023 指山さんとの出会い
そのことに驚きつつも、僕は初老の男性との会話を続ける。
「ええ、小さいやつは結構いますよ。そのでかいやつには、まだ遭遇したことはないですね。貴重な情報ありがとうございます。それと僕の名前ですが、裏梨希望っていいます」
「おう。構わねえよ。俺は指山次郎だ」
そう名乗る指山さんは普通に答えたつもりだろうけど、顔色が悪い。たぶん血を流し過ぎたのだろう。
おいしそうな血の匂いが、何だか漂ってきている。おっと、いけないけない。僕はその食欲を、どうにか気合でひっこめさせた。
正直片足を失っているので、指山さんは戦力にはならないだろう。悪く言えば、足手まといになる可能性がある。けど、このまま見捨てるのは忍びなかった。
こちらを殺してくる者を殺す覚悟はある程度できたけど、それは僕の人を思いやる気持ちが、別に消えたわけではない。
だから僕はリュックサックから水とおにぎりを一つずつ取り出して、指山さんに手渡す。
「これ、食べてください。それと、できる限り手当もしますね」
「い、いや待て、これは貴重品だろう? 俺のような死にかけじゃなくて、自分で食べるべきだ。手当をする必要もない。今の状況が普通じゃないことは、俺も理解している」
そう言って遠慮していたけど、不意に渡したこともあり、指山さんは水とおにぎりを受け取ってくれた。
またこのままだと返されそうなので、僕は続けて自動販売機で購入した、簡易救急セットを取り出す。
簡易救急セットには包帯や消毒液、絆創膏や軟膏、ガーゼやテープ、小さなハサミなどが入っている。
「失礼します」
「お、おい!」
たぶん頑固そうだし、納得させるのは難しいだろう。なら、このまま実行した方が早い。
そう思い、僕は指山さんの左足を手当していく。正直こういう事は慣れていないので、ちょっと不格好になってしまった。
幸い既に血は固まっており、切断された断面も綺麗だったので、手当しやすかった感じだ。ちなみに新たに水も出して、傷口の洗浄もしている。
しかしそれはかなり痛かったと思うのだけど、指山さんは額に汗を滲ませるだけで、声を上げることはしなかった。
また出血防止のために足を縛っていたインナーの代わりに、購入していた縄をくだものナイフで切ってから、それで縛り直している。
縄は何か移動や捕縛に使うと思っていたので、意外な出番だった。
ちなみにインナーは、切断された断面を覆うのに使っている。ガーゼは小さく、包帯で巻くのも僕には難しかったからだ。
正直この程度では感染症や合併症が怖いけど、現状だとこれが限界だった。それに僕に医療知識は無いし、これでも頑張った方だろう。
もしかしたら手当の方法が間違っている可能性もあったけど、その場合はもう諦めるしかない。
「こんな感じかな」
「……すまねえな。俺に渡せるのは、この腕時計の中にある金くらいだろう。使い方は暇だったから既に知っている。全部やる」
「いえ、そのエンは取っておいてください。この部屋から距離はありますが、色んな物が売っている自動販売機があるので。そこにお連れしますよ」
「……俺は足手まといだ。置いていけ」
指山さんは別に、僕が裏切ると思ってはいないだろう。おそらく本当に、自分が足手まといだと思っているのだ。
けどここに置いていくのは、とても目覚めが悪い。それに本当は、指山さんも心細かったはずだ。でなければ最初に、可能なら中に入って来てくれとは言わないだろう。
「そんなことないですよ。友好的というだけで、すごく貴重です。これまで会った人たちは、逃げたり襲ってくる人たちばかりでしたからね。
それにやっぱり一人だと、できることも限られてしまいます。指山さんがあまり動けなくても、拠点となる場所で警戒してくれるだけで助かると思います」
そう言って、なんとか説得を試みる。すると指山さんはしばらく考えたあと、返答をした。
「わかった。ならやっかいになろう。俺のことは、いつでも切り捨てて構わない。若者にここまでしてもらって終わりじゃ、男が廃るってものだろう」
「ありがとうございます。これからよろしくお願いします」
「おう。それと敬語じゃなくて構わない。普通に話してくれ。その方が、俺もやりやすいからな」
「わかりました!」
「おいおい、変わってないじゃないか」
「いやぁ、目上の人に対して急にため口は、難しいですよ」
「そうか。真面目だな」
僕と指山さんは握手を交わすと、自然とお互いに笑みを浮かべる。何だか初めて、希望が見えたような気がした。
とりあえずその後は、指山さんに渡した水とおにぎりを食べてもらい、休憩してから自動販売機に戻ることを決める。
またお互いに、異能についても話し合う。本当は全部話すべきだったのかもしれないけど、僕はこの右手が異能だと話した。
対して指山さんの異能は、物体を強化できるらしい。異能名は【物体強化】とシンプルだ。
それは物はもちろんのこと、自身も対象にできるらしい。この部屋まで移動できたのは、その物体強化があったからのようである。
ちなみに足を切断されたあとなんとか試行錯誤していたら、急にできたという。
加えて異能名はスマートウォッチで知っていたけど、最初にいた部屋では、異能のことを全く信じていなかったとのこと。
またこの部屋に辿り着いたのは、本当に偶然らしい。最初の部屋で使い方は知っていたので、スマートウォッチでドアを開けて逃げ込んだようだ。
そこからは足を切断した化け物が、部屋の外に現れるかもしれないと思い、部屋からは一歩も出なかったようである。
結果として僕がやってくるまで、指山さんは時間を持て余していたようだ。
それとドアを開けた時のエンを返してくれると言っていたけど、必要経費だと言って断っている。
当然指山さんはそれでも、エンを払うと言ってきた。なので最終的には折衷案で、部屋を出る時の支払いを任せることで決着した感じである。
職人気質な雰囲気で頑固かもしれないと第一印象では思っていたけど、意外と融通がきくみたいでホッとした。
ただ人がいるとドアを開けるのに、倍の値段がかかることは秘密にしておこう。言ったらおそらく、それで納得しなかったと思われる。
あとは部屋に落ちていたちょうど良いサイズの鉄の棒を二本拾うと、指山さんに手渡した。
それを松葉杖代わりにして、指山さんは物体強化で自身の肉体と鉄の棒に強化を施す。
すると問題なく指山さんは立ち上がり、鉄の棒を使うことで歩くことも可能にした。
自分のことを足手まといと言っていたけど、その動きは軽快である。これなら僕が補助しなくても、一人で問題なく歩けそうだ。
どのみち虫のクリーチャーたちに指山さんは狙われるだろうし、常に補助することは難しかった。
それと鉄の棒で戦うことも想定しているのか、指山さんはその場で素振りをする。けどその勢いは、まるでプロ野球選手のスイングのように見えるほどだった。
今の一撃を受けたら、たぶん虫のクリーチャーは瞬殺のような気がする……。あれ、指山さん、普通に強くないか?
僕はその素振りを見て、思わずそんな感想を抱く。
と、とりあえず準備はできたようだし、そろそろ行くか。
「それじゃあ、行きますか」
「ああ、道中での自分の身は、自分で守る。もしものときは、構わず俺を置いて逃げろ」
「なるべくそうならないように、お互い頑張りましょう」
そう言葉を交わして、僕と指山さんは部屋を出るのだった。




