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第6章:風の臨界 ~1~

 研究所の換気中枢が制圧されてから二日目。

 風はただ吹いていた。だが、それはもはや自然現象ではなかった。

 それは“意図を持った流れ”──世界を読むかのように、静かに、正確に巡っていた。


 空翔は、研究所の地下シェルターに設けられた臨時観測室で、複数の換気ダクトを同時に解析していた。彼の前には、無数の空気流路の視覚マッピングが広がっている。部屋全体が、まるで“呼吸する機械”のように、風の鼓動を映し出していた。


 流れは緩やかで、しかし明らかに目的を持っていた。気圧の変動、湿度の傾き、そして粒子の密度──全てがひとつの意図に向かって集まり、変化していく様を、彼は静かに見つめていた。


「この分岐……まるで呼吸の設計図みたいだな」


 彼は呟いた。ダクトの先にある世界の在り方が、まるで生体の構造のように組み替えられていく。


 かつて風を“読む”だけだった彼が、今や風の“意図”を見つけ出そうとしていた。

 アオイは隣で解析ログを確認しながら言った。


「これ、もしかして“伝えようとしてる”んじゃない? 私たちに」


 彼女の声は、好奇心と畏れを織り交ぜたような響きを帯びていた。


 空翔は一瞬黙った。思考の奥底で何かが結びつこうとしていた。


「……語ってきてるのは確かだ。でも、“語る”っていうより、“見せつけてくる”に近い。風が俺たちに教えているのは、過去の蓄積、そしてそこに渦巻く痛みや恐怖なんだ」


 彼の目が画面に映る粒子の揺らぎを追う。


「つまりこれは、風に記録された“現実”そのものを、夢や幻覚の形で共有してる。悪夢みたいに見えるのは、それが人類自身の記録だからなんだ」


 アオイは息をのんだ。伝達ではなく、“再体験”。それが風の意図だとすれば──


「……じゃあ私たちは、風の記憶を“読む”のと同時に、“感じている”……?」


 空翔は頷いた。

「その感覚こそが、風が人類に残そうとしている“真実”なんだ」


 そのとき、壁面のセンサーが一斉に反応し、画面に淡く浮かぶ粒子分布図が微細に脈打った。まるで風がその返答に“応えて”いるかのように。


 彼らは、これまでの研究とはまったく異なる次元に踏み込んでいた。風は情報ではなく、意思になりつつあった。

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