024 指山さんとの道中
道中は、意外にも順調そのものだった。指山さんは自身の異能もあり、片足の欠損を思わせない動きをしている。
また途中では当然虫のクリーチャーたちが現れたものの、それは僕が即座に処置していた。
右手の鋭い指先で貫くことによって、簡単に倒せている。
しかしかこれまでは虫のクリーチャーを体に纏わせていたこともあり、正直なところ、少々倒すのに罪悪感があった。
勝手に仲間意識を持ったのに、また勝手に敵対したと自分でも思ってしまう。
それは一種の裏切りなのかもしれないと感じて、少しだけ心にクルものがあった。
だけど僕はクリーチャーではなく、人間でありたい。そして人間と、行動を共にしたいのだ。
なのでそんな罪悪感は頭の隅に追いやって、虫のクリーチャーたちを僕は、次々に倒していったのである。
加えて指山さんの異能である【物体強化】を、僕自身にも付与してもらう。
するとそれにより、僕の身体能力が大きく上昇したのだ。
まるで超人になったような感覚になり、虫のクリーチャーたちをより簡単に処理できるようになった。
これはすごい。力が溢れてくる。
たぶん今の僕なら、擬態クリーチャーも正面から余裕で倒せるような気がした。
クリーチャーと融合してからというもの、僕の身体能力は元々上昇していたのである。それが指山さんの異能で、更に引き上げられた感じだ。
特に右手の握力や、右腕の腕力がすごかった。今ならリンゴを余裕で握りつぶし、分厚い本は一枚の紙のように引き千切れるかもしれない。
これは虫のクリーチャー+擬態クリーチャー+【物体強化】ということが、影響しているからだろう。
また指山さんも、守られているだけではない。鉄の棒を強化して、虫のクリーチャーを叩き潰していた。
以前僕が鉄の棒で虫のクリーチャーを叩いても、吹っ飛ばすのが精々だったことを思い出す。
片足でバランスを取りながらそれができるので、やはり指山さんの異能は強力だと言える。
どう見ても足手まといどころか、普通に戦力になっていた。
ただいくら強くても、不意打ちでやられることもある。それはあの【消毒の炎】の異能を持っていたパンク系の男、毒島の件でよく分かっていた。
なので僕は指山さんが不意打ちをされないように、最大限の警戒をしていた感じである。
そうしてしばらく進んでいくと、自動販売機のある場所に近づくにつれて、虫のクリーチャーたちの出現率や、一度に現れる数が増えていく。
結果として先制攻撃で僕が倒しきれずに、指山さんへと抜けてしまうことが増えてきた。
すると指山さんがそれを見て、あることを口にする。
「なんか、俺だけ狙われていないか?」
まだ僕が虫のクリーチャーに襲われないことまでは、流石に気がついてはいない。
けど自分ばかりが何度も襲われるので、純粋にそんな疑問を抱いたみたいだった。
なので僕はとっさに、それっぽい言い訳を口にする。
「たぶん、左足の切断面から血の臭いがするのかもしれません。虫のクリーチャーたちは、血の臭いに敏感ですからね」
「なるほど。そりゃ、狙われるわな」
なんとか、誤魔化すことができた。けど指山さんの血に反応しているのも、また嘘ではない。
もし仮に僕に攻撃をするようになっても、虫のクリーチャーたちは指山さんを狙っただろう。
実際僕も指山さんの左足の切断面から、血の臭いを感じ取っていた。これは虫のクリーチャーと融合したことで、得られた能力かもしれない。
居場所を見つけるという意味では便利だけど、これがどうにもやっかいでお腹が空く。まるで血に飢えた吸血鬼のような気分だった。
これには気をつけないと、以前殺してしまった太山さんの二の舞になってしまう。それだけは、避けなければいけない。
そうして進む速度は遅くなったものの、僕は残してきた髪の毛の位置を頼りに、指山さんと共に通路を進んでいく。
ただ注意しなければいけないのは、方向が分かるというだけで、元来た道が分かる訳ではないことだ。
なので来たときの道とは、また別の道を進んでいる可能性が高かった。けど方向自体は合っているので、いずれは辿り着くことができるだろう。
また道中では敵対的な人や、指山さんを襲ったボスクリーチャーに遭遇しないことを祈るしかない。
もしそんな敵が仮に現れたら、指山さんを守り切ることができない可能性がある。なんとかこのまま、無事に自動販売機のある場所まで辿り着きたい。
しかし僕が、そう思ったときだった。
不意に正面にある十字路の別方向から、何者かが走ってくる足音が聞こえてきたのである。
「誰かが走ってきます! 気をつけてください! 中には平気で人を殺しにかかってくる人がいますので!」
「なにっ!? 足音? よく聞こえるな!? わ、わかった。俺は足手まといにならないために、少し離れていよう」
どうやら指山さんには、まだ足音が聞こえてこないらしい。擬態クリーチャーと融合したことで、僕は普通の人間よりも、耳がかなり良くなっているみたいだ。
いや、耳というよりも、核が音を収集しているだけかもしれない。
そんなことを思いつつも、やってくる足音に対して僕は思考を巡らせる。
ここは逃げるべきだろうか? いや、近くに逃げ込めるようなドアは無い。それにもし敵対的なら、パネルの色で気づかれる。その場合、逆に逃げ場が無くなるだろう。
ならドアが無い部屋や、鍵のかかっていない部屋に逃げ込むべきだろうか? けどその場合は男二人が隠れるスペースが無ければ、簡単に見つかってしまうかもしれない。
しかしここは十字路だ。相手が僕たちの進む道を選ぶ確率は、単純に三分の一。ここで突っ立てるよりかは、マシかもしれない。
そう思い指山さんに指示を出そうとしたそのとき、足音と共に地を叩く小さな足音が無数に聞こえてくる。いわゆるそれは、虫が走るシャカシャカ音だった。
もしかして、虫のクリーチャーたちに追われているのだろうか? なら助けることで、友好的な関係を築けるかもしれない。
「指山さん。どうやら虫のクリーチャーに追われているみたいです。逃げることも可能ですが、助けることもできます。僕は友好的な関係を築けるかもしれないので、助けるべきだと思うのですが、指山さんはどう思いますか?」
僕はそう指山さんに問いかけた。すると指山さんは、即座に返事をしてくれる。
「助けるべきだ! 俺だって助けられた側だからな! それで見捨てたら、男が廃るってもんよ!」
「わかりました。それじゃあ助けましょう!」
そうして助けることが即座に決まると、僕たちは相手が来るのを待った。すると少しして、十字路正面奥の角から、一人の青年が現れる。
青年は二十代前半の細身で、茶髪のポニーテイルをしていた。服装はジーパンと黒い長袖シャツを着ている。何となく、どこかチャラそうな印象を受けた。
同時に青年もこちらに気がつくと、声を張り上げる。
「た、助けてください! 俺は戦えないッス!」
どこか情けない声色で、青年はそう言った。その必死な雰囲気から、とても嘘には見えない。
加えて涙と鼻水を流しながら走るその姿は、悪いと思いつつも、正直滑稽に見えてしまう。これでもし演技だったら、相当の役者だろう。
また追いかける背後にいた虫のクリーチャーたちの数は、たったの三匹。余裕で対処が可能な数だった。
「わかった! 今助ける!」
僕はそう言うと駆け出して、あっという間に青年を追い抜くと、虫のクリーチャーたちをその右手で倒していく。
一匹だけ青年を追いかけて行ったけど、それもすぐに追いかけて始末したのだった。




