019 池と擬態クリーチャーについて
一応虫のクリーチャーたちも【吸収融合】したら襲わなくなったし、今度も同じ可能性がある。
けどそれは憶測であって、実際はどうなのかは分からない。なので僕は、もう一体擬態クリーチャーを誘き出してみることにした。
まずは同じように、池へと石を投げ込んでみる。しかし、反応は無い。様々な場所を目掛けて投げても、一緒だった。
次は虫のクリーチャーを、一匹投げ込んでみる。けど虫のクリーチャーは、器用に泳いで陸地に戻ってくるだけで終わってしまう。
ちなみに水を恐れているのか、とても必死な感じだったのが印象的である。本能的に、水に入るのを避けているのかもしれない。
なんとなくそこに、食物連鎖を感じた。
けど水を避ける虫のクリーチャーに対して、待ちの姿勢の擬態クリーチャーだと相性が悪い気がする。
もしかして擬態クリーチャーには、虫のクリーチャーを誘い出す何かがあるのだろうか?
虫のクリーチャーの好物といえば、当然血液である。もしかして、作り出せるのだろうか?
そう思って意識してみると、赤い核の近くに赤色のスライムが生成される。
おっ、できた。
それを移動させて左の手の平に出してみると、自分で作り出したのにもかかわらず、何だかとても美味しそうに見える。
臭いは血とは程遠いのに、不思議だ。無臭に近く、少し甘い感じがした。
すると周囲の虫のクリーチャーたちが、僕の体へと突然群がってくる。
「うわっ!?」
そして僕の体をよじ登り、手の平の赤いスライムを長い舌で器用に吸い取った。
僕はその光景に驚きつつも、あることに気がつく。
なるほど。おそらくこの赤いスライムを、虫のクリーチャーは水に近づいてでも吸いに行くのだろうな。結果それにより、擬態クリーチャーに捕食されてしまうのだろう。
生存本能を上回る誘引作用。それがこの赤いスライムの力だった。
現状虫のクリーチャー以外に効果があるのかは不明だけど、もし効果があるのならとても有用かもしれない。
僕は虫のクリーチャーと融合している関係上、判断材料にはならないだろう。なのでいずれ別のクリーチャーと遭遇したとき、機会があれば試してみることにした。
それと僕がこの場所に来たときには、そんな赤いスライムは見当たらなかったんだよな。
もしかしたらそのときは、吉田さんを取り込んだことで既に満足していたのかもしれない。
また事前に出していた可能性のある赤いスライムは、回収したのか、それとも元から出していなかったのか、あるいは何らかの理由で無くなったのかは不明だった。
そしてあのとき現れたのは、あくまでも僕が石を投げ込んだからだろう。獲物が自分から来たら、既に満足していても関係なく襲うみたいだ。
次に僕は体から虫のクリーチャーたちを下ろすと、少し離れて自分でも赤いスライムを右手の舌で吸ってみる。
……何も感じないな。血を吸ったときのような、満足感はない。本当に誘引作用があるだけで、他に意味はなさそうだ。
加えて、エネルギー的な何かが補充された感じもしない。おそらく、栄養も皆無なのだろう。これだけを摂取し続けても、いずれは餓死する感じがした。
血と同じなら自給自足ができるかもしれないと思ったけど、それは甘い考えだったみたいである。
あと少し出しただけだけど、虫のクリーチャーたちが反応を示していた。
僕よりも、虫のクリーチャーたちへの誘引作用が強い感じがする。
これは僕が自分で出したからなのか、それとも虫のクリーチャーだけではなく、擬態クリーチャーとも融合しているからだろうか。
少なくとも虫のクリーチャーたちがいると、誘引作用が他にあるかの実験が難しいのは確かである。
他のクリーチャーに試そうにも、おそらく虫のクリーチャーたちが突撃するのが目に見えていた。
ある意味、虫のクリーチャーたちを操るのに使えるかもしれない。
虫のクリーチャーたちを移動したい場所に投げれば、おそらく向かっていくことだろう。
そういう使い方も、今後はできる可能性があった。
とりあえず赤いスライムについては、こんなところだろう。
それよりここまでしても、擬態クリーチャーが一体も新たに出てこない方が問題だ。
もしかしたらそもそもとして、この池にいたのはあの一体だけだったのかもしれない。
よく考えれば、あれだけ騒いでいたのだ。もし擬態クリーチャーが他にもいたのであれば、早々に現れていたことだろう。
だとすればあの擬態クリーチャーって、ボスクリーチャー的な存在だったのかもしれない。
それをどうにかできた報酬として、あの自動販売機が使用できるのだと僕は考えた。
しかしこれは倒した人物だけではなく、無関係の者たちにも恩恵がある。
あの擬態クリーチャーと戦わずして、誰でも自動販売機を使えるのだとすれば、それは少々腑に落ちないと感じてしまう。
僕はこうして擬態クリーチャーに【吸収融合】できたから倒すこと自体にも意味はあったけど、普通の人はそうではない。
擬態クリーチャーと戦うことで、怪我や消耗をすることになるだろう。
場合によっては、漁夫の利で倒した人物を始末する者もいるかもしれない。
僕のときは現れなかったけど、デスゲームでは本来起こり得ることである。
ちなみに擬態クリーチャーと融合してから周囲への音には敏感になっていた。なので周りに人がいないことは、おおよそ把握できている。
現状僕を狙う者は、たぶんいないので問題はなかった。ただ平和島の【存在希薄】のような異能は、もちろん例外だろう。けどそこまで考えたら何もできなくなるので、現状は警戒に留めている。
それと逆に言えば、別の人がボスクリーチャーを倒したら、僕もその恩恵を得られる可能性があった。
いや、普通は人数を集めて、自動販売機を死守するかもしれない。そうして自分たちのチームだけで、自動販売機を使う感じがする。
中には善意によって誰でも使えるようにするかもしれないけど、それはデスゲームだと悪手だろう。
その人が善人でも、使用するために現れる人が善人とは限らない。結果として自身とその仲間を、危険に晒す行為になる可能性があった。
加えてデスゲームの脱出可能な人数には、もしかしたら人数制限があるかもしれないのだ。その場合は当然、全員が助かるのは不可能となる。
だから一番良いのは、チームでの自動販売機独占なのかもしれない。
もちろん奪うために襲撃されるリスクもあるかもしれないけど、こんな場所では独占するメリットの方が大きいと思われる。
まあ、それも自動販売機の内容次第になりそうだけど。
しかしチームによる独占がベストだとしても、僕の場合は単独なので、それは不可能だ。逆に死守しようとしても、奪えそうだと判断されて頻繁に襲われる可能性もあった。
ここでも、単独のデメリットが出た感じである。虫のクリーチャーたちはいるけど、この池周辺では水を恐れて力を上手く発揮できない。
赤いスライムで誘導するにするにしても、限界があるだろう。
はぁ、これについては考えても、仕方がないな。一応擬態クリーチャーの力で、化け物の見た目はある程度どうにかできた。
たぶんこれまでとは違い、初見で人に化け物だと言われて、襲われる可能性は低下しただろう。
なので人の味方を作れそうなら、もしかしたらその方がいいのかもしれない。
正直既に一という男に実質裏切られた感じではあるけど、それでもチームで動く方がメリットがあった。いや、できてしまったと言うべきか。
状況は、頻繁に移り変わる。自動販売機の登場で、僕も今後の方針を修正せざるを得ない。
虫のクリーチャーたちだけに固執しすぎるのは、逆に危険かもしれなかった。柔軟に考えることも、大事だろう。
なのでもしも人の味方ができるようであれば、それに越したことはない。まあ、信用できるかどうかは、もちろん別として。
しかしそれも、前提として自動販売機次第だ。単独のメリットを上回らなければ、引き続き単独のままでも問題はないだろう。
それにチームのメリットの方が上回ったとしても、別に必ずしも誰かと組むとは限らない。
これは今後の展開に対する、考えの一つに過ぎなかった。結局は状況に合わせて、臨機応変に挑んでいくしかない。
そんなことを思いつつ、僕はまず自動販売機へと向かうことを決める。
とりあえず所持金は480エンもあるし、何があるのか実際に確かめに行こう。




