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ゲコ面ライター ビチンタ  作者: チャウチャウ坂
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1話

ガタンゴトン……満員電車は赤い海に車体を対象に現しながら進む。水面を揺らし、自然に逆らう波を生み出して進む。

大きな口が開き、明らかに飲み込まれる様子にも臆することなく進む。


生き物と思われた口は、内部にあるサイレンの光が回り始めてから一定のスピードで閉じていく。

レールは、ジェットコースターなら山場となるほどに深い谷を猛スピードで下っていった。


下りの後に待つのは更に下るルートだ。今度は螺旋を描くように降りていくのでスピードが抑えられる。が、体の負担という面では寧ろこちらの方がより辛いものとなる。それほどまでに長く、深く降りて降りて降りていった。


ターミナルに着くと同時に電車はドアを開き二度と動いてくれる雰囲気を見せそうになかった。


満員電車の中から現れたのは、小さな魚たちが大きなツミレになった姿だった。

かつて、この魚が集団を率いて大魚に化ける事件があった。

経歴詐称及び、生態系の破壊の罪で見るも無惨な姿になり、尚且つ廃棄物処理場である1番深いこの場所に捨てられた。


ココは通称“マリアの穴最高”という最低な場所だ。

風俗的にも位置的にも最低な場所だ。


ちなみに、この魚のツミレは物語に関係していない。“マリアの穴最高”に場面が来ることが大切だ。


ここに主人公がいるのだから。

主人公は“マリアの穴最高”のマリアの穴にある卵だ。

名を梅星{うめぼし}という。皺のあるブヨブヨな柔らかい卵だ。色は深い赤色。


「僕はいつ孵るのだろう。」


こんなことを呟いては返事の返ってこない谷底を自由気ままに転がる生活を続けていた。


静寂は実はこの世で奏でられない不愉快な音が常に響いている。ストレスフルな環境の中で梅星は自分が卵から孵化した時の姿を想像することで凌いだ。



冒険の始まりは、谷底にあるの土鍋が鍾乳洞から滴る水を受け続けて鍋としての本分を取り戻した頃。


1人の男が土鍋の側まで来た。ここで暮らす者達が放つ少しの明かりしか無い谷底で、土鍋に容赦なく影を落とした。


梅星は何の考えもなく転がりながら気づけば土鍋に近づいていた。


「なーーんだ!この水は。冷たいったらありゃしねぇよ。」

土鍋の中に入れられた昆布が人間の口のように別れて目の前の男に向かってダメ出しをしていた。


「………」

男は黙りながら梅星の方を向いて、素早く手を伸ばし梅星を捕らえた。梅星に抵抗する術など無い。されるがままに男の顔の前に持ってこられた。


男の顔はそのまんまクルミ割り人形だった。だが、ミスマッチなのは頭には忘却曲線のような明るい紫色のモヒカン。革ジャンにレザーパンツ。その中にはシャツにネクタイを付けている。


「大体なんだその格好は革ジャンにネクタイとかバカなのか?」

土鍋の中の昆布が尚もダメ出しを続ける。


梅星はこの世界に生まれていないのだから、あるはずもない走馬灯を見た。こことは全く違う、遥か遠い惑星で、自分は修学旅行とやらに参加していた。


「おいおい!床に落ちてたモンをどうする気だよ。うわー入れちゃったよ。口に。信じられないよ。ばっちいでしょうが。」


梅星は口に挟まれて、そのまま押し潰された。


この後に口を開いたのはクルミ割り人形だった。

梅干しを口の周りにダラダラと垂らしながら喋る。

「ありえん。何故この者には記憶がないのか。そこらの地面にもこの谷底に暮らす知能のない生物にも記憶は存在しているのに。」


「どういうコッチゃ?」


「俺は記憶喪失怪獣“ウヌマー”俺が噛み砕く物はたちまち記憶を俺に吸い取られてしまう。そして、今噛んだこいつは明らかに意志があった。それに意識も。だのに俺は何の記憶も得られなかった。」


当然、主人公に記憶などあるはずもない。


だってこの話は物語の初回で、第1話なのだから。


それはさておき、噛まれた梅干しの種は飛んでいくと、ツミレの中に埋まった。

腐った魚は肥料になるのだ!


たちまち、梅星は大きな大きな梅の木になった。

が、日光のない谷では蕾をつけることが限界だった。


蕾のついた枝はどんどんと折れて行く。梅の蕾付きの枝はマッチ棒によく似ていた。

梅の木はすぐに死んだ。梅星は死んだ。


「おいおい!ありゃマッチ棒だ。火が出るぜ。つまり俺が温められるってことだ。おい火をつけてくれ!」

鍋の中の昆布がウヌマーを口で使うと、ウヌマーは梅星の変身した木の姿にマッチ棒によく似た枝を擦り付けて火をつけようとした。


枝の先は確かに光った。そして確かに温もりもあった。が、火が出たのではなく、別の何かが出た。


それは、梅星がずっと想像していた自分の孵った姿だった。


解説すると、これは枝の持つ能力だ。マッチ棒によく似た枝は擦った相手の夢を顕現し、実体化する。


暖色のフキダシに包まれた梅星の“夢”は実体化していく。

その姿は四角いレンズの黒縁メガネに、白いリボンをつけたチンパンジーだった。


昼寝のような体勢で頬の横に、腕を曲げた状態で重ねて、浮かびながら邪悪な笑みを浮かべている。


「ヤァ。僕は〔GAL〕。{ガエル}でもあり、{ギャル}でもある。よろしくね。」


「………ああ。俺は記憶喪失怪獣“ウヌマー”だ。」

ウヌマーはネクタイを整えた。


「…………」

土鍋の中の昆布は始めて言葉を失った。

土鍋の蓋の凹んでいる部分に付いている目で見た出来事について余りにも意味が分からなかった。

「………うん。俺は口出汁{くちだし}。よろしく。」


こうして、カオスな自己紹介が済んだ。


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