004 迫りくる虫のクリーチャー
死ぬ。このままだと死ぬ。
僕は鉄の棒を振り回し、迫りくるクリーチャーを叩く。
一匹一匹個体差はあるけど、だいたい二リットルのペットボトルを一回り大きくした程度だった。
だから鉄の棒が命中すれば、その勢いで吹っ飛ばすことができる。見た目よりも軽量なのか、まるでゴムボールを叩いているようだった。
しかし上から叩き潰そうとしても、ぐにゅりとした弾力があり、簡単には潰れることがない。鉄の棒程度では、倒すことはできなかった。
なのでこれは単なる延命行為であり、無駄な足掻きなのかもしれない。
でも、それでも、僕は死にたくない思いから、必死に鉄の棒を振るった。
だけどこの先どうなるかなんて、分かり切った事でもある。そして、その時が訪れた。
「ひぃ!?」
僕が振るった鉄の棒の動きに合わせて、一匹のクリーチャーが右腕に飛びついたのである。
二の腕あたりに、クワガタのようなアゴでしっかりと挟み込まれてしまった。
その瞬間脳裏によぎるのは、あのパンク系の男が襲われたときのことである。
瞬く間に血を吸われてしまう光景は、恐怖そのものだった。
だから僕は生き残るために、反射的にそれを発動していたのである。
「なっ!?」
それは、突然の出来事だった。クリーチャーが、そのまま僕の右腕に吸い込まれていったのである。
僕はその出来事に、唖然とするしかない。頭が混乱して、正しく認識することができなかった。
けれども次の瞬間、事態は動く。
「う、嘘だろ!?」
僕の右腕が、まるでピンク色のイモムシのように変化し始めた。太さや大きさは元の腕とあまり変わらないけど、その質感は明らかにクリーチャーのそれである。
加えて変化はそれだけで終わらず、指の一本一本が黒っぽい硬質な鋭いムカデの足のようになり、手の平も同様に黒い外骨格に覆われていた。
そしてその手の平の中央には、ヤツメウナギのような口があり、アリクイのような長い舌が隠れている。
口の中に穴があり、そこを舌が出たり入ったりしているのだ。
また変化は、これだけで終わりではない。手首のあたりから、クワガタのようなアゴが左右にそれぞれ一本ずつ生えたのだ。長さはおよそ60cmほどである。先端は鋭く、内側はギザギザとしていた。
「な、なんだよこれぇ!?」
あまりの出来事に、僕は声を上げる。だが即座に、まだ何匹ものクリーチャーが周囲にいることを思い出す。
何はともあれ、これで戦えるかもしれない。そう思って、辺りを見渡したときである。
「あ、あれ?」
どういう訳か、クリーチャーたちが僕から遠ざかっていったのだ。まるで敵ではないかのように、無防備に背を向けている。
それを見て理由は不明だけどチャンスだと思った僕は、一番近くにいる一匹に、右手の鋭いクワガタのようなアゴの先端で、その胴体を突き刺した。
「ピギャァア!」
「うわっ!?」
すると甲高い悲鳴のようなものを上げて、うねうねと暴れ出す。突き刺しただけでは、倒せないようである。
慌てながらも僕は、そのときクワガタのようなアゴを強く意識した。それがよかったのか、アゴが閉じるように動き、クリーチャーの体を引き裂いたのである。
結果としてピンク色の粘液が周囲に散らばり、クリーチャーは激しく動いたのちに力尽きた。
「た、倒せた……まずい!」
反射的に攻撃してしまったけど、周囲には他にもクリーチャーがいるのである。倒せるとしても、現状ピンチなことに変わりなかった。
だが慌てて身構えたものの、クリーチャーたちは変わらず適当に、部屋の中をうろついている。
まるで僕など存在していないかのように、自然体だった。
「え?」
なんだこれは? なんで、襲ってこない? もしかして、敵として認識されていないのか?
そう思い恐る恐る近づいて、クワガタのようなアゴで優しく突いてみる。
だが突いたところで、クリーチャーが何か反応することもなかった。
「た、助かった……のか?」
結果としてこのクリーチャーたちが、僕のことを襲わないと確信を得る。加えて何故か直感的に、僕もこのクリーチャーたちが敵ではないと感じていた。
それは強く意識しなければ分からない程度だけど、本能的にそう訴えかけてきているような気がしたのである。
「どう考えても、これが原因だよな?」
僕が助かったその理由。それは明らかだった。右腕にクリーチャーが吸収されて、融合したことにある。
これが、僕の異能。【吸収融合】の効果なのか。
半ば予想していた通り【吸収融合】の対象は、生き物だったようである。それも対象が、たとえ生きていても発動するようだった。
それよりもこれ、元に戻るのだろうか? いや、戻るとしても、現状はこのままの方がいいかもしれない。クリーチャーには襲われないし、もしものときには武器になる。
だが同時に僕はあることを思い、つい愚痴を吐いてしまう。
「でもこれ、どう考えても化け物。クリーチャー側だよなぁ。僕の裏切りそうな見た目も相まって、誰も味方になってくれない気がするんだけど……この先、どうしよう……」
そう。普通の人が見たら。今の僕は化け物だった。もし僕が第三者としてそれを見かけたとしたら、全力で逃げるだろう。
あるいは攻撃可能な異能があれば、やられる前に攻撃するかもしれない。
こんなデスゲームのような状況だ。どう考えても、敵対生物と判断されるだろう。
僕だってこんな右腕がクリーチャーになっている人物を、近くに置いておきたくはない。
すると僕があまりの状況に呆然としていたからか、いつの間にか忍び寄っていたクリーチャーに気がつかなかった。
「うわっ!?」
「?」
クリーチャーは僕の足からよじ登り、腰あたりに張り付いていたのである。
それを見て驚きの声を上げてしまったが、クリーチャーが僕を襲ってくる気配はない。
何となく、そう、何となく左手で撫でてみれば、ひんやりとした体温と、弾力のある感触がした。
「そうか。僕の仲間は人間ではなく、現状だとクリーチャーなのか……」
ある意味こうなってしまえば、人間よりも信用できるかもしれない。
それに襲ってこないと分かれば、何となく愛嬌がある気がした。
異能が発動せずに一人でいたときよりかは、今の方が安心感があったのである。
もうこうなってしまえば、仕方がない。人との関わりには未練があるけど、僕はクリーチャーたちと共に、このデスゲームを乗り越えてみせる。
そうして異能【吸収融合】によって変わってしまった右腕を武器に、僕は新たな決意をするのだった。
またデスゲームから脱出した後のことは、とりあえず考えないことにする。その方が、精神的にも建設的だ。
あと異能とかスマートウォッチとかを与えたデスゲームの主催者がいると思うけど、現状では保留にする。
あまりにも、情報が少なすぎた。加えて今はそれよりも、まずは生き残ることの方が重要である。
そう僕は切り替えて、他の気になっていたことの確認をすることにした。
前提としてこの状況に陥ったのには、理由がある。
そもそもクリーチャーたちが部屋に入ってきたのは、誰かがドアを開けて、ストッパー代わりに何かを置いたからである。どう考えてもそこに、人の悪意を感じた。
あとはどうして、僕がこの部屋にいることが分かったのだろうか? もしかして、そういう異能を持っていたのかもしれない。
そう思いながら、僕は慎重にドアへと近づく。そうしてドアの間に挟まれるかのようにして、置かれていた物を確認した。
「うわっ、何これ……」
見ればそれは、ミイラの頭部のような物である。加えて何かで濡れており、酷く臭った。鼻を刺激するのは、僅かなアンモニア臭である。
また何となくこのミイラの頭部には、見覚えがあるような気がした。
金髪のモヒカンに、耳にピアス……。こいつもしかして、あのパンク系の男じゃないのか!?
その特徴からこの頭部だけのミイラが、パンク系の男だと判明した。
もしかしたらクリーチャーたちは、このパンク系の男の頭部を何者かに奪われて、それを追ってきたのかもしれない。
けどドアの前に置かれた後に無視して入ってきたということは、活きのいい獲物である、僕のことを何らかの方法で認識したからだろうか?
でも一つ気になるのは、僕がこの部屋に入ってからそれなりに時間が経っていたことだ。
実行犯が仮に、僕がパンク系の男に襲われているのをこっそり見ていたとしても、果たしてその後にこの部屋を見つけられるのだろうか?
やっぱり、何かしらの方法があるのだろう。
それか先に僕の方を追いかけて、入った部屋を確認した可能性がある。その後に一度パンク系の男のいた場所まで戻り、頭部を回収して戻って来たのかもしれない。
うん。こっちの方が、理屈が通っている気がする。
だけどそこまでして、僕を殺そうとした理由があるのだろうか? 狙いがあるとすれば、スマートウォッチに入っているエンかもしれない。
それか、こうしたデスゲームによくいるサイコパスで、人を殺すことに快楽を感じるタイプという可能性がある。
なんだか後者の方が、この状況だと現実味があるような気がした。
だとすれば近いうちに、様子を見に来る可能性が高い。近くに人の気配は無いし、今は少し離れたところにいるかもしれなかった。
サイコパスなら殺した相手がどのような目に遭っているか、気になるはずだろう。これは過去に見た漫画から得た印象だけど、あまり間違ってはいない気がする。
ならあまり、悠長なことをしている時間は無さそうだ。
僕は次にどうするべきなのか、即座に判断する必要があった。
本日の更新は以上になります。
明日からは一日一話投稿になります。
もし続きが気になると思われたのであれば、ブックマーク登録していただけると助かります。
またよろしければ、評価していただけると更新の励みになります。




