6話
ウヌマーはブレーキを思い切りかけたが、間に合わなかった。車両はレールから勢いよく飛び上がった。このまま放物運動するかと思われた。
ここで!電磁石モーター車は、その名の通り電磁石を利用して出来ている乗り物だ。
胃カメラの先端の金属製の器具に車両はくっ付いた!
口のギザ歯の山と谷が外からの光で真っ黒だった。
そのまま、マリアの手で電磁石モーター車は悲願の外へと脱出したのだ。
胃カメラは天にコードを巻きつけられていった。
天からは通知書が来ていた。
“検査した方がいいね”
「ああ。これはストレス溜まるわ。健康診断の後にまた検査させられるやつな。」
口出汁はマリアの姿を見た。
赤いベールに包まれたのでよく顔が見えなかった。
のではなく……赤いベール自体に目がついて、牙がついた口がついている。ついてる?唇が無いのでよく分からない。
「コイツが入る機械無いけどな。」
口出汁は周りを見て思う。
「エノデンの言ってた物は全部無いじゃんか。騙されたな。」
ウヌマーはマリアの脳を食べようとしたが、その大きさに歯を食い縛るだけだった。
「なぁ。どうやって“血のピラミッド”に行く?このままじゃアホの脱出ゲームして完結だぞ。」
梅星はひょっこりと顔を覗かせた。
「血の雨が降り注ぐ……ずっとずっと降り注ぐ……見てみろ、この海はマリアが反射して赤いんじゃない。血の海なんだ。ピラミッドは血の海に沈んでいるんだ!」
ウヌマーは海の水を舐めてみたらしい。
「じゃあ絶対にこっちがストレスの原因だろ。地獄にいんだぞ。」
梅星はモーター車から出て来た。
マリアは天に向かって動こうとしていたらしい。それでも体が動かない。動けない。
そのまま争いに巻き込まれて、愚かさも残酷さも沢山、常に、目にしてきた。時には足で踏まれたこともある。
その目は憂いに満ちた。ベールを被ってもその上からまた目がついた。こうして長い年月が過ぎた。
「ああ〜これがホントの紅海だな。うん?」
呑気な口出汁はマリアの目に止まったらしい。
マリアはそのベールが青くなっていった。震えて、今にも逃げ出しそうなそんな表情だった。
「失敗したな。お前は。」
空から黄色い球体がマリアをガブリと食べた。
「お前のことを出さないようにお告げをしたんだ。」
球体はそのまま口で土鍋を睨んだ。
「何だ?口仲間に嫉妬されてるのか?」
口出汁は内心ビビりながらウヌマーの影で言った。
「これがホントの陰口だね。」
梅星は梅の枝をウヌマーに手渡した。
「マリアは、お前のことを封じるためにいた存在だ。お前は禁忌の存在だ。天のためにお前を喰らう!」
黄色の球体は土鍋に迫ってきた。
「上手く使ってね。」
梅星はウヌマーに釘を刺して電磁石モーター車に入った。
ウヌマーは梅の枝を残った青いベールに擦り付けた。
温かい光を放つフキダシは天に昇り始めた。
フキダシの中にいたのはドラゴンだった。
ドラゴンはパンで出来ていた。
マリアの願い。もちろんそれは、天に昇ることだもう下界など見ていたくはない。しかし、自分の巨体がその願いを不可能にしていることは潜在意識に刷り込まれていた。
黄色の球体の名前をガブリエスという。マリアはある日、ガブリエスにその身に子が宿ると告げられた。
地獄のような毎日で、その知らせは奇跡だった。
しかし、マリアは不思議に感じた。
自分の懐妊や出産について何も分からないからだ。
マリアは天使に嘘をつかれたと思った。周りの世界では嘘が常に流行しているからだ。しかも、その流行は決して終わらない。
擦られた後の、段々と消えゆくベールは我が子が天に昇る姿を捉えた。
マリアは思った。
〔私も!連れてけよ!〕
パンのドラゴン。名前をパンドラゴンと言う。
パンドラゴンは天に昇っていく。が、天から向かってくるガブリエスに臆して戻ってきた。
「何してんだ!特攻しろよ!お前は梅星が呼んだんだから役に立てよ!」
パンドラゴンはモーター車の中の梅星を見つけると、自分の、柔らかい目にはめ込んだ。
瞬間、パンドラゴンは奮起して、再び上昇していった。
目の中の梅星はまたも梅の枝を持っていた。パンドラゴンはそのままガブリエスに突っ込んでいった。ガブリエスの体に梅の枝が擦り付けられた。
「おい!助けて!このままじゃ食べられちゃうのん。」
口出汁は無いはずの足を必死に動かした。無いものは無いので1ミリも動かなかった。
ウヌマーもまた、どうしようもない思いでその場にあぐらをかいた。
上を仰ぎ見れば、今まで見たことのある光るフキダシが、今まで見たこともないサイズで出現していた。
「アレは……?」
梅星はパンドラゴンの目から、ガブリエスのどこか分からない耳に届くように声をかけた。
「お前はガブリエルでもガブリエムでもなくて、ガブリエス。つまり、天界の中でも1番の[チ・ビ]何だろ?」
ガブリエスは急遽向きを変えた。土鍋に迫っていたはずの体を空にいるちっぽけなドラゴンに向けた。
「月並みな悪口だが、月並みのこの体にも沁みたぞ!怒ったぞ!」
フキダシの中身、〈Xクッキー〉という。
ガブリエスは兄弟のガブリエルがこのクッキーを食べて元から自分より大きな体躯を更に巨大にした記憶を思い出した。
ガブリエスはクッキーに喰らい付いた。たちまち、ガブリエスはガブリエックスエスになった。
そのサイズはただのバレーボール程で、そのままガブリエックスエスは堕天した。
下にいたウヌマーがキャッチして、そのままガブリエックスエスの頭に噛み付いた
ウヌマーが探したのは“血のピラミッド”に関する記憶だ。
答えは簡単だった。あるのだ。ガブリエックスエスが、記憶の中で“血のピラミッド”を食べていた。
“血のピラミッド”は沈んでいなかった!
「お前!“血のピラミッド”とやらを吐きだせ!俺たちの目的地だぞ!」
「無理だ!今頃消化されてるよ。」
ガブリエックスエスは申し訳なさそうな顔をした。
しかし、申し訳なさそうな顔はどんどんと色がくすんで行った。
「痛い……痛い!痛い!腹が痛い!」
ガブリエックスエスはその腹痛で、どこか分からない尻の穴から、自分よりも遥かに大きな建造物をひり出した。
腹痛は、マリアを食べて時のマリアの体内にあったバリウムが引き起こしたものだ。
だってマリアは胃カメラを使ったのだから。
「赤いな、これは血便だな、医者に見てもらえ。じゃなくて!これは“血のピラミッド”か?」
ウヌマーは驚きのあまり、口からガブリエックスエスを放した。
“血のピラミッド”が沈んでいく!血の海の中に。
パンドラゴンは梅星の意志を汲んで血の海に降り立つ。パンはそのまま血の海の水を染み込ませていった。
しかし、それでも間に合わない!
「凄いぞ!この血の海の水がどんどんと透明に!うん?ウヌマー!これ血じゃなくて赤ワインだぞ!で今は、白ワインに?赤ワインが白ワインになってる!奇跡だ!」
口出汁は自分の亠を盃のようにして、どんどんとワインを口に運んだ。
口出汁がワインを飲み干しても、“血のピラミッド”
は沈むのを辞めなかった。
パンドラゴンが今や透明な海の上を走って、“血のピラミッド”を持ち上げて支え出した。が、すぐに血と肉のセットが完成しても、すぐに限界が来そうだった。
パンドラゴンは奇跡を起こす生物だ。その目にいた梅星は自分に向けて梅の枝を擦り付けた。
そう!奇跡が……起こる……