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第5章:侵蝕する風 ~2~

 現地に到着した空翔とアオイは、異常な気象に直面する。風はないはずなのに、熱が歪み、空気がうねる。

 風景が滲んで見える中、空翔は皮膚で“怒り”を、アオイは嗅覚で“悲しみ”を感じ取った。


 この場所の風は、明らかに感情を持っていた。足元の土はじんわりと温かく、空気の密度はまるで何かがそこに“棲んでいる”ようだった。鳥も虫も姿を見せず、音のない世界に二人だけが立っていた。


 沈黙が深まるほどに、空翔の呼吸は浅くなった。風は無言のうちに彼の体温を奪い、過去の罪を一枚一枚剥がすように肌をなぞる。


「これは……感情そのものが風に変質してる」


 空翔は深く息を吸い、《エアリアル・ドミネーション》を起動。

 地形と建物を利用し、局所的な閉鎖空間を構築する。


 密室化された空間で、風は語り出す──断片的な記憶、失われた時間、叫び、そして祈り。


 その感情はあまりに濃密で、空翔の意識を締め付けた。風のうねりは声を模し、風圧は涙の熱を含んでいた。壁や地面までもが微かに軋み、まるで空間全体が過去の記憶を反響しているかのようだった。


 空翔はその中に“共通する響き”を聞く。

「風は……対話を望んでる」


 アオイは震える声で問う。

「伝わらなかったから、こんなふうに……?」


 風の中に、擬似的な“声”が現れる。

 それは問いかけるように、空翔に迫る。


 ──お前は、私たちのすべてを読むのか?


 その声はまるで、幾つもの記憶が折り重なって生まれた“集合体”のようだった。悲鳴、嗚咽、呪詛、願い──それらが折り重なり、風という“存在”に形を与えていた。


「私たちは、読まれることを、ずっと待っていた」


 声の主語はなく、それは誰でもあり、誰でもなかった。


 空翔は答える。「読む。だが、伝えるのは……俺一人じゃ無理だ」


 彼はアオイを見た。

 彼女は頷いた。「私が、届ける」


 アオイは携行型の記録装置に風の粒子データを転送し、独自に変換処理を始めた。科学と言語、両方の橋渡しとしての初の“翻訳”だった。

 彼女の指先は震えながらも、確かな意志をもって装置を操作していた。


 風は静かに収まり、空翔とアオイの間に、確かな“役割”が生まれていた。


 空翔はしばし目を閉じたまま、風の残響に意識を澄ませる。吹き抜ける風の記憶は、今なお絶え間なく世界を巡っている。だがその中に、微かに“変化”の兆しがある──怒りと悲しみの奥に、言葉にならない温度があった。


 彼は静かに深呼吸し、目を開けた。風はまだそこにいた。だが、先ほどまでとはどこか違っていた。重くのしかかっていた感情の濁流に、ほんのわずかに“理解”の輪郭が差し込んでいた。


 その変化は、風が“読まれた”ことに反応している証拠だった。一方的な読解では生まれない、双方向の“交信”──それは希望の種であり、同時に警告でもある。


 アオイが隣で囁く。「……何か、届いたと思う?」


 空翔は頷いた。「ほんの少しだけな。でも、それで十分だ。風は、聞いていた」


 その手応えは、ほんのわずかだが、確かに世界との繋がりを感じさせるものだった。

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