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稽古再開 3

 颯玄は慌てて起き上がり、言った。


「ごめんなさい。サボっていたわけじゃないんだ。背刀打ちがどうしても続けられなくて、基本の技の繰り返しをやっているうちに身体が動かなくなって、少し休憩していた。もう落ち着いたので、また始めます」


 颯玄がそう言うと、祖父が口を開いた。


「稽古をしていたことは声で分かっている。サボったとは考えていない。空手にはいろいろな技がある。戦いの中で例えば右手を怪我しても左手や足が使える。背刀が使えなくても他の技があるし、大切なのは一つのことができなくなっても他で代用するという意識と実践が大切なんだ。さっきわしが何も言わなかったのは、使えなくなったところがあるならば、どうするかということを見ていたんだ。お前は背刀打ちができなくなったということで、これまで教わった技の確認と数をこなすことをやっていた。そういったいざという時、どうするかを見ていた。この課程は合格としよう。今日はかなり数をこなしたので稽古は終わりなさい。明日からは形を教える。久米の家に伝わる形だが、代々王家を守護していたことは知っているな。だから他では伝授されていない形がある。一見基本技だけに見えるが、そこにはいろいろな意味が込められている。今日はそれを見せるので、よく目に焼き付けておきなさい」


 祖父はそう言って、形を始めた。


 両足を左右に開き、両手を大きく外側から回し、額の少し上あたりで交差させた。それまでは両手とも開いていたが、両手が重なった時、右手は正拳になり、左手はわずかにそれを包むような感じになり、身体の前を重ねたまま下した。両手を回している時は息を吸い、下ろしている時は吐いている。両手は臍のわずか下まで下された。いわゆる丹田の位置だ。基本としていろいろな技を教わった時にたくさん聞かされたことなので、直感的にこの部位の大切さを改めて感じていた。


 まだ形そのものをやっているわけではないが、祖父のこの動作だけで周りの空気が一変した。張り詰めたその様子は颯玄にも感じられ、鳥肌が立っていた。


 先ほど祖父が言っていたように、変わった身体の使い方はないが、一つ一つの動きが生きている、といった感じだ。突きや蹴りの時には相手の身体に的確に当たり、攻撃に対してはしっかり防禦されている様子が見える。不思議な感覚を感じる自分の目を疑ったが、それが沖縄で隠れ武士として一目置かれる祖父の実力だ。


 初めて見た空手家としての祖父の姿。颯玄にとってこれは何にも代えがたい貴重な体験だった。


「颯玄、明日からこの形を教える。もちろんこれまでのような鍛錬も引き続き行なうが、全てのことが少しずつ難しくなるからそのつもりで」


 祖父は言葉こそ少ないが、きちんと自分のことを理解してくれていると颯玄は実感した。だから明るい表情で「はい」と返事した。


「今日はここで食事していくか?」


 この時の祖父は師ではなく、優しいおじいさんという雰囲気だった。帰って両親に食事は済ませたということは心苦しかったが、祖父の思いやりは嬉しかった。


「颯玄、帰りはわしも一緒に行ってお父さん、お母さんには説明する。心配するな。今日はいつもよりも早めに稽古も終わったので、そんなに遅くなることは無いだろう」


 思いやりのある祖父の言葉と、明日からの稽古への期待で、颯玄の疲れは一瞬で吹き飛んだ。



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