014 擬態クリーチャー ②
「ぎゃぁあ! ぐぁあ!?」
「ひぃぎぃ!」
するとそんなとき、二人が苦痛を訴える叫び声を上げる。よく見ると最初に飲み込まれた部分から少しずつ、身体が溶け始めていた。
加えて気がつけば、一という男の異能も解除されている。痛みなどによって、維持できなくなったのだろうか?
見た目は鉄の人間という感じで絶対的な守りを持っていそうだったけど、実際はそうではなかったのかもしれない。
もしかしたら、どこかに隙間などがあったのだろう。そこから侵入されていた可能性がある。
そして力も強そうだったけど、結局擬態クリーチャーから抜け出すことはできなかったみたいだ。
喩えるなら、ジャンケンでいうグーとパーという感じだろう。
一という男の異能は、擬態クリーチャーとの相性が悪かったようである。
それとあの擬態クリーチャー、どうやら獲物を溶かすための溶解能力もあったらしい。
見た感じ一瞬で相手を溶かすような強力な酸ではなさそうだけど、それなりに強そうではあった。
少なくとも衣服や皮膚などを溶かすことは、容易なようである。
うわっ、アレはグロイな。しかも簡単には終わらない感じだ。おそらくゆっくりと溶かしていくのだろう。
皮膚から先は、まさにじわじわと溶かすというイメージがピッタリな感じだった。その痛みも、おそらく途方もないものだろう。
一応先に犠牲者がいる以上、数十分~数時間で溶かされるのは間違いない。
まるでお風呂に入れた炭酸入浴剤のように、気泡のようなものがいくつも発生していた。
そんなあまりにもな光景に、なんだかあの二人への同情心が芽生えてくる。だけどその気持ちを、僕はグッと抑えた。
馬鹿な考えはやめろ。助けたら、隙をついて襲われるぞ。
そう自分に言い聞かせる。だけどそのとき、あることが脳内に思い浮かんできた。
でもそれって、狐顔と裏梨希望という名前でなんか裏切りそうというだけで、人から疑われるのと、一緒じゃないのだろうか?
自分のことを棚に上げて、人に対しては裏切るはずだと、そう決めつけてしまっているような気がした。
けど僕と条件は違う。あの二人は明確に僕のことを殺そうとしている。いや、それは僕が虫のクリーチャーたちを実質嗾けたようなものだし、それを思えば……。
このような状況にもかかわらず、僕は酷く混乱していた。自分の中の何かが、強く悲鳴を上げている。
人の生き死にを、簡単に割り切るのは難しい。目の前で死にゆく者を、ただ何もせずに見捨てるだけというのは、大変な苦痛を伴った。
それを意識すればするほど、それは強くなっていく。擬態クリーチャーの弱点を探っていたときには、全く感じなかったのにもかかわらず。
「た、助け――」
「いやぁ、死にたくない。死にたくな――」
そんな声が、僕の耳に届く。心が、揺さぶられる。たとえそれが、先ほど僕のことを殺そうとした者たちでも。
見ればとうとう二人は、頭部まで飲み込まれ始めている。偶然か本能的なのか、擬態クリーチャーは最後に頭部を飲み込む習性があるのかもしれない。
もう、彼らが助かる時間は残されてはいなかった。溶かされる前に、窒息死する方が早い。
故に気がつけば、僕の身体は自然と動いていた。
当然近づけば、擬態クリーチャーも流石に意識を向けてくる。獲物を横取りされると思ったのか、威嚇するかのようにスライム部分を大きく広げた。
まるで薄い布のを壁のように広げたそれに、僕は手に持っていた虫のクリーチャーを投擲する。
擬態クリーチャーはそれを本能的に包み込むようにして、捕らえた。しかしそれは同時に、大きな隙にも繋がる。
「どうやら僕は、まだ人間性を捨てきれないみたいだ」
「――!?」
僕はそうして擬態クリーチャーの背後に回り込むと、無防備になっていた核を右手で掴む。
左手でなかったのは、右手なら力もあるし、多少溶かされても大丈夫だと思ったからだ。
一瞬の判断が命取りになる現状、融合する部位までを選択している余裕はなかったのである。
そして右手でしっかりと掴んだ核に対して、僕は異能を発動させた。
「吸収融合!」
「――ッ!!」
すると虫のクリーチャー以上の抵抗を感じ、僕はそこへ負けじと力を込める。そして僕の意思が打ち勝ったのか、途端に相手の抵抗感が薄れた。
結果として掴んでいた核と二人を飲み込んでいた灰色のスライムの部分が、俺の右手へと吸い込まれていく。
そのとき直感的に、なぜか核に異能を発動したからこそ、【吸収融合】が効いたのだと理解した。
これは本能的に、異能の力を感じ取ったからかもしれない。発動した時に、何かがカチリとハマる感じがしたのだ。
だとすれば灰色のスライムの部分だけでは、異能を発動しても効果が無かったかもしれない。
そんなことを考えている間に、擬態クリーチャーへの【吸収融合】が終わる。
体に変化は……ん? 特に無いな? いや、あるのかもしれないけど、まだ何も分からない。
右腕は変わらずに、あの虫のクリーチャーのままだった。他の部位も、ぱっと見だと変化がない。
まあ結果はどうあれ、擬態クリーチャーを倒すことができた。もしも核以外の部位に異能を発動しようとしたら、そのまま返り討ちに遭っていたかもしれない。
もしそうなったら、間違いなく僕も擬態クリーチャーに取り込まれていただろう。そうなれば、核に手が届くことも無かった可能性がある。
攻略法が予想できたからどうにかなったけど、実はかなり綱渡り状態だったのかもしれない。
加えてもしも擬態クリーチャーが近づく僕に対して、一度だけではなく二度目の反撃をしていたら、おそらくそれで終わっていただろう。
なので僕は倒し終わってから、急に肝が冷えてきた。ある意味あのときは、ハイになっていたのかもしれない。冷静なようで、僕は全く冷静ではなかったようだ。
「うっ……たす、かったのか?」
「痛い、なんでこんな目に……」
すると擬態クリーチャーから解放されたことで、二人は死なずに助かったようである。
けど衣服の大部分と、多くの皮膚が溶かされたことで酷く爛れていた。
しかし頭部は取り込まれてから間もないこともあり、ほとんど無事なようだ。これは、不幸中の幸いだろう。
「お、お前が助けてくれたのか? 俺はお前を殺そうとしたのによ……」
「た、助かったわ……」
どうやら二人は、僕が助けたことについて理解しているみたいだった。これなら、争わずに済むかもしれない。
「ああ、僕は異能でこんな見た目だけど、元々は普通の人間だったんだ。部屋に虫のクリーチャーを入れちゃったのは、本当にごめん。まさか緑色にパネルが光っていることが、人がいることを示していることだとは知らなかったんだ。
あの虫のクリーチャーたちは、この右腕もあってなぜか僕を襲わないから、身を守るため体に張り付けていたんだよ。それが結果的に、悪い方向に繋がってしまって……」
ぼくはここぞとばかりに、あのときの出来事がわざとではないことを告げた。
すると一という男は比較的軽傷な左手で自身の頭をかくと、後から飲み込まれたことで無事だった両足で立ち上がる。
「そうだったのか。まあ、けど危険なわけだったし、今回助けたことでチャラにしてやるよ」
「そう言ってくれると、助かる」
命を脅かしたことを、命を助けることで解消できたようだ。これなら、デスゲームで初めて他人と友好関係を築けるかも――。
しかし、そう思った直後だった。
「だが、とりあえず死んどけ」
「えっ――」
するとその瞬間、一という男の鉄になった左拳で、僕の頭部が撃ち抜かれる。
まるで割れたスイカのように破壊され、同時に僕の何かが周囲へと飛び散っていく。そしてそのまま後方へと、体は勢いよく倒れるのだった。




