033 新たな異常事態
天橋がそう言ったからか、二人も途端に勢いを失う。これならば、指山さんと軽井沢さんも逃げ切れるはずだ。
あとは僕も機会を窺い、離脱か反撃を選ぶことになるだろう。
正直このままだと、あの拠点は奪われることになる。しかし追い返したとしても、次はもっと面倒なことになる気がした。
であれば僕にできるのは、逃げてから二人と合流して更なる機会を窺うか、今この場で三人を殺して、拠点を取り返すかである。
天橋は完全に、僕のことを殺す気で光の矢を放った。なら逆に、殺されたって文句は言わせない。
既に人を殺す覚悟は、一という男で済ませている。
そして残りの二人も、それを考えなければいけない。意識を奪ったときそのまま始末しなかったことで、このようなピンチを招いてしまった。
覚悟を決めたはずだけど、向こうから明確な殺意がなければ、やはり僕も心理的なブレーキがかかってしまう。
けどこの状況では天橋を殺しておいて、二人をそのまま生かす方が危険だと思った。
なら僕がするべきことは、一つしかない。どのみちやることが変わらないのなら、今この場で始末する方が得策だろう。
指山さんと軽井沢さんと合流して機会を窺うのは、単なる逃げでしかない。
僕が死んでいると思われている今以上に、良いチャンスはたぶん巡ってはこないだろう。
必要なのは、覚悟だけだ。和解が望めない以上、やるしかない。
しかし僕が、そのように覚悟を決めた時だった。新たな異常事態が、突如として訪れる。
「キュルルルル!!!」
「なっ!? なんすかあの化け物は!!」
「に、逃げろ! あれは俺の足を奪った化け物だ!!」
すると指山さんと軽井沢さんのいる方から、そんな身の毛のよだつような、高音質な鳴き声が聞こえてきた。
そしてそれは、指山さんの左足を奪ったボスクリーチャーだという。
なんでこんな時に、そんなボスクリーチャーがやってくるんだ!?
最悪な不運が、ここに極まってしまう。
「キュルルルル!!」
「え? こ、こここっちにくるッスよ! しかも速いッス!」
「ぐっ、あの化け物、俺を狙ってやがる! 嫌な視線をひしひしと感じる。一度狙った獲物は、逃がさないってか? 軽井沢君、俺から離れるんだ!」
不味い。動け。僕の体、動け!
そう自分に心の中で言い放つけど、体は僅かに動くだけで、立ち上がれるほどではなかった。
あともう少し、あともう少しなのに!!
けどたとえここで修復が完了しても、距離的に救出は困難だった。
故に結果として、その悲劇は起きてしまう。
「キュルルルッ!!」
「か、軽井沢君、早くにげッ――ぐぉお!?」
「指山さん!!」
池に沈んだ僕からでは、何も見えない。けどその音は、確かに指山さんへと致命傷を与えていた。
「な、何よアレ! あんな化け物、聞いてないわよ!」
「に、逃げましょう! 金城さん、早くこっちに戻ってきてください!」
「わ、わかっている! あたいだって、あんな化け物と戦うのはごめんだ!」
「キュルルッ」
「カハッ――」
「ひ、ひぃ!!」
天橋たちも化け物に対して動揺しているのか、最初から逃げ腰になっている。そして僕は無力感に苛まれながら、唇を噛んだ。
なんでこうなるんだ。こんなの、予想できるはずがない。
それにこれは、現実のできごとだ。都合よく助けが間に合うなんてことは、早々に起きるはずがなかった。
くそっ、力が足りない。勇気が足りない。覚悟が足りない。僕は無力だ。
「キュルルル!」
「ひっ、……え??」
するとそのまま次に襲われるかと思われた軽井沢さんが、そんな呆けた声を出す。
いったい何が起きたのかと思ったけど、僕の核はその音を拾っていた。
ボスクリーチャーが池に入り、こちらへと向かってきているのだ。
その瞬間、僕は本能的に危機感を覚える。それは生き物として、体の奥深くに刻まれているようなものだった。
今すぐそこから逃げろと、なにかが訴えかけてる。見れば体全身が震えており、いたるところが灰色のスライムに戻りかけていた。
加えて修復も完全には完了していないのもかかわらず、ナメクジのように這って相手との距離を取り始めていたのである。
もしかしたら擬態クリーチャーにとって、アレは天敵だったのかもしれない。そのことを何となく、僕は理解した。
ボスクリーチャー→擬態クリーチャー→虫のクリーチャー。
こんな風に、食物連鎖的なことが起きていたのかもしれない。
「う、うわっ! こっちに来やがった!」
「ひぃっ! 水手裏剣! 水手裏剣!」
「ま、間に合った! 光の矢三連射! 行きなさい!」
すると天橋たちは自分たちが狙われていると思ったのか、ボスクリーチャーに対して攻撃をしかける。
「キュルルルル!!」
「ひえっ、水手裏剣、効いてません!」
「くっ、光の矢でも倒しきれないなんて……そうだわ、タイマンでどうにかしなさい!」
「む、無茶言うなよ! 勝てるはずないだろ!!」
どうやら向かってくるボスクリーチャーについては、倒すことができなかったみたいだ。
あの光の矢でも倒せないレベルになると、僕でも倒すのは厳しいかもしれない。くそっ、早く修復が間に合わないと、やられてしまう。
それにボスクリーチャーは、明らかに僕を狙っているような気がした。間違いなく、こちらに一直線に向かってきている。
加えて軽井沢さんを無視してくるということは、なにか好物の獲物を感知する能力があるのかもしれない。
だとしたら逃げるのは、困難を極める。相手は足も速いので、逃げてもすぐに追いつかれるだろう。
故にここで、ボスクリーチャーと戦うことは避けられない。生き残るためには、戦うしかなかった。
だから僕は本能的な恐怖に襲われている中で、一つの決意をする。
力を得るという意味でも、そして指山さんの仇を取るという意味でも、ここでボスクリーチャーを倒すしかない。
僕は限られた時間の中で、そのことを選択したのだ。
そしていよいよボスクリーチャーが迫って来たとき、僕の体の修復も完了する。
「キュルルルルッ!」
すると同時にボスクリーチャーが僕を見つけて、何か槍のようなものを池の中に刺し込んできた。
けどギリギリのところでそれを回避すると、左手でその槍に触れる。
そして異能、【吸収融合】を発動した。
なっ!?
しかし予想に反して、【吸収融合】が弾かれる感覚と共に、それは不発に終わってしまう。
くっ、これはもしかして、ある程度は弱らせる必要があるのかもしれない。
あるいは擬態クリーチャーのように、弱点である核のような物に直接発動しなければ、いけないのだろうか?
どちらにしても現状では、【吸収融合】は効かなかった。であればダメならダメで、即座に次の行動へと移らなければいけない。
そう考えて僕は、右腕の先端にある鋭いアゴで、ボスクリーチャーの腹部を突き刺した。するとピンク色の粘液が、水の中に広がっていく。
「キュルルル!!」
「ぐっ!?」
その攻撃が効いたのか、ボスクリーチャーが激しく暴れ出した。僕はその隙に、池の底から立ち上がる。
なるほど。こいつはこんな見た目をしていたのか。
見ればボスクリーチャーは、カバのように巨大な虫のクリーチャーだった。
大きな違いは、先端のアゴがまるで金属のハサミのようになっていることだろう。閉じればそれは、槍のように変わる。色もまるで、鉄製のような質感だった。
またアゴの付け根にあるその間には、注射針のように鋭い鉄色の長い舌が、無数に存在している。触手のように揺らめき、自由に動かせるようだった。
そして口の中には、まるでサメのような歯がいくつも円を描くように並んでおり、それが何層にも続いている。
もしも喰われたら、その鋭くギザギザした歯によって、肉が削ぎ落されるだろう。そうして出血したところを、その無数の舌で吸い取っていくと思われた。
他の体の部分こそ虫のクリーチャーと似ているけど、その口周辺はとても凶悪になっていたのである。
それに虫のクリーチャーと似ていても、普通に僕のことを襲ってきていた。つまり虫のクリーチャーとは、同族意識がないのだろう。
虫のクリーチャーと融合したことで、僕は虫のクリーチャーには襲われない。けどそれは、このボスクリーチャーには適用されないみたいだ。
また頼みの綱であった【吸収融合】も弾かれたし、これは本格的に不味いかもしれない。
そうして僕は擬態クリーチャーと戦ったとき以上に、ボスクリーチャーへの警戒心を強めるのだった。




