025 軽井沢さんとの出会い
「た、助かったッス。いや~少年強いッスね!」
青年は命の危機が去ったからか、どこか軽薄そうな雰囲気でお礼を口にする。
「助かったようで何よりです。僕は裏梨希望で、こちらの方は指山次郎さんです」
「指山だ。危ないところだったな」
「ご丁寧にどうもッス。俺は軽井沢健治ッス!」
青年は名前を、軽井沢健治と名乗った。人のことを言えないけど、軽薄そうな雰囲気とマッチしていると思ってしまう。
「とりあえず、場所を移しましょう。ここは虫臭いので」
「賛成だ」
「そうっスね! 俺も少し休みたいッス」
そうして虫のクリーチャーの死骸が散らばる場所から、ドアの無い空き部屋へと僕たちは移動した。
すると軽井沢さんは手にビニール袋を持っており、そこに入っていた水で水分補給をするのかと思いきや、そこで驚くことが起きる。
「複製ッス!」
「これは……!?」
「お、おい。水が増えたぞ!?」
なんと軽井沢さんがそう言うのと同時に、水の入ったペットボトルが増えたのだ。
軽井沢さんは再度それをあと二回行うと、合計四本のペットボトルをそれぞれ左右に二本ずつ、指の間へと挟む。
「どうぞッス。俺の異能は【複製】で、物ならこうして増やせるんッスよ! 戦闘能力は皆無ッスけど、超便利って感じッス!」
「ど、どうも」
「す、すごいな」
僕と指山さんは、軽井沢さんの異能に驚きながらも、差し出された水を受け取った。
また三人なのに四本なのは、複製のために本体を残す必要があるからのようだ。元になった本体は、再びビニール袋の中へとしまっている。
そして最初は少しためらったけど、軽井沢さんが先に複製した水を飲んだことで、僕と指山さんも飲み始めた。
うん。普通においしい。いたってどこにでもあるただの水だ。
複製された水は、僕の持っているペットボトルの水と比べても、全く遜色がなかった。
これで食べ物とか道具を複製できるなら、普通にチートって感じだ。このデスゲームだと、その有用性は計り知れない。
指山さんも、そのことに気がついたみたいだ。僕と目が合うと、軽くうなずいた。
するとそんなとき、先に軽井沢さんが口を開く。
「そ、それで助けられた身で恐縮なんッスけど、俺もどうかお仲間に入れてくれないッスか? ほら、こうして複製もできますし、戦闘以外なら役に立つッスよ! なんなら家事や掃除、肩もみもするッス!」
僕と指山さんが勧誘する前に、軽井沢さんから仲間に入りたいと先に言ってきた。これは僕たちにとっても、渡りに船だろう。
少しチャラくてヤンキーの子分っぽいところはあるけど、悪意は感じない。仲間に入れても、問題はなさそうだった。
むしろここで深読みをしすぎると、今後仲間を増やしていくのが面倒になってしまう。
最低限の警戒はする必要があるけど、ある程度はこうして信じることも大事だと考えた。
なので、ここで断るという選択はない。
「ちょうど僕も、軽井沢さんを仲間にと思っていたんです。指山さんも、いいでしょうか?」
「おう。俺も構わねえ。軽井沢君だったか。よろしく頼む」
「あ、ありがとうッス! 俺一生懸命頑張るッスよ!」
そうしてトントン拍子に、軽井沢さんという新たな仲間が加わったのである。
これは、僕にも運が回ってきたのかもしれない。そう思わずにはいられなかった。
◆
そして非戦闘員の軽井沢さんが仲間に増えたことによって、僕たちの進む速度は、当然より遅くなってしまう。
けれども仲間が増えたことの方が大きく、そんなことは些細な問題だった。
それに指山さんの【物体強化】により、軽井沢さんもそれなりに動けるようになったのである。
守りと逃げに徹すれば、虫のクリーチャーたちくらいならどうにでもなった。
ただ指山さんのように直接戦うだけの度胸は無く、自ら倒しに行くようなことはしていない。
この場合は片足を失っても最初から虫のクリーチャーを叩き潰す指山さんが、ちょっと特殊なだけである。
軽井沢さんのような反応が、おそらく一般的なのだろう。だとすれば平気で虫を倒す僕も、少しおかしいのかもしれない。
まあ僕の場合は攻撃してこない虫のクリーチャーたちを、一方的に倒しているだけなので例外だろう。
そうして僕たちは廃墟の通路を進み続け、ようやく自動販売機のある場所へと戻ってこれたのである。
「あれが自動販売機ッスか! 周囲の池と天井から注ぐ光りで、何だか幻想的ッスね!」
「逆に怪しさしかないが、裏梨君がその問題を既に解決してくれたみたいだから、安心だな」
二人は自動販売機を見て、それぞれ感想を口にした。やはり目の前の光景が普通ではないことを、どこか感じているようである。
また道中二人には自動販売機や池のこと、そこにいた擬態クリーチャーについては話しており、既に倒していることも伝えていた。
加えて一という男と厚美という女性については、擬態クリーチャーと虫のクリーチャーたちに殺されて、死体ごと無くなってしまったことにしている。
ちなみにその二人の死体については、事前に片付けていたので見られる心配はない。
それと少々心苦しいけど、まだ僕の本当の異能について話す勇気は無かった。言ってしまえば、もしかしたら化け物と罵られてしまうのではないかと、そんな恐怖があったからだ。
二人を信頼したい気持ちはあるけど、まだ出会って間もないというのもある。全てを話すのは、もっと仲良くなってからの方がいいと、自分にそう言い聞かせていた。
その結果どうなるのかは、まだ分からない。でも今ここでそれを言った方が不味いと、そう思ったのだ。
なので僕は偶然その二人のスマートウォッチを拾って、エンを手に入れたと二人には言っている。
またそれだけでは所持品の量的に怪しさしかないので、殺されそうになってしまい、自分の身を守るために戦ったら結果として殺してしまった事があるとも口にしていた。
それによって、二人はある程度は納得してくれたのである。こんなデスゲームのような状況では、仕方がないとも言ってくれた。
僕はそれでまた心が痛くなったけど、これは必要な事だったと判断している。
正直人を殺した事があるかどうかを口にするのは、とても迷った。言って僕から離れるようなら、それも仕方が無いと思ったほどだ。
けど今後のことを考えたら、言った方がメリットがあったのである。向こうが殺す気なのに、こっちがそれに縛られていたら、おそらくそのまま殺されてしまう。
本当にこのデスゲームでは、平気で人を殺そうとする者たちが多い。なのでこれを先に言っておくことで、殺されそうになった時に動きやすいというのがあった。
それに二人に言った殺してしまったことについては、正当防衛という面が強いのである。
当然右腕の暴走で殺してしまった太山さんや、自分の意志で殺した一という男のことは、まだ言ってはいない。
同じ殺したでも、意味合いが大きく違うのである。
特に太山さんについては、弁解の余地が無い。右腕の暴走の結果だったけど、それは言い訳にはならないだろう。
いつかは話そうとは思うけど、それは今ではない。生き残るためには、これ以上無用な不和を生む必要はないと判断した。
でもこれはいつ言ったとしても、おそらくマイナス的な結果になる。それに正直なところ、僕にはもはやそのことについて、どうすればいいのか分からなかった。
けどそれに悩み過ぎていても、精神的にはよくないのは理解している。だから今は、一旦頭から消し去ろう。いつか、そうきっといつか、話せる時がくると、そう信じている。
そうして僕は自責の念に苛まれながらも、二人と共に、自動販売機のある陸地へと向かったのだった。




