5話
〈トリニアの泉〉は拍子抜けなことに、石で囲まれた何の変哲も無い泉だった。
不気味な生き物や、罠のような物を予想していた一行は泉の前に座り込んだ。
つまんないと思ったエノデンは梅星を泉の中へ投げ込んだ。
ウヌマーも口出汁も冷静にその景色を眺めていた。
“あいつはいい梅干しだった”“梅干しとして成長した”などと口走っていると、泉が泡立った。
泡立ったまま水が盛り上がり、続いて水色のドームが現れて、現れたものは最終的にボタンのような形になった。ボタンは押してくださいとばかりに存在するが、大きすぎて、巨大なトランポリンのように全身を使わねばならないだろう。
「アンタらのうちどっちかだぜ。俺は足ないもん。」
口出汁はムカつくことに口笛を始めた。
考えた後にウヌマーは充電切れのフリをした。まるで人に動いているところを見つかりそうなオモチャのように脱力した。
エノデンはタコスを出してボタンの上に落として見たが、効果は無かった。
「旦那!やってくれ。梅星の意志を無駄にすんな。」
エノデンは天罰という言葉を頭一杯にボタンに乗ろうとした。そのときだった!
天から果物が次々に落ちて来た。全部バナナでときどきオヤツだった。
雲のような生き物が20回ボタンを押すと、ボタンの透明な部分が開く。
「オイ……舐めてると、潰すぞ。」
二足歩行の人間くらいデカいサングラスが泉の上を渡ってトコトコとこちらにやって来た。
「トリニアか?」
口出汁は恐れず質問した。
「俺かい?俺はトリニアのグラサンだ。潰すぞ。」
「そっか。」
「お前の主に願いたい!電磁石の乗り物を作りたい。協力を!」
「トリニアならこの中だ。だがな、お前らガキのくせに舐めてるな?潰すぞ。女神に向かって出てこいだの!言うことを聞けだの!」
「神なら別に普通のことじゃん?」
口出汁は口出しした。
「よろしい。潰すぞ。」
宙には無数のピアノがあった。出鱈目だが、もしかしたら曲なのかも知れないという旋律を奏でていた。
間髪入れずにそのピアノは3人の方へ飛んできた。
エノデンはタコスを出してウヌマーと口出汁を包み、自身もピアノを避けるようにペニー・ファージングを走らせた。
「ブラブラ出来る内にブラブラするんだな!どんどん逃げ場は無くなるぜ。」
ピアノは量を増して不協和音もどんどんと大きくなっていく。その迫力ある不気味さときたら!
エノデンはピアノに気を取られて、散らばったバナナの皮の方を意識していなかった。ペニー・ファージングの車輪はレースゲームのように回転した。エノデンが放り出されて、タコスも解除された。
三人の頭上にはピアノがあった。
全員が潰されると思ったその時、ボタンの中から
声が聞こえてきた。
「それじゃあ、電磁石の高速移動車を作るの、協力してくれるね?」
「いいとも〜」
ボタンの中から、これまたサングラスのサイズに対応したように巨大で、透き通るような白い腕が飛び出した。大理石を思わせる艶やかな腕だった。
サングラスは動きを止めた。
「トリニア?まさか!さっきの小石は喋んのか!」
トリニアがボタンの中から顔を現した。
「あやつらもお前の仲間かえ?」
「そうだよ。」
「トリニアが命ずる!辞めなさい!」
サングラスが動きを止めてケースの中に帰っていった。
美しいトリニアは、自分の指の爪程しかないちっぽけな梅干しに説得されて出てきた。
「エノデンや。この者は面白いな。まるで外の常識や理からハズれておる。」
「トリニアよ。サングラスを変えたな。セキュリティ重視の奴にな。私に襲いかかってきたぞ。」
「お主の周りに住むあの生き物を手懐ければいいではないか。」
「駄目だ。脳みそが小さい。ダチョウよりもな。」
「あの飛べないおバカ鳥よりもかえ?」
「飛べない鳥はただの鳥ではないからな。皆、才に溢れておる。」
「材料をさ!早くくれよ!」
口出汁がねだる。
と、トリニアは先程バナナやオヤツを降らした雲を捕まえてめちゃくちゃに振り回した。
エノデンは早速落ちて来た材料を組み合わせて車両を完成させていった。
「角材ばっかなんだな。」
ウヌマーがその言葉を発した途端にその車両は気持ちよさそうに消えていった。
「これ、手取りッスか?」
「いや、足取りッス。」
どうやら足で組み立てないと消える車両らしい。
「今まで作れる奴が居なかったわけだ。足を手のように器用に使える奴は珍しいからな。」
梅の枝が擦れる音がした。梅星は再び、GALに変身した。
チンパンジーは、足で物を掴むことの出来る器用な生物なのだ。
エノデンの指示にGALの作業で、電磁石モーターの車が出来上がった。
「おお。よもや出来上がった現物を見られるとは。」
トリニアは電磁石モーター車をハイスピードカメラで撮影した。
「速いモンをわざわざ遅く写すカメラで撮るのかよ。」
口出汁はあまりの巨体にビビりながらも、口はモーター車のように走ってしまった。それも勝手に。
トリニアはお清めの塩を撒いた。GALは梅星に戻ると、トリニアの頬にキスをして、電磁石モーター車に乗ってエノデンの作った外に続くレールまで走っていった。
「やぁ。久しぶりの来客。随分と楽しかった。」
エノデンは車から降りて昼飯のタコスを持たせてあげた。
「君たちの旅の安全を祈るよ。」
「いや!俺たちは危険の方こそ好物さ!」
口出汁はモーター車のドアを水鉄砲でスイッチを押して閉めた。
「行くぞ!」
ウヌマーがレバーを引いて、半分浮いた車体は猛スピードで登っていった。
シホントリテツは見たこともない車両に大興奮だった。かつて無い巨大な群れが悍ましく電磁石モーター車を包んだ。
「何!この車両ならシホントリテツを寄せ付けないのではないのか?」
ウヌマーはヒビ割れた車窓に焦燥していた。
〔このままじゃ……上までモタない。〕
「やっぱり俺たちは安全の方が好みだぜぇ〜た!す!け!て!」
梅星はチョコンとして、キョトンとしていた。
車両の中はシホントリテツのシャッターアイのフラッシュで記者会見のようだった。
エノデンは下から電磁石モーター車が一瞬で囲まれて見えなくなったのを見て、右手を腕を63度の角度
にして、星をばら撒き始めた。
「最近に、大量に手に入った5つ星だ!」
ばら撒かれた星はシホントリテツに1つずつ貼り付く。
シホントリテツは自身の写真が星1つの評価を受けたと思い、どんどんとショック死していった。
ドケヨ!ドケヨ!ドケヨ!ドケヨ!
この鳴き声は、エノデンを認識してから出てくる物らしい。その声も小さくなり、安心出来ると思ったが、
カネダロ!カネダロ!カネダロ!カネダロ!
もう一つの群れが出て来た。またも電磁石モーター車はピンチに陥った。
その時だった。マリアの食道から胃カメラが入ってきたのだ。
今まで胃を下る者はいても胃を遡る者はいなかった。マリアは逆流性胃腸炎だと思って、胃カメラを使った。
なので、巨大な胃カメラを前にシホントリテツ達は全てがへり下り、神に出会ったような恭しさへと態度を変えた。鳴き声の喧騒もすっかり消えた。
「シホントリテツは自身の頭のカメラの大きさが全ての単純な生き物なんだ。だから急に大人しく……」
梅星は窓の景色を胃カメラの光で眺めながら語った。
問題は、レールが胃カメラによって途中から破壊されたというところにあった。
このまま進み続けたら真っ逆さまに胃の中に落ちる!