026 自動販売機の元へ
「本当に色々売っているッスね! でも俺、今10エンしか無いッス……」
「軽井沢君、俺らの買ったものを、君の異能で増やせばいいんじゃないか?」
「そうッスね! 俺には【複製】の異能があったッス!」
軽井沢さんの異能は、様々な物を複製できる。
ただし同じものは十回までしか複製できず、複製したものを更に複製することはできないらしい。
それを最初は知らずに、エンを使っていろんな部屋に入って物を集めていたようだ。
またいずれ助けが来ると信じて、部屋に籠っていたらしい。けど途中でその制限に気がついて、かなり焦ったようである。
また運が悪いのか、入った部屋で見つけたのは水とバー状のクッキーが少しだけだったとのこと。
そして当時はかなり空腹だったのか、バー状のクッキーを増やしては食べてを繰り返していたようだ。制限に気がついたときには、既に複製できない回数だったらしい。
またいくつか複製元を先に食べてしまったというのも、あったみたいだ。
なので結果としてこのままでは食料が尽きてしまうと判断して、一か八かで部屋を出たという。
加えてこのときもある意味運悪く、虫のクリーチャーたちにこれまで出会ったことがなかったようだ。知っていれば、簡単には出れなかったとのこと。
そうして歩き続けているところで、とうとう虫のクリーチャーたちに見つかり、逃げ出したようだ。
そのときに複製した水と食料は、いくつか捨ててきてしまったらしい。どこに置いて来てしまったかは、わからないようだ。
けれども複製元の水と僅かなバー状のクッキーは死守していたので、あのときビニール袋を一つ持っていたらしい。
最後は知っての通り、これまでの不運の分だけ揺り戻しがあったのか、幸運にも僕たちに出会った感じである。
なので軽井沢さんも、それなりに苦労したようだった。
片足を失った指山さんや、何度も死にそうになった僕よりかはマシな状況だと言えるけど、まあ大変さは人それぞれだろう。
そうして買い物を終えて再び池を渡ろうとすると、あることに気がつく。
「ん? あそこにいる虫のクリーチャー、水を渡ってこないみたいです」
「おおっ! 確かにそんな感じッスね! もしかして、水が怖いんすかね!」
「アレは俺を狙っている気がする。実際横に動くと、あの虫のクリーチャーも俺に追従するように動いている。これほどまでに、血の臭いに反応するのか」
確か池に投げ込んだときは、普通に泳いでいた。でも必死に急いで陸に向かったのも、また事実か。
そう考えると虫のクリーチャーは、やはり擬態クリーチャーを恐れているのだろう。水に入ること自体が危険だと、本能的に理解しているのかもしれない。
しかし血の臭いには反応してしまうのか、池のすぐ近くまではやって来てしまうみたいだ。
なのでそのことを二人に伝えると、納得したように口を開く。
「だとしたら、ここは安全なんじゃないか?」
「そうッスね! それなら、本当に来ないか確かめてみるッス!」
すると軽井沢さんは石を拾うと、対岸の虫のクリーチャーへと目掛けて投擲した。かなりの距離があるものの、虫のクリーチャーの近くまで勢いよく飛んでいく。
「おしいッス! これでも中学までは、野球部だったんすけど、いや~衰えたものッスね~」
どうやら軽井沢さんは、野球経験者だったようだ。あの投擲は、それが活かされたのだろう。
威力自体は指山さんの【物体強化】で上昇していると思われるので、おそらく衰えた云々は、コントロールのことかもしれない。
とりあえず次は、それに僕も加わって投擲してみた。
威力自体は軽井沢さんよりある感じだけど、コントロールはまったくである。当たる気配がしない。
するとそんな僕の横で、軽井沢さんが二回目で見事命中させた。
「やったッス!」
「おおっ!」
「軽井沢君、すごいな」
「当たるのはもう少し投げた後かと思っていたから、これは運が良かったッス!」
見れば軽井沢さんが投擲した石は、虫のクリーチャーの体内にめり込んでいる。
あれなら【物体強化】を使えば、ただの投擲でも十分武器になりそうだ。それに石自体を強化すれば、より威力も上がるかもしれない。
しかし流石は虫のクリーチャーなのか、生命力が強く、まだ生きていた。また石が命中したけど、それでも池に入ろうとする様子はない。
とりあえず何度か投擲後に、無事に虫のクリーチャーを倒すことができた。
投擲だと時間はかかるものの、安全な場所から倒せる事実は大きいだろう。
「指山さんの異能があれば、非戦闘員の俺でも戦えそうッスね! それに投擲は、池に囲まれたこの場所と相性が良さそうッス!」
「確かに、軽井沢君の言う通りだな。足が不自由な俺としても、ここは相性が良さそうだ」
二人の言う通り、この場所は意外と悪くはない。当初はどこか近くの部屋に籠ることも考えていたけど、案外こっちの方がいいのだろうか。
なので僕は、二人にこんな提案をしてみる。
「なら、ここを拠点にしませんか? 出入りにエンもかかりませんし、自動販売機もあります。気をつけるべきなのは、遠距離攻撃や特殊な異能を持つ人くらいでしょうし」
他にも新しいクリーチャーや、ボスクリーチャーが来る可能性もある。だけどそんな可能性は、どこにいても言えることだ。
それに部屋に籠っていても、パネルの色で中にいるのは知られてしまうし、結局どこでもデメリットはあるだろう。
なによりエンの消費が問題だ。パネルのある部屋はその部分が、なによりもデメリットである。いずれは破綻する拠点になる可能性が高い。
なので結局は、エンの消費しない場所を拠点に選ぶことになるだろう。
であればメリットの多い、この場所を拠点にするのがいいはずだ。
ただこの場所は他人から見れば目立つので、そこをどう対処するかが、一番の問題になるかもしれない。
もしも集団で襲われたら、普通にこちらが壊滅することもあり得た。なのでそれまでに、十分な準備が求められる。
それにまだデスゲームも初日だ。逆に初日で僕も含めて三人も集まったのなら、十分数的には有利だろう。
明日以降も少しずつ良さそうな人を見つけていけば、簡単に奪われることも無くなるはずだ。
なにより自動販売機は他で見たことがないので、どうにか死守をしたい。他にも仲間が増えるのなら、やはりこの自動販売機は必要だろう。
それと今回ここを留守にして遠出をしたけど、誰かに自動販売機を奪われてはいない。でも次もそうとは、限らなかった。
必要な時だけ自動販売機に足を運ぶようにすれば、いつの間にか他の人にこの場所を占領されている可能性もある。
そうなってしまえば、取り返すのは困難になるだろう。周囲が池に囲まれているのは、とても攻めづらく思える。
またここを選ぶ理由として、僕は天井に空いた穴が気になって仕方がなかった。
簡単に届く距離ではないけど、どうにかすれば上まで行く方法があるかもしれない。
もしかしたらそのまま、このデスゲームから脱出できる可能性もあった。
その事についても二人に追加で話すと、二人は僕の提案に賛成してくれる。
「そりゃいいッスね! 俺は賛成ッス! こんな状況だけど、拠点ってなんだかワクワクするッスね!」
「俺も賛成だ。確かに欠点はあるかもしれないが、それを補うだけの利点がありそうだ」
元々この場所に好意的だったからか、二人はすんなりと僕の提案を受け入れてくれた。
「ありがとうございます。では、ここを僕たちの拠点にしましょう!」
そうしてこの池に囲まれた自販機のある陸地を、僕らは拠点にすることに決めたのである。




