013 擬態クリーチャー ①
「クソが! 放しやがれ!」
「ひ、ひぃ!」
一という男は右腕を引きはがそうと力を入れるが、全く引き抜けそうにはない。むしろ侵食が進み、右腕がどんどん飲み込まれ始めている。
加えて擬態クリーチャーは両手を伸ばすと、一という男の左腕も掴む。当然その左腕も、同様に飲み込まれ始めた。
「う、嘘だろ! だ、誰か助けてくれ! あ、厚美! 助けてくれ!」
「し、知らない。私、知らないから!」
「ま、待ってくれ!」
すると厚美という女性は、薄情にもそう言って逃げ出そうとする。だが擬態クリーチャーが、それを許さない。
人だった足を灰色のスライムに戻すと、ゴムのように伸ばして厚美という女性の足を絡め取ったのである。
その結果として転倒した厚美という女性は、引きずられるようにして、擬態クリーチャーの方へと少しずつ引き寄せられていく。
「いやぁ! いやぁ!」
厚美という女性は、抵抗して割れた床の隙間を必死に掴む。だが擬態クリーチャーの力強さの前に、それは無力だった。
爪が剥がれ血を流しても、厚美という女性は必死に足掻く。しかしそれも虚しく、その絡め取られた足が擬態クリーチャーへと合流してしまい、そこからは呆気なく、下半身が飲み込まれ始めた。
とても情報量が多いけど、これらはあっという間の出来事である。
「お、おいそこのやつ! 助けてくれ! 虫を嗾けたことは許してやるからよ!」
「お願い、助けて! 助けてくれたら、イイコトたくさんしてあげるからぁ!」
すると相当切羽詰まっているのか、二人は僕に対して助けを求めてきた。けど当然、僕に二人を助けるという選択はない。
仮に助けたとしても、おそらく裏切られるような気がした。二人の言動は正直なところ、とてもではないけど信じられそうにはない。
そもそもあの女性の言うイイコトとか、逆に身の毛がよだつ。男に媚びて上手く操作しようとする女性って、どうにも好きになれないんだよね。
なんとなくあの厚美という女性からは、そんな雰囲気を感じていた。
だから二人を助けるのは、選択肢からは除外する。残されているのは、逃げるか、戦うかだ。
まず逃げる選択についてだけど、これは問題なく可能だろう。擬態クリーチャーは二人に夢中で、僕に興味は無さそうだ。
けどその選択は結果として、現状何も変わらないことを意味している。
この右腕は戦闘で使えるけど、全体を見ればそこまで強くはないかもしれない。
少なくともこれまで遭遇した、三人の異能者には勝てる気がしなかった。
パンク系である毒島の【消毒の炎】、十字路で出会った少女の光の矢、そして今目の前で取り込まれている、一という男の鉄を纏う異能。
状況によっては、あの死亡していた平和島の【存在希薄】にも、勝てないだろう。
唯一勝てそうなのは、僕が殺した太山さんの【短縮睡眠】だけだった。
そしてこの擬態クリーチャーも、同じように強いはずだ。当然、僕よりも。
右腕の元になった虫のクリーチャーたちが、慌てて逃げ出したのがその証拠だ。
加えて勝てないと思った一という男を、簡単に倒している。相性もあるかもしれないけど、十分に脅威的だった。
正直気持ち的には、今すぐにでも逃げ出したい。だけどこのまま弱いままだと、いずれにしても僕は死ぬことになるだろう。
この右腕だけでは、おそらく生存は困難だと思われる。僕が思っている以上に、このデスゲームは危険極まりない。
今後逃げることができない異能持ちや、クリーチャーに遭遇することもあるだろう。もしそれまでに力をつけなければ、その時が最後になる。
だから僕は、段階的に強くなる必要があった。もちろんそれによるリスクも、承知している。
僕の異能である【吸収融合】は、たぶん使えば使うほど、取り返しのつかないことになるだろう。
しかし使わなければどの道、このままだと高確率で死亡するかもしれないのだ。
なら化け物になってでも、僕は生き残りたい。
ここにきて僕はより一層、その覚悟を強めた。少しずつ、意識を変えていく。生き残るために、死なないために。
そうして僕は擬態クリーチャーに対して、【吸収融合】を使うことを決意する。
すると僕がそう決意をしている間に目の前では、目を背けたくなるような光景が広がってた。
「た、助けてくれぇ!」
「いやぁああ! いやぁああ!」
一という男は腕から胴体半ばまで侵食され、もう少しで口を塞ぎそうになっている。
また厚美という女性は、下半身を完全に飲み込まれていた。
必死に助けを呼ぶ声や悲鳴が聞こえてくるけど、僕がそれに動くことはない。かわいそうだと思いつつも、諦めるしかなかった。
それよりもどうにかして、あの擬態クリーチャーの攻略方法を考える必要がある。
まず前提としてあのときのように、触れれば【吸収融合】が発動する可能性はあった。
けどもしも上手く発動しなかった場合は、僕も二人のように飲み込まれてしまうことだろう。そうなってはおしまいだ。
少なくとも虫のクリーチャーのときは、僅かにだけど抵抗を感じたはず。仮にそれ以上の抵抗があった場合、失敗する可能性があるかもしれない。
虫のクリーチャーたちが逃げ出したことから、一度取り込まれたらこの腕では、抜け出すことは困難な気がする。
だから油断せずに、できるかぎり安全な方法を模索しなければいけなかった。故に僕はまず初めに、擬態クリーチャーのことをよく観察してみる。
擬態クリーチャーは二人を飲み込むのに必死で、こちらに意識が向いていないような感じだ。おそらく半ば、本能で動いているのではないだろうか?
またスキンヘッドの中年男性に擬態して言葉を発していたけど、それも意味を理解していなかった可能性がある。
少なくともそういった知性は、見た目と今の行動からはあまり感じられなかった。
もしかしたら元になったスキンヘッドの中年男性が飲み込まれる際に、そう叫んでいた言葉を模倣していただけかもしれなない。
実際今取り込まれている二人も、必死に助けを求めていた。
そして現状の擬態クリーチャーだけど、二人を飲み込んでいる途中だからか、擬態がほとんど解けて灰色のスライムみたいになっている。
気になるのは擬態時の大きさ以上に、スライムの部分が増えていることだ。
ただ限界があるのか、ある程度増えたらそれ以上増えることはなく、少しずつ擬態を解除して取り込む方へと回している。
しかしそんな擬態クリーチャーの中で、一つだけ気になる物を僕は発見した。
なんだあれ? 丸い、石? 宝石か?
目を凝らすと、擬態クリーチャーの中に、野球ボールほどの球体が見える。それは宝石のような赤い石であり、擬態が解けて灰色のスライムになった部分から、うっすらと確認することができた。
どう考えてもあれは核とか、そういう物じゃないだろうか? 何かの漫画で、似たような敵が出てきたのを見たことがある。
確か大抵の場合は、ああした核が急所になっていることが多い。破壊すれば、そのまま倒せる可能性があった。
加えて擬態クリーチャー自身も、急所ということを本能で理解しているのかもしれない。
取り込んでいる二人からは、なるべく核との距離を離している。
そして二人を取り込めば取り込むほど、身体の大部分はそちらへと移動する。つまりそれは、核を包んでいる部分が減っていることを意味していた。
獲物から核を離すのと、獲物を取り込むことを同時にしていることの弊害なのだろう。
だとすれば擬態クリーチャーの知能はやはり低く、本能だけで生きているのかもしれない。
獲物に夢中で、僕という存在を無視し過ぎている。知能があれば、もっと僕にも警戒をしてくるはずだ。
知能と核。それがあの擬態クリーチャーにとっての、弱点なのだろう。
本来の攻略方法は、他のクリーチャーの死骸を投げ込み、夢中になっているところを叩く感じだろうか?
僕は擬態クリーチャーの観察をしたことで、その答えを導きだした。
たぶんそれは、おおよそ間違ってはいない気がする。落ち着いて観察をすれば、意外と倒しやすいクリーチャーなのかもしれない。
ならあの二人が取り込まれている今こそが、同時に最大のチャンスでもあった。




