供(僕)を怖がらせる為の作り話なのでしょう?」
祖父「違う」
祖父の声が少しだけ強くなった。
枯れた紫の瞳が、逃げ場のないほど、まっすぐ僕に向けられる。
祖父「この世界には確実に…”漆黒の悪鬼”が存在する」
空気がひやりと揺れた。
名前を聞いた瞬間、胸の奥がざわつく。
まるで鳥の大群が夜の森を飛び立つかのように。
僕「……それは、何者なんですか?」
僕が問うと、祖父は長い息を吐き、ためらうように目を閉じた。
祖父「…災いだ」
僕「僕と何か関係があるのですか?」
祖父「いいか、決してこの国の”大黒柱”には…近づ…ゴホッ、ゴホッ!」
祖父は苦しそうに咳き込み、それ以上の言葉を続ける事が出来なかった。
(大黒柱…?一体なんのことだ?)
正直、祖父が話した内容に理解は追いついていなかったが強烈なまでに心が惹かれた。
そう、まるで僕の奥底にある何かを目覚めさせたかのように…
“漆黒の悪鬼”
”大黒柱”
2つの黒の謎
祖父は黒の存在を確信しているようだった。
その真意を確かめる間もなく、祖父の呼吸は静かに弱まっていき、明朝にそのまま息を引き取った。
最後の最後まで声にならない声で
「黒に近づくな」
と呟きながら。
あの日の祖父の瞳は今も忘れられない。
黒に怯えて揺れる、あの掠れた紫色の瞳を…




