018 擬態クリーチャーの能力 ②
効率を重視するならば、人の亡骸も取り込んで消化するべきだろう。しかしそれは同時に、人として何かを失うことにもなる。
だが僕の場合、既に右手から伸びる舌で血を吸い取ったことから、既に手遅れかもしれない。
しかしあのときは頭部を修復した関係で、異常に腹が減っていた。つまり空腹を我慢できなかったのである。
けれども血を吸ったことで、今は満腹状態だ。思考もクリアになっている。
おそらく酷い空腹感に襲われると、僕の倫理観への意識は低下するのかもしれない。
故に現状改めて二人の亡骸を見ると、取り込んで消化することに対して、少なからず抵抗感があった。
それを情けないと思うのと同時に、まだ人間性が残っていることに安堵を覚える。
とりあえず今は満腹だし、あえて取り込んで消化しなくてもいいだろう。
人を殺すことに対する考えが変化しただけでも、今は上出来だと思うことにする。無理に行う必要はない。
一度に全てを可能にしようとするのは、流石に傲慢過ぎるだろう。
こんな状況だし、自分の精神は自分自身で守る必要がある。そう考えて、僕は無理をしないことにした。
けどこのまま放置するのもあれなので、割れた床をどかして地面を掘る。そこへ二人の亡骸を埋めておいた。
ちなみに灰色のスライムに変化しなければ、体の硬さは以前と変わらない。掘るのも埋めるのも、簡単にできた。むしろ以前よりも、力が増したかもしれない。
そして完全にこれは自己満足だけど、二人の亡骸を埋めたことで、少しだけ心が楽になる。しかし以前なら、こうはいかない。結果はどうあれ、僕は殺人犯である。
このデスゲームに巻き込まれる前の僕なら、精神に異常をきたしていただろう。だけどこうして大丈夫になっているのも、また異常なのかもしれない。
そんなことを思いながら、僕は再び擬態クリーチャーの能力について意識を向ける。
とりあえず物を体に取り込めるということは、一つ便利な事ができるかもしれない。
僕は気持ちを切り替えて、スマートウォッチの一つを体に取り込ませてみる。すると問題なく、収納することができた。
よし。これでかなり身軽になる。
軽く動いてみても、特に変化はない。たぶん激しく動いても、大丈夫だろう。
そう思い、残りのスマートウォッチも体内に収納させた。
また一応人に見られると不味いので、今持っている水とバー状のクッキーは、引き続き腰のビニール袋に入れておく。
体内には貴重品や、しばらく使わない物とかを入れることにしよう。
しかしそう思ったとき、僕は胸の中心にある物を見つけてしまった。
「うわっ……まあ、当然これも、あるだろうなぁ」
思わず僕はそう口に出してしまったけど、それも仕方がない。見つけたのは野球ボールほどの大きさと丸さをした、宝石のような赤い石である。
これって、あの擬態クリーチャーの弱点だった核だよな? ということは、これを破壊されたらたぶん僕は死ぬ。
そのことにゾッとしてしまったけど、同時にこれがあるからこそ、頭部が吹き飛んでも生きていたのだと理解した。
一瞬最悪だと思ったけど、よくよく考えれば、どうということは無いかもしれない。
そもそも人間なら、心臓や脳はもちろんのこと、重要な内蔵を損傷したら、結局死に至ることとかも多いわけだし。
それを考えれば逆に、弱点が一つに集約されたのはプラスに働いている。
意識すればこの核は動かせるみたいだし、あらかじめ攻撃されそうな場所が分かっていれば、回避させることも可能だろう。
また頭部が破壊されても音が聞こえたり思考できたのは、この核が関係しているのかもしれない。
確か擬態クリーチャーも、池に石を投げ込んだら反応して出てきたわけだしな。音に敏感だったのは、それが理由だろう。
加えて核を意識すると、スライムの部分を生成できることが分かった。エネルギー的な何かを消費するものの、ある程度はスライムの部分を失っても、どうにかなりそうである。
あとスライムの部分だけど、圧縮することで見た目以上に多く保持できるみたいだ。
あの二人を取り込むときに体積以上のスライムが現れていたのは、それが関係しているのだろう。
こうして理解を深めると、擬態クリーチャーはかなり凄い生物だということがよく分かる。あれで知能が高かったら、驚異的な化け物だったかもしれない。
そして擬態クリーチャーといえば、文字通り擬態能力があるはずだ。だとすれば、僕の糸目と狐顔も変えることができるかもしれない……。
しかし仮にそうだとしても、正直僕はあまり顔を変える気は無かった。色々裏切りそうとか言われたりするし、コンプレックスはある。
けどそれ以上に、自身の顔に愛着があることもまた事実だった。それに別の顔になるとか違和感があり過ぎて、逆に気持ち悪く感じてしまう。
状況によって短期間なら良いかもしれないけど、普段の状態ではあまり変えたくはなかった。
生き残ることを考えるなら頻繁に顔を変えたり、人に好かれそうな顔にするべきなのは、僕だって理解はしている。
でもこれは何となくだけど、自己認識や精神に異常をもたらすと思った。おそらくこれは、間違いではない。
制限なく使い続けていれば、そのうち自分自身が誰なのか、本当に分からなくなってしまうような気がした。
僕は正直こうしたデスゲームでは、如何にして自分の精神を守っていくかが重要だと思っている。狂った者から次々に、死んでいくイメージがあった。
それでもこうして人を殺してしまったように、精神の変質はきっと避けられない。だから余計にこうした細かい部分で、気をつける必要がある。
だから僕はメリットが多少なりともあったとしても、そのデメリットから、自分の顔を完全に変えるようなことはしたくはなかった。
そうして色々と自分の心と考えに向き合っていると、あるものを見つける。それは、スマートウォッチだった。
ん? なぜここに? いや、もしかして擬態クリーチャーから既に取り込まれていた、あのスキンヘッドをした中年男性の物だろうか?
そう思いつつ、僕はスマートウォッチを拾って起動してみる。
名前:吉田水重
年齢:39
性別:男
異能:水補充排出
どうやらこのスマートウォッチの持ち主は、吉田水重さんというらしい。
異能は【水補充排出】であり、名称から推測するならば、水を補充して自由に排出できる感じだろうか?
だとすれば水を補充するために池に近づいたところ、あの擬態クリーチャーに襲われたのかもしれない。
擬態クリーチャーは音に反応するし、池で何かしていたら気づかれてしまうだろう。
それと音に反応するということは、やはりあの自動販売機は罠だったのかもしれない。
池に入れば確実に音は発生するだろうし、擬態クリーチャーには当然、見つかってしまうだろう。
そして擬態クリーチャーに取り込まれたら、抜け出すことは困難を極める。池の中であれば、なおさらだ。
なので僕が先に石を投げ込んだのは、ある意味正解だったのかもしれない。下手に池に入っていたら、それで終わっていただろう。
そう思いつつ、僕はこのスマートウォッチからエンを移動させる。吉田さんは、90エン持っていた。これで僕の所持金は、480エンとなる。
実際の円だとショボいけど、このデスゲームだと大金に思えるから不思議だ。貴重な金銭なので、使い道は考えていきたい。
僕は吉田さんのスマートウォッチも、同じように体内へと収納しておく。
さて、これで一応、確認したいことは以上かな?
【吸収融合】した擬態クリーチャーの能力もある程度理解できたし、他に気になるものは落ちていない。
なら次に考えるのは、当然あの自動販売機についてだろう。今の僕なら、どうにかして辿りつけないだろうか?
そうして僕は池の中央の陸地にある、自動販売機へと視線を向けるのだった。




