23話
大きな穴の中心。そこから飛び出た粗末な土鍋。中身は昆布とだし汁のみ。
196階層では、今、まさしく!会議の最中であった。世界平和についての会議の。
大きなテーブルで大きな穴だった。陸上グラウンドくらいあるテーブルにはペラペラの薄い冊子が、参加者に配布されていた。
世界平和の会議なのに、ひときわ豪華でフカフカで座り心地の良さそうなイスに座る者。
席札にある名前は…『ヒンコンカンコン総裁』。
「……つまりね、願いを守るんだ。余裕があるから願うんだろう?守らなくちゃ!」
反対側に座る者の発言だった。
席に着く全員、話している本人でさえ、話の意図など分かっていない会議の中心を土鍋が貫いた。
「誰かぁ!キャッチしろぉ!」
口出汁が重力をしっかりと感じ始めた時、鍋底を支えるのは橋だった。会議のメンバーが席から消えて、口出汁を落ちないように受け止めてくれた。
それはカササギの橋。
「ゲ!おいおいまた鳥が出てきやがるな?」
ペリ艦隊のような恐ろしさもなく、動きもしない。ただ、ジッと、物を支えるために羽ばたきすら最小限に抑えて空に留まる。
座ったままの総裁はテーブルに肘をついて、こちらも動かなかった。
「あのさ、俺たちこのまんまかなぁ?」
口出汁はカササギの橋に尋ねる。
答えは帰ってこなかった。
「だよね。橋は動かないし、喋らないよね。」
ヒンコンカンコン総裁は突然に席を立ち上がると、そのまま会議室から出て行った。
「アレさアンタらの上司?大変そだねー。」
総裁は今までの会議をまとめた書類の保管庫に来ていた。
ちょっと前大きな戦争があった。会議室は戦争終結の調印に使われた。
更に前には中くらいの戦争があった。会議室は作戦会議に使われた。
もっと前には小さな戦争があった。会議室はそのまま戦地だった。
ヒンコンカンコン総裁の歩く先。書類の議題をチマチマと確認しては戻す作業を続けて、そのまま保管庫に削り掘ってある文字を眺めて、遂に見つけた。
小さな戦争の時の記録だろう。はっきりと口の強調された器のような絵があった。器に向き合うのは老人だった。和服にメガネをかけた老人が、大きな波を、浮世絵のような勢いで器にぶつけようと構えていた。
ヒンコンカンコン総裁はここが大好きだった。中くらいの戦争の時に、会議室へ書類を届ける下っ端だった彼は、今いる保管庫でずっと資料を探していた。馴染み深い、第二の家のような場所だった。
「……あの鍋は。恐らくこの化け物だ。遥か昔から戻ってきたんだ。」
「やっぱエレベーターは早いなぁ。え?今まで起きた全ての時間が嘘みたいだぜ。」
「呑気だね。今助けるよ。」
GALはトリモチみたいにモジャハートを使った。
よく毛が絡んでくれた。
「また変なのが増えたな。色と形が合ってないぜ。」
口出汁がモジャハートに口出しした。
「へ!お前みたいな奴を音楽で殺すのが楽しみなんだぜ。」
会議室の床に口出汁が降り立つと橋はすぐさま解散した。
「私達はある一夜だけ、死ぬ気でリア充のために橋に徹するの。純愛派なのよ。」
橋の擬宝珠を担当していたカササギが語った。
「いいよな。純愛。」
「あ?織姫と彦星だろ?ユーメイだぜ?」
「何言ってんのよ。そんなの2人とも知らないわ。」
「ああ。俺たちの2人はな、ソーメンとフルーツポンチだ!」
「???」
モジャハートは固まった。
「心筋梗塞が起こっちゃった!AEDのマネキン呼ばないと!」
「大丈夫だろう。ショックを受けているんだ。この世界は自分の世界とは理も歴史も違うということをね。」
エレベータージェントルマンはジェントリーに寄り添う。
「どっちが男?やっぱソーメン?メンだから。」
「何言ってんのどっちも男よ。フルーツポンチもフルーツチンポじゃないの。」
モジャハートは心停止した。
発酵したような。いや、ただただ腐ったような匂いがした。これがキビヤックなのだろう。
ヒンコンカンコン総裁が帰ってきた。
「そ!その鍋は危険だ!世界平和を乱すものだ!記録がある保管庫にな。疑う余地はないぞ。会議はこれにて終了だ。」
胸元のスイッチを押すと、チャイムが鳴り響く。学校のチャイムが。
懐かしい音で、モジャハートはまた動き出す。
「このメロディー。歌の初めにも終わりにも使える万能なラインなんだぜ。へへ。」
カササギは『世界平和』の願いの書かれた紙をつばむと、その紙の綺麗な色に変化した。
「年に一度会う2人がゲイカップルなのに、短冊はきちんとあるのかよ。」
モジャハートは震えだす鼓動のまま、カササギの殺気に気がついた。
すでにGALや口出汁も戦闘体勢だ。
「敵はまた鳥で、」
「ああ、敵はまた軍隊だな。」
同じ色の同じ隊列を組むカササギは、大きく、そして何より激しい腐敗臭を放ちながら迫り来る。
隊列の形は、そのまんまだった。
カササギのレインボーブリッジだった。




